80 アサホの反撃
蟻巣島の幹部が集まる会議室。
三十人ほどの幹部を前に、アサホが最後の指示を与えていた。
アサホの表情はいつになく厳しく、いつもの柔らかな笑顔もない。見た者が誰も、この女性は自分に気があるのではないかと思わず誤解してしまう、あの甘えた雰囲気も今はなかった。
「収穫した薬草の評価額をこれまでの二倍にすると掲示するのよ。それでも駄目なら、三倍、いえ、極端な話、十倍でもかまわないわ。どうせ、収穫量は限られているし、今はそのお金を持って島から出ていけるわけでもない」
幹部たちは重々しく頷き、中にはメモを取っている者もいた。
アサホが続ける。
「それと、万が一を考えて、自分たちにつけている護衛を強化すること。費用は島が負担します。今は薬草地へ出る者が減っているから、その分、人手の確保は容易なはずよ。もし町なかで、あなた方幹部に危害を加えようとする者がいたら、迷わず叩きのめして。殺したってかまわない。反抗する態度を見せるからには、どうせ、もう島の役には立たない人たちよ。わかった?」
機械仕掛けの人形のように全員がそろって頷く。
「とにかく、これ以上騒ぎが大きくならないよう全力を尽くして。不安をあおる者がいたら、身ぐるみ剥いで島から追い出すことも考える。島が落ち着けば、また、人は集まってくる。一時の島の衰退を恐れないこと。いいわね? では、解散!」
幹部たちが部屋から出ていくのを確認すると、アサホは自らの執務室へ戻り、椅子に座るのももどかし気に、机の上の装置に手を伸ばした。
通信鏡という他者との通信を行うための機器だった。
伝音符は文字のみを相手へ送信する仕組みだが、通信鏡の場合は、双方の映像と音声を送受信することが出来る。
アサホが装置を操作すると、鏡のような画面に妖異な風貌をした青年が映し出された。
「ほう。アサホか? 珍しいじゃないか。今回はどんな男性がご所望だ?」
青年の薄ら笑いにも、アサホは反応せず、
「今すぐ、半妖を殺せる力のある人を手配してほしいの。できる?」
と、前置きなく要件を告げる。
「半妖を殺す?」
相手は束の間、眉間に皴を寄せたあと、
「リョクギダンというあんたの色男、いや、色爺さんのことか? あいつがもう邪魔になったから始末してくれということか?」
「冗談はやめて。相手は彼じゃないわ。若い半妖で、リョクギダンより数段腕がたつはず。でも、まだこどもだし、特別危険だとは思わない」
「ふん。半妖の若造か…。相手の若さに引かれて手を出したが、すぐに飽きたというわけだな」
と一人で納得したあと、
「まあ、手配できないわけじゃない。だが、夜の相手を手配するのと違って値が張るぞ。わかっているのか?」
「もちろんよ。そちらの言い値でかまわない。けち臭いことを言う気はないわ」
相手の誤解を解こうとすることもなく、アサホはすぐに相手の要求を受け入れた。
「わかった。心当たりを探してみよう」
「出来るだけ早くお願い。今日でも、明日でもいい。出来るなら、騒ぎにならないよう、そっと殺してもらえると助かる。そうした力のある人を送り込んで」
「本当に血も涙もない奴だ」
相手が苦笑交じりに皮肉を言うのにもかまわず、アサホは装置を操作し一枚の画像を相手へ送った。
「いい? 出来るかぎり早くお願いよ。頼んだから」
そういうと、アサホは一方的に相手との会話を打ち切った。
画面が切れたあとも、アサホの顔は厳しいままだった。
わたしは、あの半妖を甘く見過ぎたかもしれない…。
今回の騒ぎが起き、リョクギダンから馬車内での会話について報告を受けたあと、彼女はすぐにグドンを始末すると決めた。
彼女が一番恐れるのは、労働者が死ぬことでも、薬草が手に入らなくなることでもなかった。極端な話、たとえ、一時的に島民がひとりもいなくなってもかまわない。
心配なのは、これまで人々が当たり前と思っていたことが当たり前でなくなることだった。言ってみれば、これまで眠っていた人たちが目を覚ますこと、それが一番困るのだ。ひいてはそのことが自分の権力失墜に繋がる。それ以外のことなら、何が起こって怖くない。だから、人々を眠らせておくためなら何でもするつもりだった。
島の混乱はいつか収束する。そのことには自信があった。問題は、その前に騒ぎがあまりに拡大し、島民たちが目を覚まし、様々な矛盾に気が付き始めることだ。それゆえ、今はとにかく騒ぎを起こさず、混乱のときが収まるのを待つことが大事なのだ。
そう。本当は混乱を最小限に食い止めて、ただ時間が過ぎるのを待つだけでよかった。
それなのに、あのグドンという小僧は、島をかき回し、わたしを危険に晒そうとしている!
わたしが冷血だと非難しないで、グドン。あなたが悪いのよ。これはすべてあなたが自分で招いたことだから。
心の中でそう呟くと、ホウカは初めて小さく笑った。




