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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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78 秘密

「取り引き?」

 さすがにグドンも面食らった。相手の物言いは、薬師というより商売人に見えた。

「そう。正直にいうが、わたしはこの島の営みがあと一年は続かないだろうと見ている。薬草地の枯渇状態、聖地での犠牲者の激増。何もかもが末期的といっていい。だが、島を見捨てるにしても、いつが最高のタイミングかそれを見極めることが大切になる。この島に、まだ貴重な薬草が残っているとしたら、放棄してしまうのはあまりにも惜しい」

 ホウカとリンタロウが顔を見合わせた。

 二人も相手のあまりに率直な物言いに唖然としている。

「その答えは、会長さんのほうがおいらの十倍よく知っていると思うけど」

 とグドンが答える。

 三重顎があははと声をあげて笑った。

「もちろん、そうだ。島を出るタイミング、貴重な薬草の残存量、どちらの情報もわたしはそれなりに持っている」

「それじゃ、おいらに望むものは、何?」

「それに答える前に、まずは訊かせてほしい。きみはこの島の一番の秘密を知っているかね?」

「知りません」「あなたは知ってるの?」

 グドンとホウカが同時に言った。

 思わず体をのり出しているホウカを見て、グドンは失笑した。

「知っているというより、噂を聞いて、推測しているといったほうが正確かもしれない」

 勿体ぶった言い方をすると、トクサワは顎を撫でた。

「それを教えるから、代わりにおいらに何かやれということ?」

 グドンが訊くと、トクサワは笑みを大きくし、

「さすがに話が速い。実はきみにやってもらいたいことがある。グドンくん、どうだろう?」

「それはやることの内容次第よね?」 

 とホウカが代わって答える。グドンは苦笑するしかなかった。

 だが、ホウカの言うとおりだった。

「残念だが、詳しい内容はまだ話せない。引き受けると約束してくれれば話す」

「そんな条件は不公平じゃないの」

 ホウカは口を尖らせたが、リンタロウは、

「いいじゃないか。引き受けろよ」

 と唆した。

「この島一番の秘密なんだろ? それなら、おれたち使役者の犠牲と関係してることだよな? だったら、聞かないわけにはいかないよ。それに、やらせたいことが、もし信義にもとることなら、反故にしてしまえばいい」

 彼が故意に無責任なことをいっているのは、グドンやホウカにもわかっていた。向こうが公平でない以上、自分たちも公平である必要はないと言っているのだ。

「いいよ。その噂というのを聞かせて」

 リンタロウにいわれるまでもなく、グドンは三重顎の話を受けるつもりだった。今、リンタロウたちが抱えている問題の核心は、島の秘密にある。その秘密が何か、思わぬほど簡単に手に入ろうとしているのだ。それを放棄する道理はなかった。仮にその引き換え条件がグドンに不利なものであったとしても、絶対に受けるべきだ。

 トクサワはグドンの返事に頷くと、それ以上()らすことなく話を始めた。

「秘密の内容は、この島の蟻の巣とは元々何なのか、ということだよ」

「蟻の巣は何なのか?」

 グドンたち三人が思わず戸惑いの表情を浮かべる。トクサワの答えが、彼らの予想したものと違ったからだ。

「そうだ。この島は元々、薬草を育てるための別天地として生まれた。そう思っている者も多い。だが、そんなことがありうるだろうか? 薬師や薬商人に利益を与えるため、誰かが用意したなどと信じる者がいたら、そいつは愚か者だ。では何なのか? もしかすると一種の罠なのではないか、というのが噂の答えだ」

「罠?」

 意味が分からず、リンタロウは眉根を寄せ小首を傾げた。だが、グドンはすぐに薬草地でのことを思い出した。薬草地へ続く入口に設置された落とし穴だ。

「それは誰に対する何のための罠なの?」

 とグドンが訊く。

「もちろん、我々人族に対する罠だよ」

 とトクサワ。

「おれたちに対する罠って…」

 リンタロウはまだ理解に苦しむ様子で、

「誰がおれたちを罠にはめるんです? だいたい罠にはめてどんな得が…」

 といいかけ、「え?」となった。

「それはまさか、薬草地への入口で犠牲者が出ているのは、本当に誰かが仕組んだ罠だということ? 言葉の綾ではなくて?」

 今さらながらに、リンタロウは驚愕の表情を見せている。 

 グドンとホウカはそれほど驚きもせず、薬草地そのものが仕組まれた罠なら、犠牲者たちはどこへ行ったのか、と考えていた。

「そうだ。では、その罠を仕掛けたのは誰か? 答えは明らかだろう。この島の先住民だ」

「先住民?」

「そう。ここは名前の通り、蟻を先祖に持つ妖獣が住んでいた土地だった。我々は心のどこかで、蟻巣島は何かの遺跡で、妖獣はもう住んでいないと高をくくっている。だが、もし仮に、この島は今も彼らに支配されているとしたら?」

「犠牲者は、妖獣に捕らえられたということ? つまり彼らの餌?」

 ずばりとグドンがいうと、ホウカとリンタロウはあっと声を上げた。

 二人も薄々理解してはいたが、実際に言葉にされると大きな衝撃があった。

「そうだ」

 トクサワが頷くと、リンタロウは乗り出していた体を尻からどさりと椅子に落とした。

「だけど、一番大事なのはそこじゃないよね?」

 とグドン。

「え? 島民が餌になっていたというのが、大事じゃないというのか?」

 リンタロウが気色ばんでいうと、ホウカも不満そうにグドンを睨んだ。

「いや、そういう意味じゃなくて。島主たち支配者にとって、隠したい秘密はそこじゃない、という意味だよ」

「どう違うの?」

 とホウカ。

「島主たちは、犠牲者が餌になっていると知っていたんだ。そうだよね? 知っていてわざと使役者を送り込んでいた。自分たちの利益のために」

 リンタロウの顔が益々蒼ざめる。

 グドンが話を続ける。

「たぶん、人族の餌が薬草を手に入れるための条件だったからだ。だから、彼らは知らん顔をしていた。というより、積極的に餌を送り込んでいたのかもしれない。彼らにとって、リンタロウたちの命は、薬草を手に入れるための道具だったんだよ。いうなら、妖獣と島主たちはこれまでグルだった。貴重な薬草百本につき、犠牲者一人とかね。そう考えれば、薬草地への入口で幹部たちがおいらを睨んでいた理由もわかる。彼らにとっては犠牲者が出ることこそ大事だからだ」

「いくら何でも、そんなこと…」

 ホウカもそれ以上言葉が出ないようだった。

「そういうことだよね?」

 グドンが訊くと、さも可笑しそうに三重顎が笑う。

 グドンがしまったと思ったときにはもう遅かった。

 リンタロウは飛び出すように立ち上がると、次の瞬間には三重顎の顔に自分の拳をめり込ませていた。

 トクサワの顔が大きく歪んで、そのまま椅子ごともんどりうって後方へ倒れた。

 部屋中に大きな音が響き渡り、椅子が木っ端微塵に吹き飛んで、太ったトクサワの体は床に叩きつけられた。

 グドンとホウカが慌ててリンタロウを止めたが後の祭りだった。

 トクサワは何とか立ち上がろうと藻掻いたが、太っているからうつ伏せに戻ることさえできない。ひっくり返った亀のように手足をばたつかせ、無様な姿を晒している。

 グドンが手を貸すことで、ようやく三重顎は体を起こした。

 口の端から血が流れ出し、歯も何本か折れているようだった。

「小僧、いい気になるな!」

 先ほどまでの笑顔が嘘のように、憤怒に顔を歪めた三重顎がリンタロウに凄んだ。

「半妖はともかく、貴様のような半端ものを歩けなくするのはわけないんだぞ」

 トクサワが力んだが、今度はリンタロウがせせら笑った。

「やってみなよ。爺さん。妖獣の餌にする人間が一人減るぞ。薬草が一本でも減れば、大打撃じゃないのか? 薬師協会としては」

「落ち着きなよ」

 グドンがリンタロウを諫めた。

 彼がこれほど暴力的になるとは、グドンも想像していなかった。これは恐らく、リンタロウたち使役者たちの抱える重圧が、グドンの想像をはるかに凌いでいるからだろう。死の恐怖に加え、彼には面倒を見るべき妹コンもいる。

「会長さんも、このまま怒って帰るわけにはいかないでしょ? おいらに何をさせたいのかまだ話してない」

 グドンは不本意ながらも両者を宥める役を演じた。

 三重顎は口元を拭って立ち上がると、服についた汚れをこれ見よがしに叩き落とした。それから、もう一度リンタロウを睨みつけ、大きく肩を上下させる。

 何とか自分の気持ちを落ち着かせ、新しい椅子を引っ掴んで引き寄せると腰を下ろした。

 グドンはホッと胸を撫で下ろす。

 次の瞬間、ふと誰かの視線を感じて横を見ると、ホウカが意外そうに彼を見つめていた。

「随分、冷静じゃないの?」 

 冷ややかにそういうと、ホウカも自分の椅子へ戻った。

 グドンは、リンタロウの肩を叩いて座るよう促すと、自分も椅子に腰を下ろす。

「おいらに何をさせたいか聞かせて」

 トクサワはもう一度胸を上下させ、

「きみにやってもらいたいのは、蟻の巣に現れる妖獣の手下について調べることだ」

 もうこれ以上、愚かな小僧どもと時間を無駄にしたくないと考えたのか、笑顔もなく、やや早口でトクサワは本題に入った。

「妖獣の手下?」

 三人はそろって考える目になった、妖獣の手下とは何をさしているのか、過去に自分たちが出会った小犬の姿を回想しながら思案した。

「七号の薬草地に入ったとき、おいらは蟻の大群や、それを率いる小犬のような妖獣に襲われた。トクサワさんがいうのは奴らのこと?」

 ややあって、ようやくグドンが口を開いた。

「そうだ。奴らに関して、きみは何か奇妙に思うことはなかったか?」

「あったよ」

 あっさり彼が答えると、ホウカとリンタロウが驚いた顔になった。

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