77 トクサワ
「話の内容は知らない。わたしはただの伝書バトだ」
リョクギダンが苦笑交じりに言うと、グドンは何度か小さく首を振った。
「おいらには、あなたがなぜ今も蟻巣島に残ってアサホの言いなりになっているのか理解できない。これにはひとの命がかかってるのに、何を訊いても、わたしは知らないとしか言わない。同じ半妖として寂しいよ。セイイツが今のあなたを見たら、何と言うだろう?」
いつものグドンとは思えない辛辣な物言いに、ホウカは衝撃を受けた顔で目を向ける。リンタロウでさえ、口から心臓が出そうになるのを必死で堪える表情だ。
「わたしを侮辱して、何かを訊きだそうとしても無駄だ」
怒ることなく、静かな口調でリョクギダンは答えた。
グドンはそれにかまうことなく、
「おいらは不思議なんだよね。あなたたちは、なぜ、おいらを薬草地へ行かせくないんだろうって。そうした態度は現状を考えると大いに矛盾している気がする。おいらが二度と薬草地へ入らないと知ったら、もう薬草摘みに参加する者はいなくなるからね。確実に死ぬとなれば、もう誰も参加しない。唯一の希望がおいらなのに、そのおいらを仲間外れにしようとしている。それはなぜ? さっき、薬草の評価を受けたときにも強く感じたけど、犠牲者が出ていることに、幹部はまるで感心がないようだった。あれは、どうして?」
グドンの話を聞いていたリンタロウの顔が血の気を失っている。
「犠牲者が出ていることにまるで関心がない…」
リョクギダンは初めて強い目になると、
「忠告してやろう」
と、真っすぐグドンを見た。
「一刻も早く、この島から出ていくことだ。ここで起こっていることは、きみとは何の関係もない。わたしにもきみにもここを天国に変える力はない。きみはどこか別の土地で、自分の居場所を探して、そこで一生じっとしていることだ。それが一番幸せだと断言できる」
彼の脅しに、ホウカはむしろリョクギダンへの疑惑を深めたようで、
「グドンの言ったことは本当なのね? あなたは何かを知っていて、それを隠そうとしている。町がこれほど混乱し、多くの犠牲者が出ているのに」
と嘆息した。
「最後にもう一度訊くけど、この島が混乱している理由は何なの? なぜ、あなた方は犠牲者が出続けているのを放置しているの?」
グドンの問いに、リョクギダンが大きく胸を上下させる。
「困ったこどもたちだ…」
そういって額を擦ったとき、馬車がゆっくり停止した。
「宿舎に着きましたが…」
御者が外から声をかけた。四人のやり取りを聞いていたのか声が震えている。
ホウカとリンタロウが車を下りると、グドンもそれに続こうとした。
「グドン!」
リョクギダンが慌てて警告の声を上げる。
「愚かな人たちと議論をしても時間の無駄だよ。おいらを島から追い出したいなら追い出せばいい。聖地や薬草地へ入れなくするのも構わない。それはそっちが決めること。でも、結果は同じだよ。もう誰も薬草地へは行かない」
グドンが下りていくのを、リョクギダンはどうすることもできず見送った。
彼の心にも、束の間、後悔の念がよぎった。
わたしはこの島に長居しすぎてしまったのだろうか? ここで無意味に時間を過ごしている間に、心の底からアサホの使い走りに成り下がってしまった?
以前の自分はどうだったろうかと、リョクギダンは一瞬遠くを見る目になった。
セイイツを追ってここへ来たときも、こんな腰抜けだったろうか? 人の命をなんとも思わぬ女の犬に成り下がり、自分の利益だけを守ることを良しとしていたか? もしかすると同じだったかもしれない、という気もした。
セイイツが自分に同行することを認めなかったのは、このことが原因か?
リョクギダンはふとそんなことを思った。
彼が自分を拒絶したのは疲弊しきっていたからではなく、わたし自身に見切りをつけていたからか? もし、わたしに強さがあったら、結果はまた違っていたろうか?
リョクギダンは首を振った。考えるのはやめよう。何を言ってもどうせもう手遅れだ。
自分にそういい聞かせると、リョクギダンは御者に「車を出せ」と命じた。
宿舎の前は意外にも無人でひっそりしていた。
薬草地の入口でグドンを捕まえようと、全員が出払ってしまったからだ。
誰が言い出すでもなく、三人はリンタロウの部屋へ集まることになった。
このまま別れて別々の部屋へ戻れば、一晩中、悶々と時間を過ごす羽目になるのは目に見えていた。
リョクギダンを強く非難したものの、三人の心にはむしろ自責の念が湧いていた。
自分たちは己の憤りをリョクギダンにぶつけただけではないのか?
この島で今起きていることは、リョクギダンが招いたものではない。彼は何かを見て、それを見て見ぬ振りしているかもしれないが、所詮はわき役であり、主犯ではない。
三人が俯いたまま部屋に入ると、思わぬ人物が彼らを出迎えた。
「お兄ちゃん、お客さんよ」
重責からやっと解放されたというように、コンが慌てて立ち上がり、彼らを中へ迎え入れた。
三人を待っていたのは、初老の太った男とそのお付きと思しき若い女性だった。
「誰?」
リンタロウが妹へ尋ねる目線を向けた。
「薬師協会の会長さんとその補佐の人…ですよね?」
自信なげに、コンが二人を紹介する。
「薬師協会?」
まったく心当たりがないリンタロウが、小首を傾げる。
顎が三重になった初老の男は、笑顔で立ち上がり、
「協会の会長をやっているトクサワキイチロウ(徳沢喜一郎)といいます。こっちはわたしの助手でカブラキリョウ(鏑木りょう)女史」
と自己紹介した。
「トクサワさんとカブラキさん…」
自ら手を差し出し二人と握手したものの、リンタロウはまだ腑に落ちない様子で、
「ひょっとして、あなた方はグドンを会いに来たんじゃないですか?」
と、あてずっぽうを口にした。
島のお偉いさんが、わけもなく自分を訪ねてくるとは思えなかった。考えられるとすれば、彼らが自分ではなくグドンを訪ねてきた場合だ。そして、それは、七号の薬草地で起きたことと無関係ではないはずだった。
三重顎は頷くと、カブラキという女性に何やら目配せした。
「コンちゃん、わたしと一緒にお買い物にいかない?」
トクサワの意図をよみ取った女性が、コンに手を差し出し優しい笑顔を見せる。コンも頷き黙って立ち上がった。買い物は口実で、こどものコンに聞かせたくない話があるのだと理解していた。
二人が部屋を出ていくと、四人は改めて腰を下ろし向かい合った。
「おいらに用って、どんなこと?」
グドンは戸惑いを隠せずに訊く。
島や薬草地を管理する人間ならともかく、薬師協会のお偉いさんが、なぜ自分に会いに来たのか、その理由が正直思いつかなかった。
「わたしが訪ねてきたことを、きみが不思議に思うのも無理はない」
と、トクサワは切り出した。
「だが、まずはっキリさせたいのは、島主と我々薬師協会の立場は同じではないということだ。考え方も利害も大きく違う」
「そうなの?」
大した熱意も見せずグドンは言った。
島主にしろ薬師協会にしろ、どちらも島を支配する側の人間だ。彼らが、基本、立場を同じにしているのはわかりきっていた。ただ島の存続が怪しくなり、どう泥舟から逃げ出せば自分に有利か、その考え方に多少の違いがあるだけだろう。
大事なのは、そのためにグドンをどう利用しようと考えているかだった。
グドンの思いが伝わったのか、トクサワはにたりと笑った。
「遠まわしにせず、単刀直入にいわせてもらおう。わたしはきみと取り引きがしたい」




