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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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76 思わぬ反感

 薬草地へ向かう分岐点から出たグドンは、また一瞬、空間が揺れたのを感じた。まさに、一つの世界から別の世界へ戻ってきた感覚だ。

 グドン以外の二人は相変わらず何も感じていない様子で、足早に地上へと向かって歩き出している。

 収穫した薬草の検品を受けるため島民のところまで戻ったとき、その場が何やら不穏な空気に包まれていることに三人は気づいた。少なくとも、期待していたような、笑顔で大歓迎する雰囲気ではない。

 それを象徴するように島民の一人が険悪な表情でグドンを睨みつけた。

「おまえがグドンか?」

 灰色の上下を着た厳つい中年男は、グドンから受け取った籠を中身も確認せずに放り投げると、怒鳴るように彼の名を呼び捨てにした。

「薬草地で随分勝手な真似をしたそうじゃないか。半妖なら、いくら規則を破ろうと平気というわけか?」

「規則破り?」

 相手の敵意の理由が理解できず、グドンが訝し気に眉を顰める。

「ずるをして、ほかの奴らへ安全な通路を教えたろう?」

 男の難癖に、グドンだけでなく、ホウカとリンタロウも戸惑った表情だ。

「ほかの仲間に安全な通路を教えるのが、いつから規則破りになったんだ?」

 リンタロウが思わず強い口調になって男に迫る。相手が上役だからといって下手に出る様子はまったくなかった。

「教えるのが悪いんじゃない」

 リンタロウの剣幕に、男のほうが少し怯む様子を見せた。

「ずるをして、どの道が安全か知ることが問題なんだ」

「何だそれ? 言ってることが意味不明だぞ」

 と、リンタロウが相手を愚弄するように言う。

「もし、全員が安全に薬草地に入ったら、薬草はすぐに枯渇してしまうだろう?」

 男が答えると、三人は男の余りの愚かさに驚いた様子で顔を見合わせた。

「それは、薬草を枯渇させないためなら、何人か死人が出たほうがいいという意味なの?」

 地面に投げ出されたグドンの籠を拾い上げ、それを別の男へ渡しながら、ホウカが訊いた。

「そうじゃないが…」

「あなたの言ったことは、アサホの指示?」

 と、グドンも訊く。

 厳つい男がとたんに黙りこむと、色白の坊主頭がとりなすように割って入った。

「きみらはまだ知らないだろうが、先に地上へ出た者たちがきみの力を吹聴して回っているんだ。そのことで、町ではちょっとした騒ぎになっている」

「騒ぎ?」

 三人が再び顔を見合わせる。

 それは彼らの想像どおりではあるのだが…。

「そうだ。半妖と一緒なら、聖地でも絶対に安全だと言ってな。それが原因で誰もが聖地入りを願い出ている。大ぜいが殺到して、ちょっと収拾がつかない状態だ。島主を含め、上層部は皆、頭を痛めている」

 坊主頭が言い訳するようにいうと、リンタロウは冷笑した。

「それなら、願ってもないことじゃないのか? 今までは志願者不足で困っていたろ? 応募者殺到なら、誰が聖地へ入るかは抽選にでもすればいい。簡単なことじゃないか。それより、誰も命を落とさずに済むことが一番大事だろ?」

 リンタロウにじっと睨まれ、男たちは反論できずに黙った。しかし、決して納得したようには見えなかった。

「とにかく、地上に出るときは、気をつけたほうがいいぞ」

 と坊主頭。

「きみらのためを思って言うが、英雄気取りで出ていくと、面倒に巻き込まれる怖れがある。それと、リョクギダンのところへ行ってくれ。そう伝言を頼まれた」

「リョクギダン?」

 グドンは束の間考え、「ありがとう」と一応礼を言った。少なくとも、坊主頭に悪意はなさそうだ。

「それと、へへ、あんたに頼みがあるんだけど」

 先ほどまでの剣幕が嘘のように、リンタロウがしれっといってのけた。

「頼み?」

 逆に相手のほうが、これ以上面倒をかけるつもりかと言いたげに警戒する顔つきになる。

「大したことじゃない。今回採取したものの中から、シャクヨウセンカを幾らか持ち出す許可をもらえないかと思って」

 グドンが目をやると、リンタロウがにこりと笑った。

「シャクヨウセンカ? ごみを持って帰ってどうするんだ?」

 と坊主頭が訊く。

「あれを焙煎して飲むんだよ。おいしくはないが、お茶の代わりになるらしい。そうだろ、グドン?」

 グドンは仕方なく話を合わせるように頷いた。

「金があれば、もちろん、おれたちも飲まないけど、今は生活も色々大変なんだ」

 リンタロウは完全にいつもの人懐こい青年に戻っている。

 厳つい男が「駄目だ」といいかけたが、それを坊主頭が制した。

「勝手に持っていくといい。所詮はゴミだ。だけど、いらなくなったからといって、そこらへ捨てるんじゃないぞ。町が汚れるからな」

 三人は検品を終えると、その場を離れた。

 グドンの採取した薬草はすべて、リンタロウが採取したものとしてカウントされた。

「シャクヨウセンカを取っておくのはまだ早すぎるんじゃないの?」

 と、グドンが注意した。

「島を出る直前でないと、薬草が駄目になるよ」

「わかってる。でも、いつその機会があるかわからないだろ? 古くなったら、また新しいのと交換するからいいよ」

 そう言うと、リンタロウはシャクホウセンカで膨らんだ胸元を手で軽くたたいて見せた。

 

 三人が七号の入口を出ると、驚いたことに島主専用の馬車が横付けされ、彼らが来るのを待ち構えていた。

 それがまさか自分たちに用意されたものとは思わず、グドンたちが避けて通ろうすると、リョクギダンが車の中から呼び止めた。

「早く乗ってくれ。見つかって騒ぎになると面倒だ」

 車の入口を自らあけて、彼らの乗車を促す。

 しかし、グドンたちが反応するより早く、何人かの島民が彼らに気づき大声を上げた。

「半妖が出てきたぞ!」「安全な通路を見分ける能力のある奴も一緒だ!」

 辺りはあっという間に群衆でごった返すことになった。

「凄いな。どこかの人気役者並みじゃないか」

 ようやく馬車に乗り込むと、リンタロウが感嘆の声を上げる。

「毎日、死と隣り合わせだから、心に溜まっていたものが爆発してる感じね」

 グドンの隣りに並んで座ると、ホウカもやや警戒する顔になる。

 馬車はすぐに動き出した。

 群衆の中には、馬車にしがみ付こうとする者までいたが、すぐ御者に鞭で払い落とされた。

「ひどいことをするなよ」

 思わず口元まで出かかった言葉を、リンタロウはやっとのみ込んだ。今はとにかくここを離れることが先決だと彼にもわかったからだ。いったん彼らに掴まれば、身動きできなくなる可能性がある。

「それにしても、グドンを捕まえてどうするつもりかしら?」

 とホウカ。

「自分専用の護衛にできるわけでもないのに」

「きみもさっき自分で言ったろう。彼らは今、理性を失いかけている」

 リョクギダンが初めて口を開いた。

「それより、おいらのしたことがどうしてもうここまで広がっているの?」

 と、グドンが眉根を顰めた。

「どうして? だから、先に地上へ出た人が情報を広めたんでしょ?」

 とホウカ。

「きみはおかしいと思わないの?」

 と、ホウカに訊いてから、グドンは返事を待たずに、リンタロウへ視線を向ける。

「これはおいらの推測だけど、地上と薬草地では、時間の進む速さが違うんじゃないの? だから、ほかの使役者とおいらたちの間には、薬草地を出た時間に大きなひらきがある。そうじゃない?」

 グドンの言葉に、ホウカは口と目を丸くしたが、リンタロウは驚くこともなく小さく笑った。グドンとホウカの反応は以前の自分たちと同じだったからだ。

「グドンのいう通りだよ」

 とリンタロウ。

「薬草地へ入ってしばらくして戻ってくると、地上ではもう何日も時間が過ぎていることがある。おれにも仕組みはわからないけど、確かに、時間の経過する速さが違うんだ」

 リョクギダンに目を向けると、彼も黙って頷いた。

「どういう仕組みなの?」

 驚きから覚めやらぬホウカが訊いたが、リョクギダンはあっさり首を振った。

「それはわたしにもわからない。それより、とりあえず、きみたち二人は先に宿舎へ送り届けてやる」

 と、話を逸らすようにホウカとリンタロウへ視線を向ける。それから、グドンへ視線を移し、

「グドンはわたしと一緒に島主に会ってもらう。いいな?」

「それは、おいらを二度と薬草地へは入らせないという話?」

 グドンは当たり前のことのように言ったが、それを聞いたホウカとリンタロウは驚愕の表情を見せた。

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