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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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74/203

74 襲撃

 ハッと体を緊張させたグドンは、リンタロウと顔を見合わせた。

「妖獣かもしれない!」

 リンタロウもみるみる顔が蒼ざめる。

 ふらふらしていたグドンの歩みが次第に駆け足になり、やがて脱兎のごとく全速力で洞窟の外へ走り出た。

 そのとき見た光景を自分は一生忘れないだろう、とグドンは思った。

 彼の視線の先百メートル、そこに広がるなだらかな丘陵地の上を、何か色とりどりの物体が埋め尽くしている。まるでその一帯に極彩色の巨大な絨毯を敷き詰めたようだった。だが、目を凝らしてよく見ると、それは何と小さな蟻の大群だった。

 小さいといっても、一匹一匹が人の頭ほどの体長があって、黒い蟻はもちろん、赤、白、緑と様々な色をしたものがいる。

 その数は数万、いや、数十万匹は下らないように見えた。

 さらに、蟻の大群を率いるように、一匹の小さな犬、いや、犬のような妖獣が先頭に立って、グドンたちのいる洞窟のほうを睨んでいる。

 その妖獣を見たとき、おいらはこいつをどこかで見たことがある、とグドンはすぐに気づいた。

 そうだ! 半妖の仲間コタンフが従えていた、あの小犬の妖獣だ。

 だが、あのときの妖獣がなぜここにいるのか?

 こんなことは起こりえない。そうした否定する目で再度確認すると、コタンフの犬と確かに似てはいたが、微妙に毛の色が違っているようにも見えた。

 きっと同種の妖獣だが、個体としては別物なのだろう。

 それはともかく、今最大の脅威はやはり何と言っても蟻の大群だった。

 そのとき、ホウカが彼の傍まで後ずさりしてきた。

「ごめんなさい。気づいたときにはもう、あたりが蟻で埋まっていたの」

 珍しく、自分を責める口調で言った彼女の声が震えている。

 リンタロウがやっと洞窟の中から姿を現す。

「どっちへ逃げればいい?」

 周囲の状況がわかったとたん、絶望に顔を歪め思わずグドンに指示を求める。

 蟻は彼らの前方だけでなく、洞窟をぐるりと取り囲むようにあたりを埋め尽くしていた。

 どちらの方角にももう逃げようがない。

 唯一残されているのは洞窟の奥だが、先はすぐに行き止まりになっているから、後退すれば、まさに袋の鼠だった。

「糞っ、囲まれちまった!」

 と、リンタロウが罵ったとき、突然、グドンが前方へ向け駆け出した。

 ホウカもリンタロウも一瞬の虚を突かれ身動きできない。いや、彼のあまりの暴挙に心が反応することを拒んだのだ。

 それでも、僅かに遅れてリンタロウが彼を追いかけようとしたとき、ホウカがその腕を必死に掴んで引き戻した。

「何するんだ! グドンを止めないと!」

 グドンがパニックを起こし状況を把握できずに逃げ出した、とリンタロウは考えたようだ。

「彼は逃げようとしてるんじゃない。わたしたちを巻き込みたくないのよ」

「おれたちを巻き込む?」

 彼女のいう意味が理解できず、恐怖に平常心を失っていることもあって、彼は絶望するように天を仰ぐ。

「きみらは、どうかしてるよ!」

 蟻を先導する妖獣から十メートルほど離れたところで、突如、グドンは立ち止まった。続いて、右手を前へ突き出し何かを念じる。

 腔妖術!

 目に見えぬ波のようものが大群に向かって発せられ、次の瞬間、前方にいた蟻がドミノ倒しのように後方へ倒れ込んだ。百匹、二百匹、三百匹…。腔妖術の波が通り抜けると、そのあとには、台風に吹き倒された麦畑のような光景が広がっていた。

 だが、腔妖術で倒されたのは大蟻の大群だけではなかった。

 遠く離れ、グドンの背後にいたリンタロウまでもが気を失い、その場に崩れ落ちようとしていた。

 ホウカがその体を慌てて抱きとめようとしたが、彼女自身も、何かに脳天を叩かれたのように一瞬にして全身の力を失い、一拍遅れてその場に倒れた。

 蟻の大群が転倒し動けなくなったのを見ても、グドンの顔に安堵の表情は見られなかった。

 倒れたのは大蟻の軍隊のほんの一部に過ぎない。しかも、先頭に立つ妖獣には、何の変化もないようだった。妖獣は平然と彼を睨み返している。唇の端が少しだけ吊り上がり、まるでグドンを嘲笑しているようだ。

 そのとき、妖獣は片足を上げ、トンと地面を踏みしめた。

「第二中隊前へ」

 グドンには、妖獣がそう言ったように聞こえたが、気のせいかもしれなかった。

 指示を受け、後方に控えていた別の大群が、意識を失った仲間の体を乗り越え前へ出る。

 グドンは喉の奥で唸った。それでも再び念を送る。

 大群はまたも後方へ薙ぎ倒されたが、前回よりもその範囲は小さく、効果も薄まったように思えた。

 グドン自身、相当の精力を消費し、疲弊した様子で大きく息をつく。

 腔妖術は無制限にかけられるわけではない、とグドンは悟った。

 すぐにでも、何か別の攻撃方法を考えないと…。

 倒れた中隊の中にも生き残りがいて、グドン目掛け突進してくる。

 軍団の中にあって小隊長のような存在らしく、小犬と変わらぬ大きさで、腔妖術の打撃を受けながらもまだ歩行能力を残している。

 妖獣がまた片足を上げ、トンと踏みしめた。

「第三中隊前へ。第七中隊、第十三中隊は左右から獲物を囲め。第十七、十八、十九中隊は洞窟の背後で待機!」

 新たな大群が前方へ進み出る。

 いっぽう、小隊長と思しき大蟻がさらにグドンへと接近した。

 グドンも逃げることなく彼らに突進する。

 両者が衝突した瞬間、グドンの手が先頭の大蟻の腹部にめり込んでいく。

 まるで何の抵抗も受けていないようだ。

 それは棺に眠っていた仙族の遺体に起こったことと同じだった。

 グドンはそれをいわば攻撃に利用した。

 次の瞬間、グドンの手が何やら柔らかなものに触れた。背脈管という、蟻にとっては心臓にあたる器官だ。

 グドンはそれを力いっぱい引きちぎった。

 大蟻の腹から腕を引き抜くと、その管のようなものを背後へ投げ捨てる。

 大蟻は一瞬で身動きできなくなりその場に崩れ落ちた。

 グドンは続けざまに何匹もの小隊長の背脈管を引きちぎり、行動する能力を奪うと、さらに、第三中隊へも腔妖術を放った。

 大蟻の大群はやはり後方へと薙ぎ倒されたが、その数はさらに減っていた。

 これでは、どれだけ続けてもきりがない。むしろ、じり貧になるだけだ。

「第四中隊前へ」

 小犬が容赦なく命令を下す。

 グドンはかまわずもう一度腔妖術を使うと、その結果を確かめることなく、ホウカたちの元へ駆け戻った。

 戻ると、間髪入れず、地面に倒れた二人の術を解く。

 ホウカは、蒼ざめながらもしっかりグドンを見て体を起こしたが、リンタロウのほうは意識が朦朧としたまま立ち上がれそうになかった。

 グドンはいきなり二人の体を左右の腕で抱きかかえようとする。

 反射的に、ホウカは抗おうとしたが、グドンの力がそれを許さない。リンタロウは彼のなすがままになっていた。

 グドンは背後の丘陵へ目をやった。洞窟の上にもなだらかな丘陵が起伏を繰り返しながら遠くへと続いている。そこにも蟻の大群はいたが、前方と比べるとその数ははるかに少なかった。

 逃げるには、あそこを飛び越えていくしかない。

 グドンは新たな能力を試す決心をした。

 鉱山でボウの魂と繋がったとき、間接的に仙族から学んだ力だ。それをぶっつけ本番で使うことに決めた。

 グドンは心の中でボウを、ボウが飛ぶ姿を思い描いた。

 次の刹那、彼の体がふわりと浮いて地面から足が離れた。跳び上がったのではなく、まさに風船を空へ放った感じだった。

 グドンを突きのけようとしていたホウカが慌てて彼にしがみつく。

 気づくと三人は地上十メートルほどの上空を漂っていた。

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