73 ありえない群生
洞窟の中は、彼らの想像以上に広かった。
入口は、成人二人がやっと並んで通れるくらいの幅しかなかったが、入口を少し進むとその幅が十メートルほどになり、それがずっと奥まで続いている。たぶん百メートルほどはあるだろうか。
そこに、何種類もの薬草が群生していた。
ホウカは思わず息をのみ、自分の口を掌で覆った。
「大当たりだ!」
リンタロウも感動の雄たけびを上げる。
余りに突然降って湧いた幸運に、グドンは訝る目つきになったが、気を取り直して薬草に近づくと、その一つ一つを丁寧に観察し始めた。
もちろん、その前に、妖獣や妖虫に襲われないよう、ホウカを見張りに立たせるのも忘れなかった。
一瞬不満そうにしたホウカだが、結局は仕方なさそうに彼の指示に従った。
シツセンオウ、ブシマイシン、ボゴトウ…。
ステウネン、ゴシュウケイマといったありふれた薬草に混じり、貴重な薬草も数多く目に付いた。
グドンはそれを一本一本観察し、指で触れ、匂いを嗅いで、最後には舌で舐めた。
浮かれ燥いで薬草を摘んでいるリンタロウとは対照的に、グドンは何やら難しい顔で、ときおり考え込みながら観察を続けている。
薬草の観察ではなく、摘むために来たことなど、すっかり忘れてしまった様子だった。
そんな彼を入口近くに立ったホウカが、ときどき振り返りながら不満そうに眺めている。
遊んでるのなら、わたしと代わってよ。そう言いたいのを必死で堪えているようだった。
「何か変だ…」
グドンがぼそりというのを聞いて、彼女はもう黙っていられなかった。
「使役の労働者じゃなくて、あなたは薬草の研究者ね」
グドンが振り向くと、ホウカが冷たい視線を向けている。
「薬草の生態系を調査してるわけじゃないでしょ? 植物学的に何か変なところがあっても、薬草がたくさん手に入ればいいのよ」
ホウカの皮肉に、リンタロウもあははと声をあげて笑った。
グトンはホウカを無視してリンタロウに向き直った。
「薬草は、いつもこんな具合に生えているの?」
「こんなって?」
「センオウとボゴトウが同じ場所に群生しているという意味だけど」
「どうかな…?」
リンタロウは首を傾げて、
「一緒に見たこともある気がするけど。なぜ? それが重要なことなのかい?」
「普通、センオウは水辺にしか生えない。ボゴトウは山中の大木の木陰でよく見かける。この二種類が同じ場所で見つかるなんてまず考えられない」
「へえ」
と感心したまま、リンタロウは二の句が継げないようだった。薬草の基礎を学んだのはグドンではなく、自分のほうではなかったか、と言いたそうだ。
「じゃ、なぜ、この二つがここに生えていると思うの?」
ホウカも興味を引かれた様子でグドンに問い返す。
「ひょっとして、センオウもボゴトウも似て非なるもので、実際には別の薬草だとか?」
代わりにリンタロウが答えた。
「いや、どちらもセンオウとボゴトウに間違いない。葉の形、色、匂い、どれも特徴はぴったり合っている」
「だったら、問題ないじゃないの。きっと、あなたの知識に問題があるのよ」
「入口から目を離さないでよ」
グドンはホウカを冷たく注意し、彼女が背中を向けるのを確認してから、
「この洞窟自体がどうも奇妙なんだ。こんなわかりやすい場所にあるのに、これまで薬草には誰も手を付けたことがないように見える。少なくとも十年以上、こうして放置されていたみたいだ。こんなことがありえるかな?」
「リンタロウさんがいったように、同じ入口から入っても行き着く先は毎回違うんでしょ? 薬草地が百あれば、見つかっていない薬草の群生があっても不思議じゃないわ」
彼に背中を向けたまま、ホウカが大声で怒鳴った。
「この小さな島の地下に、どうして百か所も薬草地があるの? しかも、入口の数だけ薬草地があったら、全部でゆうに千か所を越えることになるよ」
「能書きはいいから、あなたの答えを聞かせてよ。結局、何が言いたいの?」
ホウカが苛ついた声を出した。
「おいらにもわからない」
「だと思った」
ホウカが頬を膨らます。
「お二人さん、痴話げんかはそれくらいにして、とりあえず、薬草を採取してしまおうじゃないか。今は順調でも、いつ邪魔が入らないとも限らない」
グドンたちの言い争いを見かね、リンタロウが仲裁に入った。
グドンも溜息交じりに同意する。
確かに、ホウカのいうことにも一理あった。事態を把握できないからといって、無暗に騒ぎ立てるのは混乱を招くだけだ。自分に理解できないものがあるのなら、今は黙って事態の推移を見守るしかない。
疑問は残るものの、今は、グドンも薬草の採取を始めることにした。
「その前に、きみは洞窟の外へ出て、入口の向こう側で見張っててくれる?」
グドンがホウカにいうと、とたんに彼女の顔が怒気に赤らんだ。
「どこまでわたしを邪魔者にする気?」
「グドン、それは、ちょっと言いすぎじゃないか?」
と、リンタロウまでがホウカの肩を持つ。
「別に邪魔者にしてるわけじゃないよ。ここは洞窟の中でしょ? 妖獣が外から襲ってきたら、そのときはどうやって逃げるの? 袋の鼠だよね? だから、三人そろってこの中にいるのは危険なんだ」
グドンの説明に、リンタロウは納得した顔になったが、ホウカは怒りが収まらなかった。
「だったら、あなたが外へ出て見張るというのは?」
「もちろん、それでもかまわないよ」
と、グドンは汚れた手をはたいて立ち上がった。
肩から空の籠を下ろし彼女に差し出す。
「一本一本丁寧に摘んで、籠の中へ入れるんだ。貴重な薬草は別の箱に入れる。どれが貴重で、どれが貴重じゃないかは、わかってるよね? リンタロウに質問ばかりして、彼の作業を邪魔しちゃ駄目だよ」
束の間、二人は無言で睨み合った。
気まずい表情でリンタロウが二人を見比べている。
ホウカは返事をせず、そのままくるりと背中を向けると洞窟の外へ出ていった。
「もう少し優しくしてやったらどう? 二人の事情は知らないけど、彼女がきみに好意を持ってるのは、どう見ても間違いないよ」
「確かに、最近は以前ほどムカつかないけど…。逆にそれが問題だという気もする」
思案顔のグドンに対し、リンタロウはにたにた笑い、
「複雑なんだな。まあ、男女のことは、当人同士にしかわからないし」
と諦め顔で、再び作業に戻った。
グドンも薬草摘みに専念する。
しばらくの間、何事もなく作業は順調に進んだ。グドンも今は余計なことは考えず、薬草とりの作業に没頭した。
だが、三十分ほどもたったころ、彼は少しずつ頭が痛くなり始めた。
最初は微かな疼き程度で、気のせいかとも思ったが、次第に痛みが激しくなり、最後は眩暈を感じるほどになった。
最後には、ときおり視界がぼやけ、幻覚のようなものまで見え始めた。
あたりの空間が不安定になったようで、視界の所々に切れ目のようなものが生じている。
どうしたんだろう?
グドンは、何か変だと疑問に思うと同時に、
「リンタロウ!」
と、近くで作業しているはずのリンタロウを大声で呼んだ。
自分でさえこれほどの体の不調を感じているのだ。人族で、何の能力も持っていないリンタロウが何も影響を受けていないとは思えなかった。
ひょっとして、洞窟内の酸素が薄くなっているのか?
ところが、グドンの心配をよそに、リンタロウから、
「どうしたの?」
と、いたってのんびりした声が返ってきた。
やっと痛む頭を上げ、声のしたほうを見ると、狐に抓まれた顔でリンタロウが彼を見ている。
その姿は何の影響も受けていないどころか、元気そのもの、何一つ問題なしといった様子だった。
「大丈夫かい?」
リンタロウのほうが彼を気遣う素振りを見せる。
「グドン、きみの顔、真っ青だぞ」
「リンタロウは、何も異常を感じていない? 頭が痛むとか?」
「何も変わりはないけど…」
立ち上がったグドンは、ふらつく足元で何とか体を支えながら、入口のほうへ向かおうとした。
これはどう考えてもただ事ではない。一刻も早く、洞窟から離れるのが最善に思える。
「グドン! グドン!」
そのとき、洞窟の外でホウカの叫び声がした。




