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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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70 分岐点

 長い階段を下り切ると、いったん平坦な場所へ出た。

 そこには年かさの島民が何人かいて、テーブルを前に、薬草摘みに入る者へ必要な道具を渡している。

 中心は、薬草を入れるための背負い籠と、貴重な薬草を見つけた際に使う小箱のようなものだ。

 リンタロウの説明によると、専用の箱に入れられた薬草はひと月以上新鮮な状態を保つことができ、薬の成分も流出することがないという。

 それほど貴重でない薬草は手あたり次第籠に放り込めばいい、とグドンは教えられた。

 グドンとリンタロウは籠や小箱を受け取ったが、ホウカはすぐ傍で知らん顔をしていた。年かさの男が変に思ったらしく、

「この子は何だ?」

 とリンタロウに訊いたが、彼が反応するより早く、

「わたしは物見遊山だから」

 と、ホウカが仏頂面で答えた。

 驚いたことに、男たちは半妖のことを聞かされているのか、それ以上何も追求せず、早くいけとばかりに手を振った。

 ホウカは、なぜか勝ち誇った顔でグドンに胸を張って見せた。

 グドンとしてみれば、何となく不愉快だった。

 リンタロウによると、彼らが戻る際も、ここにいる男たちが薬草の評価をするらしい。薬草には、それぞれランクがあり、それにより各自の収入が決まる仕組みのようだ。

 道をそのまま進むと、道端に壁が大きく抉られた場所があった。小さなスペースではあるが、そこに何かの薬草が山と積まれ捨てられている。どれも同種の薬草らしいが、かなりの量があった。捨てられた日時が違うのか、新しいものはまだ新鮮な姿を留めているが、古いものはすでに腐って風化し始めている。

 グドンがそれをぼんやり眺めていると、リンタロウが揶揄するように笑って彼の肩を叩いた。

「あの薬草は持って帰っても役に立たないよ。シャクヨウセンカという草らしいけど、何の薬効もない。面倒なのは、コウランボトゲという別の薬草と外見がそっくりなことさ。誰も見わけがつかずに間違って採取する。でも、摘んだあと数時間たつと、ヨウセンカは茎が変色する。ボトゲのほうは緑のまま変わらない。そのときようやく区別がつくんだ。黒く変色してしまったものは、皆、ここで選り分けて捨てていく。判別に持ち込むまでないし、少しでも手間を省けば、評価する人間の心象もよくなるからね」

 そう説明を聞いたグドンは尚も、小首を傾げてシャクヨウセンカから目を放さなかった。

「どうしたの?」

 ホウカが興味を示したが、グドンは彼女を無視してリンタロウに向かい合うと、

「きみは薬草を保存する小箱を持っていない? 自分個人のを所有していないかという意味だけど」

「なくもないけど…。昔、壊れて捨てられていたものを拾ったんだ。だから、性能が本来のものより落ちている。薬草の薬効を保てるのはせいぜい十日。それも、日に日に流出してしまう」

「それでもいいよ。シャクヨウセンカを摘んだら、捨てないで保管しておくといい。それを妖族へ売るんだ。きっと高く買ってくれる」

 リンタロウは驚いて目を大きく瞠った。

「シャクヨウセンカを?」

 グドンが頷く。

「確かに、人族には何の役にも立たない。でも、妖族は、別の薬草と混ぜて春妖丹という薬にするんだ。春妖丹は彼らに対して催淫の効果がある」

「催淫薬!」

 そう聞いて、ホウカは思わず顔を赤らめた。大声を出したリンタロウと目が合うと、慌ててどちらも視線を逸らす。

「だけど、売りに行くのは金銭的に切羽詰まったときだけ。場合によっては危険を伴うことがあるかも。薬効が薬効だし、良い目的で使われることは少ない。元々、人族に好意を持っていない妖族も多いし、信じられる交渉相手にだけ売ること。とにかく、彼らと接触するときは慎重に」

 リンタロウはうんうんと頷いたあと、急に思い出した様子で、

「だけど、グドンはどうしてそんなことを知ってるんだ? 薬草の基礎を学んだおれでさえ、聞いたことがないのに。いや、おれだけじゃない。島の誰も知らないから、ここに捨てられているんだよ」

 なぜ知っているかは、グドン自身にも説明できなかった。

 鉱山の中で、様々な鉱石の詳細がわかったように、シャクヨウセンカに関する知識も突然脳内に湧いて出た。

「それはわたしたちが半妖だから」

 意外にも、ホウカが助け舟を出した。

「シャクヨウセンカのことは、わたしたち半妖なら誰でも知ってる常識なの」

 もちろん口から出まかせだったが、グドンとしても、面倒な言い訳が省けて助かった。

 感謝してよとばかりにグドンへ微笑む彼女に、グドンは訝るように目を細めた。

 ホウカがなぜおいらを助けてくれる? 

 だいたい、大半の半妖はシャクヨウセンカのことなど知らないはずだ。妖族ですら知っている者はごくわずかだろう。本来なら、彼女が一番に不思議に思ってよいはずなのに…。

 このことにも何か、彼女なりの魂胆があるのだろうか?

 その場を離れ、三人がしばらく歩いていくと、先に入っていた者たちが皆集まって、何やら言い争いをしていた。

 しかも、その様子からするとただ事でないようだ。中には地面にへたり込んで、泣きべそをかいている者や、空の籠を背負ったまま来た道を戻ろうとする者までいる。

 グドンはリンタロウに視線を向けたが、おれに訊かないでくれとばかりに首を振った。

「どうしたんだい?」

 それでも、リンタロウは先頭に立って彼らに近づくと、知り合いらしい男に声をかけた。

 濃紺の服を着たその男も、顔が蒼白だった。まるで地獄に突き落されたいえばよいか、全身に悲壮感が漂っている。

「もう終わりだよ。遅かれ早かれ島を離れるしかないと思ってたけど、とうとうその時がやって来た。しかも、これで、おれは無一文なままここを離れなくちゃならない」

 意味不明な返答に、リンタロウも眉を顰めた。

 グドンは彼らにはかまわず周囲を見回した。

 そこは、蟻道の分岐点のような場所だった。

 突き当りの岩盤に四つの大きな穴が開いていて、そこから奥へ進む道が続いている。

 わかりやすくいえば、鉱山にあった坑道への入口が横に四つ並んでいると考えればいい。おそらくこの入口の先に、薬草地が広がっているのだろう、とグドンは推測した。

 残念ながら、入口から先は中が真っ暗で、奥のほうがどうなっているのか目視できない。

 薬草地へ続く道がなぜ四本に分かれているのか不明だったが、使役者たちの様子では、その道に何かの問題が起きたようだ。

 グドンはその四つの入口の前まで行くと、一か所一か所、場所を移りながら中をじっくり観察した。

 すべて見終わったころ、仲間から事情を訊き終えたリンタロウが近づいてきて、彼の横に立った。

「四本の道の一本で死者が出たらしい」

 リンタロウが言うと、いつの間にか彼らの背後へ来ていたホウカが鼻を鳴らした。

「聖地以外は比較的安全と言ったのは誰?」

「普段は本当にそうなんだよ」

 と、リンタロウが言い訳する。

「七号の蟻道で死者が出たのは、もう何年も前のことだと思う」

「これが、蟻巣島の秘密? ここと仕組みは同じで、分岐点が何倍も危険なのが聖地ということなんじゃないの?」

 ホウカが決めつけるようにいうと、リンタロウは渋々頷いた。

「でも、これは島の秘密じゃないよ。分岐点の危険性は島の者なら誰でも知っているし、島外の人間だって、知っている者は少なくないと思う」

「具体的に、今回は何がどうなったのか教えてくれる?」

 グドンが冷静な声で割って入った。

「うん。目の前に入口が四つあるけど、実はどれも同じ薬草地へ繋がってるんだ」

 リンタロウが語った説明によると、普段であれば、この四つの入口どれを選んで進んでも何の危険もなく目的地へたどり着くことができるという。

 ここが一般の薬草地と聖地の違いで、構造はどちらもほぼ同じなのだが、聖地の場合は、枝分かれした入口の幾つかに、何かの罠が仕掛けられていて、時として入った者の行く手を阻むらしい。

 過去に、阻まれた者が生きて帰ったことはないので、罠の具体的な内容はわからないが、道に落とし穴のようなものがあって落下してしまうのではないか、というのがもっぱらの噂だった。なぜなら、そうした罠にかかった者の悲鳴は、次第に下へ下へと遠ざかるように聞こえるからだという。

 実は今回、ここが聖地でないにもかかわらず、それと同じことで起きた。何も考えず適当に入口を選んで入った者が、突然大きな悲鳴を上げたのだ。その叫び声は思わず身の毛がよだつほどで、この世から一つの命が消えたことを、誰もが直感したという。

「だったら、薬草とりを中止して地上へ戻ればいいじゃないの!」

 自明の理だというように、ホウカは強い口調で主張した。

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