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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
7/20

7 暴徒の要求

 グドンの問いにホウカが答える間もなく、扉が蹴破られるように勢いよく開いて、二十人ほどの男女が室内へなだれ込んできた。

 ほとんどは三十歳前後の若い者たちだが、中に数人年配者も含まれている。

「あなたたちは誰?! 誰の許可を得てこの建物へ入ってきたの?!」

 行く手を遮ろうとするホウカを、がたいの良い先頭の男が突きのけた。

「邪魔だ、どけ!」

 汚れたままの作務衣風の上下を着ていて、どこか酒臭い匂いがする。

「下働きの小娘が偉そうな口をたたくな!」

「下働きの小娘? もう一度言ってみなさいよ!」

 侵入者たちは殺気立っていたが、ホウカの剣幕もそれに負けてはいなかった。

「この子はムダイの娘さんよ」

 女の一人が慌てて二人をとなりなすように言う。

「ムダイの娘? ムダイの娘が何だ? 父親が町の幹部なら、その娘も有力者か? 小娘の命令に従えって言うのか?」

「そうじゃないけど、この子と争うと面倒なことになるわ。わたしたちの目的はグドン一人なんだから」

 男はふんと鼻を鳴らし、グドンに向き直った。

「おまえのことはよく知っている。この化け物の息子」

 彼の口調には、グドンの父親に対する敬意や怖れはいっさい見られなかった。

 おそらくセイイツがこの町からいなくなったあと生まれた住民なのだ、とグドンは感じた。町には、こうしたセイイツを知らない世代が徐々に増えている。グドンの父親のことを話としては聞いていても、それはあくまで昔話であり、自分自身が経験した感覚とはまるで違う。それゆえ、セイイツを尊敬もしていないし怖れてもいない。伝説は半分作り話だと考えている者も多かった。

「痛い目にあいたくなかったら、黙って俺たちについてこい」

 作務衣の男がグドンを怒鳴りつけた。

「ついてこい?」

 寝台に座ったまま、グドンは退屈そうに男を眺めた。だが、その目の奥からは、ホウカと話していたときとは違い、いっさいの温かみが消えている。

 幼いころ路上生活を経験し、ここへ来てからも監禁同然の暮らしを強いられてきたグドンは、世の中の多くの者が、理性や良心ではなく、感情や一時の損得で動くことを知っていた。

 彼らもグドンと会うためにここへ押し入ってきた。処刑が目的ではないようだが、殺気立った雰囲気からもわかるように、思うようにならなければ、グドンを痛めつけるくらいのことはするだろう。

 だが、それにしても、気になるのは、男が一緒にこいと言ったことだ。

 これはどういう意味だろうか?

 グドンが自分の考えに沈んでいると、それを勘違いしたのか、年かさの女の一人が、

「あなたにひどいことをしないと約束するわ」

 と、むしろ懇願するように言った。

 グドンが困惑した顔になったとき、彼らの言動を無視する素振りで、ホウカが部屋を出ていこうとした。

「お嬢さん、看守を探しに行っても無駄だよ」

 彼女の目的を敏感に察した年輩の男が忠告した。

「昨日殺されたロクタンは看守のいとこだ。だから彼は今腹痛を起こして便所へいったことになっている」

 振り向いたホウカの視線がさらに厳しくなった。

「あなたたち、自分が何をしているかわかってるの? 監獄破りは重罪よ。グドンに何かあれば、父はもちろん、コウギシだって黙っていない」

「それに、この小僧の父親が祟るって言うんだろ?」

 作務衣の男が小ばかにした顔で嘯いた。

「冗談だと思ってるのね。自分たちがどれほど高い代償を払うことになるかわかってない」

「いや、わかっているよ」

 頬かむりをした別の男が落ち着いた声で言った。

 ホウカは頬かむりを振り向くと、黙ったまま睨みあう。

 グドンは侵入してきた住民たちに改めて目を向けた。彼には、この男女すべてが暴徒とは思えなかった。頬かむりの表情は落ち着いていて、知的にさえ見える。一時的な感情に流されて行動しているとは考えられなかった。

「ついていくのはいいけど…」

 グドンが言いかけるのを、

「駄目よ!」

 と、ホウカが慌てて遮る。ここから連れ出して、ただ話をするだけとは思えなかった。

 それをグドンが手で制し、

「ついていくのはいいけど、何をするつもり? おいらは住民殺しの犯人じゃないよ。仇をとるつりなら、お門違いだ。そんなことをしても、住民殺しは終わらない」

「俺たちは馬鹿じゃないぞ」

 侵入者の誰かが後方から声を上げた。

「こどもが何人もの大人を殺せるはずがないだろ」

 それを聞いたグドンが意外そうに声のほうへ視線を向ける。

「それに、息子さんを傷つけるような度胸は我々にはない」

 と、年配の男が同調する。

「ムダイなど怖れはしないが、万が一にも息子さんを傷つけて、あの人を怒らせれば、何が起こるかわからん」

 その言葉に、今度は、作務衣の男が苦り切った顔で舌打ちした。

「ここで、まだそんな御伽噺を口にするのか?」

「この子に危害を加える気などないと強調したかっただけだ」

 年配者が慌てて弁解する。

「だったら、連れて行ってどうするの?」

 とホウカ。

 彼女もやっと、彼らの目的を訊く気になったらしい。いずれにせよ、グドンを軟禁状態から解放するためにやって来たとは思えなかった。

「俺は小僧の父親の力など信じていない」

 作務衣が言い訳するように前置きし、

「だが、信じている者もいる。そうした者たちを安心させるためには、おまえが一緒に来る必要があるんだ」

「どういうこと? おいらのわかる言葉で話してよ」

 狐に抓まれるとはまさにこのことだった。グドンには、男が何をいっているのかまったく理解できなかった。

 セイイツの力を信じる者のために自分が一緒に行く必要がある、とはどういう意味か? だが、ホウカには、彼らの言ったことが理解できたようだ。

「ひょっとして、あなたたち、渉不城を出ていくつもりなの?」

 しばらく考えたあと、彼女ははっと何か思いついたように口を開いた。

 住民の中には、この町を離れたがっている者たちが少なからずいることを、ホウカは知っていた。一部の住民はここでの閉塞的な生活に辟易し、どこかもっと自由な広い世界へ行って、新たな生活を始めたいと願っている。

 ここでの生活は安全かもしれないが、行動範囲が限られ、隣の町へ出ていくことも、そこで新たな人族、半妖、妖族と知り合う自由も機会もない。毎日同じ町の住民と顔を突き合わせ、同じことを繰り返す。そんな生活にはうんざりしているのだ。とりわけ若い者、才能にあふれた者にとって、ここでの生活は耐え難い拷問であるに違いなかった。

 グドンも、渉不城ではごく限られた者しか町を離れられないと知っていた。だが、それに不満を持つ者がどれほどいるのか、不満のレベルがどれほどのものかは知らなった。いや、知らなかったというより、関心がなかったといったほうがいい。自分自身が軟禁状態なのに、他人の自由を気にするほど暇ではない。それどころか、少なくとも自由に獣の肉を食べ、学び、修練できる彼らを羨ましくさえ思っていた。

「でも、あなたたちが町を出ていくために、どうしておいらが必要なの? 関係ないと思うけど」

 グドンは、素朴な疑問を口にした。

「関係は大有りさ」

 と作務衣がいう。

「元々おまえの父親のせいで、こんなところに閉じ込められることになったんだからな。奇妙な規則を作ったり、勝手に湖を渡れば命を落とすと皆に信じ込ませたり…。すべておまえの化け物おやじの仕業だ」

「セイイツ様や、この子を侮辱するのはやめようじゃないか」

 年配の男が尖った声をだした。

「元々、この町へやってきたのも、あの人に強制されたからじゃない。それどころか、あの方は一人になりたがっていた。それを我々が無理について来た。何かを無理強いされたことなど一度もない」

 男の言葉に、何人もが同調する声をあげた。

 そうした様子を、グドンは面白そうに眺めている。牢獄へ侵入してきた者たちも決して一枚岩ではないようだ。

 年輩の男がいうように、この町ができたとき、ほかの半妖たちはセイイツに先導されて来たわけではなかった。それどころか、セイイツの再々の拒絶にもかかわらず、彼らが無理に付き従ったといっていい。そのことは、グドンやホウカも年配者たちから聞かされていた。

「あの方が湖で町を閉鎖した際にも、これ以降は町から自由に出ていけなくなる、町に閉じ込められることになる、と何度も警告なさった。それでも我々は彼のそばから離れるのを拒否したんだ」

 実際は、一部の半妖が盆地に入ることを諦め、元いた場所へ戻ることを選択した。そこには、依然大勢の半妖が残っていたし、すぐに生活に困る心配もなかった。そうした中で渉不城に残り、住民となった半妖は、不自由な生活を覚悟し、セイイツに従うことを選んだ者たちなのだ。

「それでも、奴が皆を見捨ててここを出ていったから、今のような状況になったわけだろう? セイイツがここにいたときは、住民の多くが一緒に町を離れたこともあったというじゃないか。そうした自由があったんだ。だが、今はどうだ?」

 作務衣は尚も食い下がる。年配者が溜息をついて黙りこむと、彼は勝ち誇る様子もなく、グドンに向き直った。

「だから、おまえは、父親の代わりに借りを返す義務がある」

 ホウカが鼻で笑った。

「借りを返す? 勝手な言い草ね。彼の父親のやったこととグドンにどんな関係があるの? そのころにはまだ生まれてもいないのに。義務なんて一つもない」

 憤懣やるかたない様子のホウカへ、グドンが手を振った。

 この男と議論しても仕方がない。元々無茶を承知で言っているのだ。やり方を選ばず、自分の目的を達したいだけだ。そうした相手に正論をぶったところで時間の無駄になるだけで、何も得られるものはない。

 ただ、ホウカがこれほどむきにっていることが、グドンには少し意外だった。この子を一方的に毛嫌いするのは公平ではなかったかもしれない、と彼女を少しだけ見直す気持ちになっていた。

「この町を出ていきたいのはわかったけど、どうしろっていうの? おいらにあの人のような力はないよ」

「そんなことはわかっている」

 自分たちの意見が聞き入れられたと見たのか、作務衣が口調を和らげた。

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