67 溜息
単刀直入にグドンが尋ねると、リョクギダンの顔色が変わった。
「きみは、どうして、そんなことを知っている?!」
セイイツが渉不城を離れたとき、リョクギダンは一緒にいたのではないか、グドンはそう直感していた。ずっとセイイツの傍で暮らし苦楽を共にしていた彼が、当時、セイイツの周辺で起こったことを何も知らなかったとは思えなかった。
「関係してるの?」
グドンは同じ言葉を繰り返した。
「関係などしていない!」
リョクギダンが慌てて否定した。
「実際、裏切りがあったことは知っているが、誰から、どう裏切られたのか詳しいことは何も知らない」
グドンは疑うことなく頷き、
「当時、あなたは、セイイツが拒否するのもかまわず、彼を追って渉不城を出た。そして、蟻巣島へやってきた。違う?」
グドンの言葉に、リョクギダンは昔を回想する目になり、それから大きく溜息をついて、苦笑いに顔を歪めた。
彼としては笑おうとしたのだろうが、グドンには泣いているように見えた。
リョクギダンは黙って己の上着の裾をたくし上げた。
その下にのぞいたものを見て、グドンは思わず息をのんだ。
リョクギダンの脇腹は大きくえぐられ、今もいびつな形の傷跡となって醜い姿を晒していた。傷の周辺は無残にただれ、上半身のほとんどはケロイド状になっている。
リョクギダンが今も生きているのが不思議なくらいだった。
「それは、セイイツが…」
信じられない思いで、グドンは呟いた。
リョクギダンが頷く。
「だが、彼が悪かったわけじゃない。わたしがしつこく同行を求めたからだ。彼が何度も拒否したのにも関わらずつき纏おうとした。当時の彼は疲れ切っていて、とにかく一人になりたかったんだが、わたしはそれに気づかなかった。もちろん、殺そうとしたわけでもない。その気なら、わたしのことなど一瞬でこの世から消せたろうから。だが、彼が立ち去って、わたしは死んだも同然の抜け殻になった。何を頼りに生きていけばいいのか、どこで、何をすればいいのかわからなくなった。セイイツを裏切った町へは、死んでも戻りたくなかったし…」
これまで、リョクギダンが自分やホウカについて何も知らないのを不思議に思っていたが、恐らくはこれが原因だったのだろう、とグドンは納得した。セイイツを裏切った渉不城に対し、彼はずっと耳を塞いだまま生きてきたのだ。
リョクギダンは続けた。
「わたしは、結局ここに留まるしかなかった。このけがのせいで、死ぬか生きるかの状態だったし…。わたしの外見が実年齢より老けて見えるのも、そのときの傷と大病が原因だよ。もし、あのとき、アサホの献身的な看病がなければ、わたしは確実に死んでいた。きみは彼女のことを金と権力に目がないと思ったかもしれないが、決して悪いところばかりの女じゃない。少なくとも、わたしは感謝している。だから、彼女を受け入れたし、今も傍にいる」
リョクギダンの話を聞き終わったグドンは嘆息した。
ある意味、リョクギダンとコウギシの兄妹は、どちらもセイイツを追いかけたことで傷を負った被害者といえるかもしれない。
それはともかく、グドンは、リョクギダンがアサホの話を持ち出したのが気になった。そこに彼の隠れた意図を感じたからだ。リョクギダンは明らかに、アサホに対する彼の印象を良くしようとしている。良くしてどうしたいかといえば、グドンを仲間に引き込みたいのだろう。問題は何の仲間か…?
アサホは悪魔ではないかもしれないが、といって、弱い者に対して公平な人間とも思えない。グドンは正直彼女が嫌いだった。命を救われたリョクギダンがアサホを擁護する気持ちはわかるが、危険とわかっていながら聖地へ送り込まれ、死んでいった使役労働者たちは、彼の擁護には賛成しないだろう。
「二つほど訊いてもいい?」
グドンは自分の関心事に話を戻した。
「わたしに答えられることであれば…」
「まず、セイイツを裏切った者たちは、彼の弱みを握ったと嘯いていたらしい。その弱みとは何だったか知ってる?」
「弱みを握られていた?!」
驚きでリョクギダンは目を大きくした。
「どこからそんな情報を仕入れたんだ? 誰がそんなことを言った?」
「渉不城の住民なら、皆が知っていることだよ」
と、グドンは嘘を言った。
「そうか…。だが、残念ながら、さっきも言ったように、わたしは何も知らないんだ。知っているのは、ただ町の半妖に裏切り者が出て、セイイツがひどく失望し、町を離れたことだけだ。離れた理由も、握られた弱みが何なのかもわからない。それどころか、そんな話は今初めて聞いた」
グドンは素直に頷いた。
セイイツの弱みに関する情報は、グドンが偶然、仙族のマキらから得たものだ。仙族と関りのないリョクギダンが知らなくても不思議はない。
「もう一つは、この島の現状についてだよ」
グドンは続けた。
「今起こっている問題の原因が何なのか、わかっていることだけていいから教えて。なぜ、犠牲者が増えていて、薬草の収穫量が減っているのか」
とたんんに、リョクギダンは難しい顔になった。開きそうになっていた蓋が突然パタンと音をたてて閉じた感じだった。
「そのことに関しても、残念ながら何もわからない。わかっていれば、わたしもアサホも解決に動いている。問題を放置しておいて、島に何の利益もないからな」
リョクギダンの答えは理にかなっていた。しかし、なぜかグドンは嘘を感じた。リョクギダンは何か知っていて自分に隠している。だが、それは何で、なぜ隠すのだろう?
グドンは質問の終了を示すように笑顔で頷いた。
少なくとも、今はこれ以上何か訊いても得られるものはないような気がした。というより、正直に言えば、グドンがリョクギダンとの会話で得られたものは何一つなかった。ほとんどが昔話か何も知らないという返事だ。しかも、それは偶然ではなく、リョクギダンは初めからそうする計画だったという気がした。
彼は知りたい情報を得るために来たのであって、グドンと何かを分かち合うためではない。つまり、自分が知りたい情報を得られればよく、グドンに何かを与える気など端から毛頭なかったのだ。
恐らくこのあと、今回得られた情報を手にアサホのところへに戻るのだろう。
どれほどセイイツの信奉者だったのか知らないが、こうした生き方をするリョクギダンに対し、セイイツが行動を共にしたくないと思った気持ちが、グドンには何となく理解できる気がした。
「それより、きみのあの能力はどこで身につけた? 渉不城で誰かが教えてくれたのか?」
リョクギダンは話を切り替えるように言った。
グドンは再び笑顔になると、この男にどう嘘をつこうかと考えていた。




