63 アサホ
島主の屋敷は、島民たちの住居が集まる町の中央付近にあった。
屋敷を取り巻くように、島民の民家や商家が並び、いわゆる町を形成している。そこから離れた桟橋近くや蟻の巣へ下りる入口付近には、そのための施設や作業小屋が集まっていた。
グドンやホウカたちの宿舎は、桟橋とは反対側の町の端に位置する。
この町は中央へ行くほど住民の生活水準が上がるようだ、とグドンは気づいた。
町の中央から桟橋やグドンの宿舎へ向かうに従い、建物の規模が小さく、貧相になる。島のどの位置に住んでいるかが、その住人の階層や地位、財産上の優劣を示しているのだろう。どこの世界も、全員が平等などということはあり得ないが、ここもまた例外ではなかった。
島主の屋敷は、中央の住居群の中でも、飛び抜けて豪華な造りだった。
屋敷というよりお城に近く、その贅沢な外見にグドンも驚嘆せずにはいられなかった。
屋敷がこれだけ派手で立派ということは、島主がそれをのぞむタイプの人族ということだ。そのことにグドンは些かの失望を感じた。
成金趣味が嫌いなわけではなく、そうした人族が、弱い者、たとえば孤児に優しいはずがないと思ったからだ。島を浮浪孤児の救済所のように見せかけているのも、きっと何か裏があるに違いない、とグドンは確信した。
グドンとホウカが案内された部屋では、中年の女性と初老の男性が彼らを出迎えた。
これはグドンにとっては少々意外だった。
島主の接見という以上、周りに大ぜいの取り巻きがいるだろうと想像していたのだ。ところが、実際には、目の前にいるのは二人きりで、通された部屋もそれほど広くはなく、豪華な客間とか、大広間からは程遠い印象だった。
グドンは、その中年女性が島主だと教えられた。
ヨリナガアサホ(頼長朝穂)というその島主は、女丈夫のイメージからは程遠く、どちらかといえば、努力の末トップまで上り詰めたお役人といった風情の女性だった。
色白でややふくよか、顔の造作に派手さはなく、むしろおとなしめの印象を与える。だが、誰もがつい心を許してしまいそうな優しい笑顔をしていた。
しかし、もちろんこれは彼女の表の顔にちがいない、とグドンにはわかっていた。
もう一つ彼が意外だったのは、彼女と一緒に二人を待っていた初老の男が、噂に聞いていた半妖だったことだ。
その男は、自らをリョクギダン(緑蟻男)と名乗った。
リョクギダンは、どうしたことか、同じ半妖であるグドンとホウカと会っても笑顔一つ見せず、何やら気の乗らない様子で、生気のない眼差しをじっとあらぬほうへ向けていた。
彼を同席させれば、グドンたちも打ち解けやすいとアサホは考えたのかもしれないが、その目論見はまったくの当て外れになっているといってよかった。
そのことよりも、グドンが注目したのは、男の名前だった。
リョクギダン?
その名前を聞いて、グドンはすぐによく知った女性の顔を想起した。
「あなたは、もしかして、コウギシという女性と知り合いじゃない?」
彼の言葉に、リョクギダンは大きく反応した。ギクリと一瞬体を震わせ、初めてグドンの存在に気づいたように顔を向ける。しかし、それもほんの一瞬で、己の反応を後悔するように無表情な顔にもどると、すぐに視線を落とし、
「そんな女性は知らない」
と首を振った。
その仕草に、ホウカも興味を引かれたようで、
「でも、半妖なら、渉不城のコウギシを知らないはずはないと思うけど…」
と、言わずもがなのことを言う。
「いいんだよ、おいらの勘違いかもしれない」
と、グドンはすぐに引き下がった。
知人であると認めないからには、何か隠す事情があるのだろう。それを無理に掘り返しても意味がない。とりわけ、コウギシの知り合いであるなら、相手を困らせるのも嫌だった。
「わたしがいると話しにくいこともあるでしょうから、また別の機会に、あなた方だけで話すといいわ」
と、アサホが空気をよんだように言った。
「それより、今日は、お詫びの席をもうけたいと思って来ていただいたの」
その言葉を待っていたように、女性の使用人が何人か現れると、アサホは用意した料理を運ぶよう彼女たちに命じた。
ここへ呼ばれたのは、どうせこの島から追い出すか、渉不城について色々質問攻めにするのが目的だろう、と予測していた二人は、意外な思いで顔を見合わせた。
「お詫びって、何の?」
次々に運び込まれる豪華な料理に目を丸くしながら、グドンが訊いた。
「もちろん、あなた方をここへ連れてきてしまったことよ。部下のとんでもない勘違いのせいで、嫌な思いをさせたことを謝罪しないとね」
それはつまり、勘違いだったからすぐここから立ち去れという意味だろうか?
グドンがそんなことを考えていると、
「でも、せっかくきたんだから、物見遊山と思って、あちこち見て回るといいわ。面白いところもないでしょうけど、何かの気晴らしにはなるかもしれない」
と、アサホは笑顔を見せた。
アサホは料理と一緒にお酒も用意させていた。
「あなた方の年齢でどうかとも思ったけど…」
自分の小さな盃に酒を注ぎながら、グドンたちの膳に置かれた盃にも、使用人に酌をするよう命じる。
「のんでも大丈夫なら、お付き合いして頂戴」
ホウカは、注がれた酒をためつすがめつしていたが、ふと横を見ると、グドンが自分をの反応を窺っている。彼女は心を決め一気に盃を煽った。
グドンもそれを止めなかった。酒とはいってもただの薬酒で、毒が入っていないことはすでに確認済みだ。グドンには不思議とそれがわかった。
ホウカに続いてグドンも盃に口をつける。
酒は思ったより薄味で、ただの白湯のようですらあった。意外な思いで、グドンが小首を傾げると、
「やっぱり、半妖の方たちの好みには合わない? わたしたち人族とは体質が違うのかしら」
と、アサホが妙に感心する声を出した。
「それに、あなた方の年齢の人族がその盃を一気に煽ったら、普通なら、眩暈を起こすところだけど」
眩暈を起こす?
アサホの発言に興味を感じたホウカは、片眉を吊り上げ、徳利を手に取って匂いを確かめるように鼻に近づける。鼻腔をクンクンさせたあと、徳利をそのまま煽って直接酒を喉に流し込んだ。
アサホがあっと声を上げたが、もう手遅れだった。
ホウカは何もなかったように舌先で余韻を楽しんでいる。
グドンは、ホウカにはかまわず料理に手をつけた。味のしない薬酒よりも、食べ物のほうに断然興味があった。獣の肉、魚、野菜料理の数々…。
どの料理も華やかな盛り付けで見た目にはとても食欲を誘う。だが、残念なことに、酒と同様グドンの口には合わなかった。
どれも、薬草で味付けされていて薄味だ。おいしいというより、滋養強壮には効果がありそうだった。もちろんそれも半妖のグドンにどれほどの有効かはわからない。
「どうかしら?」
本心から二人の感想を気にする表情で、アサホが訊いた。
「あなた方は、これを毎日食べてるの?」
グドンは逆に訊き返した。
それで、彼女はすべてを悟ったようだ。
「やっぱり薬膳料理は半妖の方には魅力がないようね」
それほど落胆した様子もなくあっさり言う。それから、三人とは少し離れた場所で膳を前にしたリョクギダンへ目を向けた。
グドンが見ると、リョクギダンもグドンたちと同じ膳を前にしている。しかし、料理や酒にほとんど手をつけていなかった。
口に合わないとわかっていながら、なぜそれを出したのか?
アサホの思惑を測りかねていると、
「リョクギダンもそうだけど、以前、別のお仲間にこうした料理を出したことがあるの。そのときも同じような反応だった」
とアサホは説明した。
「それが人族に対する蔑視や個人的な趣向からきているのか、本当に誰の口にも合わないのか、確かめてみたかったのよ。わたしたち人族にとっては、これ以上になく美味で、体が喜ぶ御馳走だから。ごめんなさいね。でも、これで、次からは同じ過ちを犯さずに済みそうだわ」
そういうと、給仕していた者たちに、目で何やら合図を送る。
使用人たちはすぐにグドンたちの前に配膳されたものを持ち去り、代わりに新たな膳を運んできた。
今回は、見た目の華やかさはないものの、やはりきちんと手間暇かけて作られたとわかる料理だった。肉と魚が中心で、運ばれてくる間にもいい匂いがしている。
ホウカはすぐ料理に箸を運び、心底からの舌鼓を売ったが、グドンは、ほかに気になることがあって、料理に手をつけなかった。
「さっき、あなたは、別の仲間って言ったでしょ?」
彼が話を向けると、ホウカも興味をそそられたようにアサホへ視線を向ける。そのとき、なぜか、リョクギダンの眉間がピクリと動いた。




