62 痴話げんか
その思いは隣りで立ったまま話を聞いていたヤナギたちも同様だった。
渉不城? 半妖?
全員が顔色を変え、少女の中には部屋から逃げようとする子までいた。
それでも、ヤナギだけは何とか平静を装い、
「半妖が何だ? ここにだって、半妖はいるぞ。そういえば、怖がるとでも思っているのか? 半妖を怖がる奴など、この島には一人もいない」
と強がった。
ヤナギのことなど無視するつもりでいたグドンも、少し意外そうにそちらへ目を向けた。
こんなこどもにまで甘く見られるとは、この島の半妖は、どういう立場にいるのだろう? 本当に、島民は半妖を恐れていないのか? だいたい、半妖がここで何をしているのか? まさか、薬草とりの使役に従事しているわけではあるまいが…。
「でも、ほかの仲間には大事なことかもしれないわ」
と、ヤナギを無視してホウカが続ける。
「もし、渉不城へ戻るようなことがあれば、皆と顔を合わせることになる。そのとき気まずいでしょ? まさか、わたしもあなたも殺されるようなことはないでしょうけど、非難されるのは間違いないわ。だから、許嫁の届け出を破棄するなり何なり、はっきりさせるべきだと思う」
グドンは、リンタロウとコンに向き直り、
「いい? 誤解しないで。この女の子とおいらは何の関係もない。彼女がこうしたわけのわからないことを言っても、無視すればいい。下手に信じたりすると、困ったことに巻き込まれるだけだから」
と、言い訳した。
二人は驚いた表情で、グドンとホウカを見比べている。
ヤナギは無言のままくるりと背中を向けると、その場からいなくなった。少女たちも慌てて彼のあとを追う。
あっという間に、室内はグドンたち四人だけになった。
グドンは黙って立って行くと、開けっ放しになった扉を閉めた。
リンタロウとコンは無言のままだ。
「十分楽しんだでしょ?」
椅子に戻ったグドンがホウカに言った。
「楽しむ? わたしは本気よ。もう一度、お互いを知ることから始めたい」
彼女は尚も真剣な顔でグドンを見つめる。
グドンが黙ると、室内はまた沈黙に包まれた。
「きみたちは本当に半妖なのか?」
その沈黙を破るように、リンタロウが尋ねた。外見上、二人に気を遣う振りを装っているが、内心面白がっているのは、誰の目からも明らかだった。
「首を二メートルほど伸ばしてみましょうか?」
と、ホウカが微笑んだ。
「できるの?」
と、リンタロウが手を叩く。
「失礼よ、お兄ちゃん」
コンが窘めたが、自分も見てみたいという本心を隠せていなかった。
グドンはひとり、辟易した様子で溜息をついた。
「グドンとは、どんな話をしていたの?」
優しいお姉さんを演じるように、ホウカがコンの髪を撫でた。それまでの、グドンと交わした会話のことなど、もうすっかり忘れてしまった口ぶりだった。
「グドン兄さんにお願いしてたの。兄が聖地へ行かないよう見張っていてねって」
「ちょっと、待って…」
グドンが慌てて遮ろうとしたが、手遅れだった。
「聖地?」
と、ホウカの目が輝く。
コンも何かまずいことを喋ったと気づいたようだが、年長の優しい女性に褒めてほしいという衝動が良心の呵責を上回った。
彼女は先ほどグドンにしたのと同じ説明を長々とホウカにも繰り返した。
グドンはそれを黙って見ているしかない。
「まさか、これは、グドンも聖地へ行くという話じゃないわよね?」
聞き終わると、ホウカはすぐに眉を逆立てた。
「おいらがどうする気でも、きみには関係ないじゃないか。それに、きみと違って、おいらには使役の義務があるんだよ。行きたくないからって拒否できるわけじゃない」
「できるわよ」
ホウカが当然のことのように言う。
「わたしと一緒に、薬草のお勉強をすると言えばいい。それを誰が反対すると思うの? 忘れた? 彼らはわたしたちをここから追い出したくて仕方ないの」
「でも、おいらは行きたいんだ」
ホウカを自分から遠ざけるためでなく、グドンは本心からそう言った。
ホウカは黙って彼を睨んだあと、
「だったら、わたしも一緒に行く」
と宣言した。
グドンは、あははと馬鹿笑いをした。
「何がおかしいの?」
「きみはまだ十六未満じゃないか。そう嘘をついたんじゃないの? だったら使役には参加できないよ。足手纏いになるだけだからね」
今度は、ホウカがふふと笑った。
「グドンはやっぱり世間知らずね。規則なんて人族の誰かが勝手に作ったものよ。幾らでも融通が利くの。要は相手次第、力次第ということ。何なら試してみる?」
グドンは心底腹が立った。おいらともう一度初めから始めたいなんて、絶対に嘘だ。いったい、どんな魂胆があって、この子はこんな真似をするのか?
「話の通りなら、聖地はとても危険なんだ」
やっとグドンはそう言った。
「あら? それはさっきのわたしが言ったことじゃないの?」
「危険になっても、おいらは自分で責任がとれる。でも、きみは、何とかしてって、おいらにしがみ付くだけじゃないか」
ホウカは思わず言葉に詰まって、顔を赤く染めた。
湖でグドンにしがみ付いた記憶は、彼女の中に今も鮮明に残っている。グドンに強く抱きしめられた時の安心感は今も忘れられない。
「あなたを心配しているだけじゃないの」
彼女はやっと反論した。
「いや、嘘だね。きみが好きなのはアンカイであって、おいらじゃない」
「何? 嫉妬してくれてるの?」
「まあまあ…」
完全に会話から置き去りにされ、二人をぼんやり見ているしかなかったリンタロウが、この時とばかりに口を挟んだ。
「お二人さんの状況はよくわかったよ。じゃ、こうしたらどう? まず、おれとグドンで通常の薬草地へ入る。あそこはそれほど危険じゃないし、薬草地での作業に慣れて、もう大丈夫となったら改めて聖地へ入るかどうかを決める。その際には、きみにも必ず相談するから。それなら大丈夫でしょ?」
グドンとホウカが同時に何か反論しようとしたとき、入口の扉を再びノックする者がいた。
グドンは思わず舌打ちした。
「また、きみの知り合いじゃないの?」
とホウカを睨む。
睨んでから、この部屋がグドンやホウカのものではなく、リンタロウの部屋だと思い出した。訪ねてきたのはリンタロウの知り合いである可能性もある。自分の早合点を、彼がリンタロウに謝ろうとしたとき、開いたドアの隙間から、グドンの見知らぬ男が顔をのぞかせた。
「グドンとホウカだね? 島主が会いたいとおっしゃってる。時間があるなら、一緒に来てくれないか?」
「島主?」
グドンとホウカだけでなく、リンタロウとコンの兄妹も驚いて顔を見合わせた。




