61 ホウカの告白
どうして、ホウカがこんなところにいるんだ? だいだい、おいらがここにいると、どうしてわかったんだろう?
長い治療の末、やっと不治の病を克服したと思ったら、ある日突然、治療師から「再発しました」と言われた気分だった。
「あ、やっぱりこんなところにいた」
グドンの驚きと落胆にかまうことなく、ホウカは、誰に許可を得るでもなく勝手に部屋に入ってくると、寝台にかけたコンの隣りに当然の権利があるように座り込んだ。
リンタロウとコンも事情がのみ込めず唖然としている。
「どうして、おいらがこの部屋にいるとわかったの?」
やっとの思いで、グドンは訊いた。
「わかるはずないわ。部屋を一つ一つ訊いて回ったのよ」
至極当然のことのように彼女が答える。
グドンはもう言葉が出なかった。
「きみの知り合いか?」
リンタロウが訊く。
グドンが返事をするより早く、若い男女数人がどやどやと室内に入り込んできた。
「ヤナギ(柳)班長…?」
知り合いと見えて、リンタロウが立ちあがり、笑顔で先頭の青年へ声をかけた。しかし、相手はリンタロウを無視するようにホウカに歩み寄り、彼女の腕を掴もうとする。
ホウカはそれを振り払ったが、それほど怒った様子でもなかった。
「どこにでも、こういう手合いはいるのよね。しつこくすれば、何かが手に入ると思ってる」
しつこくつき纏ってるのは、きみじゃないか、グドンはそう言いたかったが、ヤナギの厳しい視線が口をひらくのを許さなかった。
「班長、これは、どういうことですか?」
と、リンタロウが丁寧な口調で訊く。
班長というのは、この島での仕事上の肩書だろう、とグドンは推測した。どうやら、リンタロウよりは上の職位にいる男らしい。
ヤナギは、リンタロウと同年代の、色白で長い髪が特徴の、いわゆる伊達男だった。自分の整った容貌に自信満々で、すべからくまともな少女なら自分に憧れないはずはない、と固く信じているように見える。実際、一緒に入ってきたのはすべて、十六七と思える美少女ばかりだ。
ヤナギは、無言でリンタロウへ顔を向けると、黙れというように睨みつけた。
リンタロウは相変わらずへらへら笑っている。相手の威圧など、まるで意にも介していない様子だ。
「ここはおれの部屋なんですよね。班長でも、勝手に踏み込む権利はないはずですよ」
彼は、相手の威圧に威圧で返すのではなく、さらりと受け流した。グドンは、リンタロウのそうした態度に、彼の生き方を見た気がした。
隣りに立っていた少女がヤナギの代わりに口を開いた。
「この子に、薬草学習の仲間として参加しないか誘っていただけなの。彼女の年齢からすると、もうすぐ使役に就く必要があるでしょ? 学習に参加して後方支援に回れば、危険な薬草地へ行かなくともすむ。そのための話をしていたの」
と、事情を説明するようにリンタロウに言う。
グドンはホウカの顔を見た。
本当の年齢からすれば、ホウカもグドン同様すぐに使役に就かねばならないはずだ。だが、彼女のことだから、そのあたりをうまく誤魔化したのだろう。話のとおりなら、この少女たちは後方支援とかいう楽な役回りに就いているらしい。その仲間に加われるなら、いうことなしではないか、という気がした。いったい、何をごねているのか?
ホウカは苦笑して、
「このご主人様の取り巻きになるのが、あなたのいう学習? いったい何を学習するの?」
と、グドンへ同意を求める目を向け、面白がるように言う。
「まあ、いいわ。これからは、あなた方がいないと思って話をするから、それでよかったら、ずっとそこに立って、話を聞いていてもかまわない」
そう前置きしてから、ホウカがさらに話を続けようとするのを、グドンが手を挙げて制した。
「きみのわがままにおいらを巻き込まないでほしいな。学習でも何でも、勝手に参加すればいいじゃないか」
少しだけ緊張していたヤナギの顔がとたんに綻んだ。
「きみは、自分の立場をよくわきまえているな。安心するといいよ。わたしに従えば、きみも危険な作業を回避できるよう手をまわしてやろう」
ヤナギの笑顔とは対照的に、リンタロウとコンは、顔に濃い失望の色を浮かべた。知り合いの女の子が助けを求めたのに、それをグドンが見捨てたと思ったらしい。
グドンにしてみれば、一番失望しているのは自分だった。
ホウカがはなぜか嬉しそうにしている。
「まさに、わたしがここへ来たのもそのためよ。自分の立場をはっきりさせておこうと思ったの。なぜ、あなたを追いかけてここまで来たのか」
「へえ…」
と、周りの状況にもかかわらず、グドンは少しだけ興味を引かれた。
彼女もようやく、どんな魂胆で自分についてきたのか話す気になったんだろうか?
「簡単にいうと、これまでのことを反省したの。少しあなたに冷たくし過ぎたかもしれない」
と、彼女は言った。
「だから、もう一度二人の関係をやり直そうと思う」
「二人の関係?」
グドンはその言い方が気になった。
「おいらは、元々そんなものはないと思うけど…」
「正直に言うわ。許嫁というわたしたちの関係を解消してもいいと思う」
ホウカの口から「許嫁」という言葉が出たとたん、グドンとホウカ以外の全員が目を丸くした。
本心を言えば、グドンも驚いた。
この子は何を言おうとしてるんだろう? それも、こんな大ぜいの前で。
かまわずホウカが続ける。
「もう一度普通のお友達から始めるのよ。わたしたちはまだお互いのことがよくわかっていない。だから、不安になったり、相手が信じられなくなったりする。そうした問題を解決するためには、もう一回、一から始めることが大切じゃないか、そう考えたの。グドンもそう思わない?」
グドンは自分の耳を疑った。いや、というより、ホウカの頭がどうかしてしまったのではないかと疑った。
もう一度やり直す? いったい何を? それに、どんな形であるにしろ、ホウカが二人の関係を真剣に考えることなどありえない気がした。
これにも何かの策略だろうか?
しかし、不思議なのは、彼女の今の発言が、本心から出ているようにグドンには聞こえたことだ。
「おいらはもう一度始めたいとは思わない。許嫁のことも、渉不城を離れたんだから、もう関係ない。半妖の規則とか届けなんて、おいらにはもうどうでもいいよ」
ホウカが傷心の表情で溜息をつくと、コンは強い義憤にかられた表情でグドンを睨み、リンタロウは口の中で「渉不城? 半妖?」と呟いて、さらに目を丸くした。




