60 使役
リンタロウが続ける。
「どちらもやることに差異はない。薬草摘みだからね。でも、薬草自体の価値は大きく異なる。おれにもよくわからないけど、聖地の薬草には人の体質とか生命力を根本的に変える力があるらしい。もちろん、薬師による煉薬が必要になるけど、採取したものを直接口にしても、一定の効果があるらしい。それも驚異的なね」
「でも、採取中の薬草を絶対に口にしてはダメよ」
とコンがグドンに忠告した。
「一番の御法度なの。薬草を盗んだとみなされて処刑されてしまう。これは冗談ではなく、肝に銘じておいたほうがいいと思う」
それは、上層部やひいては島全体の利益を損なうからだろう、とグドンは事情を察して頷いた。一人に甘い顔を見せれば、二人目、三人目が必ず出てくる。最後には収拾がつかなくなるのは目に見えていた。
「普通の薬草地と薬草の聖地との違いはそれだけじゃない」
とリンタロウ。
「聖地は、何というか、ほんの少し危険なんだよ。だから、聖地に入るには覚悟がいる。もちろん、グドンは勇気がありそうだし、問題はないはず。危険なだけに報酬もでかいから、やる価値は十分にある、とおれは思う」
「冗談をいわないで」
コンが強い声で遮った。
「わたしがここにいるのは、グドン兄さんに、そのことをお願いするためでもあったの。もし、兄ちゃんが聖地へ入ると言ったら、どんな手を使っても止めて」
グドンがリンタロウを見ると、彼は気まずそうに笑顔を浮かべた。
「少し危険なんてものじゃないのよ。生きて戻れる保証はどこにもないの。しかも、最近は、命を落とす人の数がどんどん増えてる。まさに死の行軍よ。島が今、人手不足に陥っているのもそのせい」
そう訴えるコンの目には、涙さえ浮かんでいるように見えた。
「だけど、これまでも戻ってこられたじゃないか」
とリンタロウが妹に釈明する。
「そんなの、運が良かっただけよ。報酬をいくらもらったって、死んでしまったら、どうやって使うの? 残されたわたしは、どうすればいい?」
今回は本当に、目から溢れそうになった涙をコンは掌で拭った。
「だいたい、使役の相棒は、グドン兄さんで今年何人目? あの人たちはどこへ行ったの?」
妹に言われ、リンタロウは慌てて、
「お、おい、今、そんこと言ったら、グドンが不安になるじゃないか」
と、妹を止めしようとし、グドンと目が合うとへへと誤魔化すように笑った。
以前の相棒は皆死んだのだろう、とグドンにもわかった。
リンタロウが主体的にグドンの部屋を訪ねてきたのもそれが理由に違ない。
薬草とりというのが実際にどんな作業か知らないが、かなりの危険を伴うことは間違いないようだ。
意外にグドンが平然としているのを見て、リンタロウは親指を立てた。
「ほらな。グドンは怖がらない。コンが言うのは婦人の仁というやつだよ」
とリンタロウはいうと、グドンへまた笑って見せた。
「女は心が軟弱で困るよね?」
「婦人の仁にそんな意味はないわ。それに、お兄ちゃんこそ、匹夫の勇よ」
兄妹喧嘩を前に、グドンはどう反応してよいかわからず、ただ頷いた。元より、彼らのいう危険がどれほどのものかもよくわからない。どちらの肩を持つことも憚られた。
「おいらは、その報酬というのが少し気になるけど…」
暗い話から気を逸らすつもりで言ったグドンの言葉に、リンタロウはわが意を得たりと、「その通り」と大きく頷く。いっぽう、コンはそれまでにないほど冷たい目でグドンを睨んだ。
グドンは慌てて釈明する。
「おいらが言うのは、報酬が幾らかという意味ではなくて、元々、この島の使役に報酬なんてものがあるのか、それを訊きたかったんだよ」
「グドンは、おれたちを奴隷か何かと勘違いしてないか?」
呆れた顔でリンタロウが答える。
「報酬がなくて働くやつはいないよ。報酬をためて島を出れば、富豪とまではいかなくても、一生、食うには困らない」
「自由に島から出られるの?」
と驚いたグドンが訊く。
「生きて島から出られればね」
とコンが答えた。
息の合った二人を褒め称えるようにリンタロウは、一笑して、
「最低十年の使役が条件ではあるけどね。もちろん、出られる。実際に、出ていった者も少なからずいるよ。ただ大半はこの島に残って、幹部として悠々自適に暮らしているけど」
こうした島の事情は、グドンを驚かせるのには十分だった。
リンタロウの話が真実なら、グドンたちは奴隷ではなく、将来の島の構成員として採用された新人だ。島民にとっても大切な後継者であって、その卵ということになる。
島自体も、ある程度の制約はあるにしろ自由な社会といってよかった。
もし、攫われてきたのが皆、路上生活をしていたこどもであったなら、島民は、確かに彼らに生きる希望を与えた恩人といってもよい。
「だけど、今は事情が変わってるの」
黙考するグドンの注意を促すように、コンが言った。
「仮に使役を十年こなしたとして、今、島を離れたいと言えば、きっとひどい目に遭うわ。まあ、お兄ちゃんには、その十年の奉公期間を終えることさえ無理でしょうけど」
「そんなことないさ」
とリンタロウが妹を励ます。
コンは嫌々するように首を振り、
「きっと、わけの分からないまま聖地で命を落とすことになる。それが、早いか遅いかの問題よ」
話が堂々巡りを始めた、と感じたグドンは、こうした混乱が今、島民全体の置かれた状況なのだろうと改めて感じた。
「でも、そうした状況なら、こどもを攫うより、お金を出して成人を雇えばいいのに」
と、グドンは指摘した。
こどもを攫っても、即戦力になるはずもなく、今の状況では負担が増えるだけだろう。
それは蟻巣島へ来てから、グドンがずっと考えていたことだった。
「それは駄目なの」「それは駄目だ」
リンタロウとコンが同時に答えた。コンが二人を代表するように、
「この島には悪い噂がたっているから、怖がって、誰もやってこようとはしないわ。こどもを攫ってくるのは、まだ何もわからないうちから、ここを故郷と思わせて、命懸けでも守ろうとさせるためよ。いわば愛国心の育成ね」
「よその土地で育った奴らなら、すぐにここから逃げ出そうとするか、上層部に反抗して騒ぎを起こす」
と、リンタロウも補足する。
「それじゃ、かえって島のプラスにはならない」
グドンは二人の話に頷くしかなかった。
今は、これ以上話を聞くより、実際に聖地へ入り、危険がどういうものなのか自らの目で確かめる事が大事だ、とグドンは感じた。
「聖地の危険度がなぜ急に上がったのか、そのあたりの詳しい事情はわからないの?」
と、グドンは重ねて尋ねた。
リンタロウとコンの兄妹は思い合わせたように首を振った。
グドンが頷いたとき、突然、入り口の扉が開いた。
顔をのぞかせた相手が誰かわかって、グドンは蠅をのみ込んだような顔になった。
それがホウカだったからだ。




