58 蟻巣島
半日間の船の旅は、すこぶる快適とはいえなかったが、海が荒れることもなく順調に終了した。
湖での経験の後遺症が残るホウカは、初め、船内にこもったまま蒼い顔をしていた。無言で床を見つめ、何かに耐える様子だったが、旅も半ばを過ぎることになると、少しは慣れたのか、船内を歩き回るようになった。
天気に恵まれていたこともあり、ほかのこどもたちも甲板に出て大海の景色を眺めつつ、すこぶるリラックスした表情を見せていた。
中にははしゃぎ声をあげるこどもさえいた。
だが、そんなのんびりした雰囲気も、船が島の桟橋に近づくにつれ、徐々に変化していった。
地上に下ろされたこどもたちは、迎えに出た大人たちによって整列させられ、もたつくこどもは容赦なく足蹴にされた。
美婦人が話していた内容とのあまりの違いに、グドンとホウカは眉を顰め,、同時に首を傾げた。島の人族はまさに酷薄な奴隷商人そのものに見えたからだ。
不思議なのは、グドンたちに対し美婦人がなぜあんな嘘をついたかだった。
嘘をつく必要性がまるで見当たらない。島へ渡ればすぐにばれると知りながら、グドンやホウカに体裁を取り繕う必要がどこにあったのだろう? 二人が半妖であろうとなかろうと、そんなことはまったく関係がない。美婦人がグドンたちに会うことさえ二度とないだろうし…。
ひょっとして、普段の島民はこんな乱暴にこどもを扱ったりしないのではないか? グドンにはそんな気がした。美婦人は嘘をいったのではなく、彼女自身、しばらく島から離れていて、島内の現状をよく知らず、実際とはズレたことを言ってしまったのだ。
そうして島民の行動を観察していたグドンは、不機嫌の原因が、どうもこどもたちの年齢にあるらしいと気づいた。こどもの中にグドンとホウカがいるのを見つけると、とたんに彼らの顔色が明るくなったからだ。
ところが、二人を連れてきた船の乗員に、彼らが半妖だと知らされると、再び表情が曇った。それは半妖に対する恐怖や忌避ではなく、失望であるとグドンの目には映った。
「島民が抱えている問題って何なの?」
ポカンと口を開けて島民の乱暴を眺めているホウカに、グドンは訊いた。
ホウカは素っ気なく、
「具体的にはわたしも知らないと言ったと思うけど?」
と、返事を返す。
「いいや、きみはまだ何か知ってると思うよ。でなければ、ああした確信めいた物言いにはならない。少なくとも、島の問題がかなり深刻だと知っている口ぶりだった」
ホウカは、いったんグドンを睨んでから、仕方なさそうに溜息をついて、
「じゃ、この島一番の産業が何か当ててみて」
と謎々を出した。
「そんなこと、おいらにわかるはずがないよ」
グドンは肩を竦めた。
「いいえ、わかるはずよ。あなたなら」
彼女が余りにも自信を持っていうので、グドンは逆に疑いを持った。
「それ、どういう意味?」
ホウカは少し慌てた表情で、
「だって、あなたは何でも知ってるんでしょ? わたしの口ぶり一つで、島の問題が何か、わたしが知っていると見抜いたんだから」
彼女の皮肉に、グドンが思わず笑うと、
「この島の産業は薬草の栽培よ」
と、彼女は自ら答えた。
「それと、その薬草を使った薬剤の製造、つまり煉薬ね」
「薬草の栽培? そんな風には見えないけど…」
グドンは周辺を見回しながら正直な感想を言った。
島は相当の大きさがあり、それは船の中から近づく島影を見たときにも感じた。しかし、土地の大半は鬱蒼と茂った森林地帯で、薬草が育つのに適しているとは思えない。
そんなことを考えていると、脳内に、蟻巣島に関する情報が溢れ出した。
蟻巣島の成り立ちや産業、島の実際の大きさ(三百㎢)、島内の主な構成員や歴代の島主…。
ホウカのいう薬草地は島の地下にあるとわかった。
「薬草の栽培地に見えないのは、薬草地が地下にあるからよ」
彼の脳内の情報を見透かしたように、ホウカが言った。
「地下…」
地下という言葉に、グドンは思わず仙族の住処を想起した。
この島も仙族の住処のように地下に発達しているということだろうか? しかも、薬草の場合は、一般の住居とは違い、陽光や豊富な水資源を必要とする。そうしたものが地下で供給できているということか?
いったいこの島がどんな構造になっているのか、グドンは強い好奇心にかられた。
「そうよ、地下。だから、外見からはわからない」
と ホウカが話を続けていく。
「でも、ここが蟻巣島であることを考えるとわかりやすいと思う。この島の地下には、長年の間に蟻が作った広大な巣が広がっている。渉不城の鉱山にある坑道なんて比較にならないほどの巨大な蟻の巣がね」
渉不城の坑道は、セイイツが通した中央の坑道だけでも何十キロにも及ぶ。その坑道すら比較にならないとは、いったいどれほどの規模なのだろうか?
「この島の下全面が蟻の巣と想像してもいいわ。実際には海底のほうにまで続いているとう話もあるほどよ。もちろん、巣の広がりは平面でなくて、何層にも重なって存在している。だから、実際の大きさは、この島の何倍もあると思っていいかも」
その話自体に驚くとともに、グドンは、ホウカの博識にも改めて驚嘆した。
彼女は彼よりも年下だ。その彼女がこれほどの知識を持っているといるというのは、彼女の能力がグドンの考えるよりずっと高いのか、それとも、町で情報から疎外されてきたせいで、自分の知識が極端に劣っているのか?
ホウカが続ける。
「しかも、地下世界に広がる薬草地は栽培されているのではなく、自然に生えた薬草で、島民はそれを収穫しているだけにすぎない、という人も多い。どうして自然に生えるのかは誰にもわからない。でも、その量は、無尽蔵といってもいいほどらしいわ」
そこで、ホウカはいったん話を区切ると、グドンの反応を窺った。
グドンが大丈夫というように頷いて見せると、彼女はつづけて、
「じゃ、ここからが、島が抱えている問題についてだけど…」
それこそ、グドンが知りたい情報だった。これまでの話は、彼の脳内にある情報からも大方予想がついた。
「これまで無尽蔵だと思われていた薬草が、最近、枯渇し始めてると言われているの。それと、ここで薬草の採取に従事している人族にも何か異変が起きているらしい。わかっているのはそれくらい」
どう? 満足?
話し終わったホウカは、お礼を求める顔でグドンを見た。
不思議なことに、今の彼女は、グドンの力になれていることを心から喜んでいるようにさえ見えた。
「きみが持っているそのとんでもない知識に、おいらはまず感心するよ」
そういったグドンは、ホウカを褒めているわけではなさそうだった。
「蟻巣島の知識は、渉不城の誰もが知っていること? それとも、ムダイの娘であるきみだけが特別に知りえたもの?」
「どちらでも同じだと思うけど、何か違いがあるの?」
「おいらにとっては大違いだよ。町でのおいらが、どれほど仲間外れで、学べるはずだったものから疎外されていたかよくわかった」
その中心を担ってきたのがムダイやホウカたちなのだ。
「あなたが、そんな根に持つタイプだとは思わなかった」
「おいらは元々根に持つタイプだよ。それはともかく、きみが言う、ここで従事する人族に起きている異変って、人手不足に関すること? 人攫いの女性がおいらたちを誘拐したのも、単純にそれが原因なの?」
彼女は不満げに唇を突き出した。
「どうして、わたしに訊くの? わたしたちはどっちも渉不城からきたんだから、具体的な細かな事情をわたしが知ってるはずないわ。そう言ったでしょ?」
言われてみれば、確かにその通りだった。
「とにかく、わたしの講義はこれで終わり」
ホウカは、それ以上の追及を振り切るように、そう宣言すると、ほかのこどもたちのいるほうへいってしまった。
そこでは、こどもたちが宿舎の割り当てを受けている。
泊まるところを見つけるためには、その列に並ぶ必要があった。
グドンは不本意ながらホウカのあとを追った。
彼には今知りたいことがあった。こどもたちがここへ誘拐されてきた理由だ。それが、島民たちの苛々や抱えている問題の本質に直結する気がしたからだ。
今すべきは、少しでも早くその情報をくれる相手を探すことだった。




