表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
PR
54/203

54 奇妙な人攫い

 目を醒ましたとき、グドンは砂利浜の上に倒れていた。

 ここはどこだ? ここで何をしている?

 思い出そうとするまでもなく、目を開ける前から急激に記憶が戻り始めた。

 そうだ。湖を渡ろうとして溺れた。ホウカが水流に巻き込まれ、腕を失って…。

 おいらも湖の底に沈んでいったけど、何とか助かったんだ…。

 恐る恐る目をあけ上体を起こそうとすると、自分が誰かと手をつないでいることに気づいた。

 手を握っているのが誰かは考えるまでもなかったが、隣りを見ると、意識を失ったままのホウカが見えた。

 顔は真っ青で血の気がない。

 だが、死んではいないようで、胸が静かに上下していた。

 ほんの少し頭を持ち上げ、周りを見回す。

 湖岸の砂利浜にうちあげられたようだった。今いるのが湖のどちら側になるのかはわからなかったが、周辺の景色に記憶がないところを見ると、湖を渡ることに成功したらしい、とグドンは感じた。

 まずホウカの目を醒まさせようと、握った手を揺さぶろうとし、そこではっとして動きを止めた。自分の握っているのが、ホウカの右手と気づいたからだ。

 水中で渦に揉まれてちぎれ飛んだのは右腕ではなかったか? 

 一応確かめるつもりでもう一方の腕に目をやったが、左の腕も砂利の上に力なく垂れていて異常はない。

 あれはおいらの見間違いだったんだろうか?

 もちろん、そんなはずはなかった。ホウカを抱きしめたとき、彼女の右腕はすでになく、傷口から大量に出血していたのを、今もはっきり覚えている。

 改めてよくみると、右腕の肘のあたりに薄っすらと赤い線が走っていた。

 やはりあれは、自分の目の錯覚などではなかったのだ。

 それならば、一度はちぎれた彼女の腕が何かの理由で元に戻ったことになる。だが、そんなことありえるだろうか?

「この子、目を醒ましたみたいだわ」

 グドンが自分の思いに沈んでいるとき、頭上で女性の声がした。

「面倒だ。もう少し眠らせておこう」

 男の声が言うのを聞いて、グドンは何やら嫌な予感がした。

 慌てて頭を守ろうとしたが、それより早く、何かの鈍器でしたたか後頭部を殴られ、再び闇の世界へ引き戻された。


 次にグドンが目を醒ましたとき、横たわった彼の腹の下で何やらゴトゴトと音がしていた。その音とともに小さな振動も伝わってくる。

 おいらは荷車か何かに乗せられてどこかへ運ばれている。

 グドンはすぐ自分の置かれた状況を理解した。

 ただ、彼は偶然に目覚めたわけではないようだった。車の振動で起こされたわけでもない。

 誰かに足で顔を蹴られたのだ。蹴られたというのが大げさなら、爪先で踏まれたといってもよい。

 目を開け、ゆっくり首を持ち上げると、視線の先によく見知った顔が見えた。

 ホウカだ。

 彼女が、疲れた顔でグドンを見つめている。

 その足がグドンの顔を踏んでいた。

 疲れている理由は理解できたが、なぜ、踏まれているかは理解できなかった。

 二人が乗っているのは、ホロのかかった荷馬車のようだった。そのホロにもたれるようにして、足を前に投げ出す格好で彼女は座っている。よく見ると、腕が後ろ手に縛られていた。

 普通に考えるなら、誰かに誘拐され、手足を縛られて運ばれているということだろう。

 だが、そのことよりも、グドンは顔を踏まれていることが気になった。

 この女の子は礼儀も知らなければ、恩義のおの字も感じる能力がない。湖では命懸けで助けてやったというのに…。

 憤然と体を起こそうとし、ようやく、自分も手足を縛られて身動きできないことに気づいた。

「誘拐されたみたいね、わたしたち」

 グドンの感情などおかまいなく、ホウカが至極客観的な口調で言った。

「言っておくけど、何度も声をかけたのよ。それでも目を覚まさないから、仕方なくて、こんなことをしたの」

 こんなこととは、足で顔を踏む行為のことだろう。

 何度も声をかけた? おいらは信じない。

「こどもを(さら)う集団よ。わたしたちだけでなく、大ぜいのこどもを手あたり次第誘拐してるみたい。きっと、どこかへ売り飛ばすつもりね」

 今のグドンがこどもに見えるかどうかは別にして、もう一度首を持ち上げ周りを見回すと、二人のほかにも、十人ほどのこどもがやはりホロにもたれて座っている。

 中には顔に泣いた跡の残る子もいたが、ほとんどは、これが自分の運命と受け入れているのか、ボンヤリと無表情な顔でじっと前を向いている。

 皆、十二三歳と思えるこどもたちだ。

 日焼けして黒くかさかさになった肌、乾燥し白茶けたもじゃもじゃの頭、どこを見ているとも知れない生気のない目…。

 こどもたちの出立(いでたち)を見たグドンは、彼らが路上生活者に違いないと見抜いた。

 着衣の破れや汚れのせいだけでなく、雰囲気全体が、路上生活をしていた頃の自分や仲間とそっくりだ。

 ただ奇妙なのは、彼らが誰一人として縛られていないことだった。まったく自由そのもので、中には肉まんのようなものを口にしている子さえいる。

 この子たちは攫われたんじゃないのか?

 とにかく、自分やホウカとの扱いの差は歴然としていた。

 たとえるなら、彼らの待遇が特等席で、ホウカはA席、グドンは立ち見といったところだ。

 グドンは何となく釈然としないものを感じたが、何か理由があるのだろうと思い直し、ホウカへ視線を戻した。

「きみを女郎屋へ売り飛ばすつもりかもしれないよ。心配じゃないの?」

 疲れは見せているものの、意外に平然としているホウカの態度に、グドンは思わず皮肉を言った。

「大丈夫よ。ここの人攫いにそんな力はないわ」

「だけど、売り飛ばすつもり、ときみはさっき言ったじゃないか」

 ホウカは溜息をつき、

「それはこの子たちのことよ。わたしやあなたは心配いらない」

 どうして? 彼女がなぜそれほど自信満々なのか不思議に思ったが、グドンは訊くのをやめにした。

 彼女の自信にはどうせ根拠がないとわかっている。

 ただ少なくとも、彼女の度胸には感心した。

「随分、落ち着いてるよね?」

 何とか上半身を起こし、芋虫のように少しずつ床をいざって馬車の側壁にもたれかかると、グドンは皮肉ではなく本心から彼女を誉めた。

「慌てる必要がある?」

 そう嘯くと、前方にいるはずの御者に向かって声を張り上げる。

「ちょっと、誰かいないの?」

 突然、彼女が大声を出したので、グドンばかりか、ほかのこどもたちも一様に緊張で体を硬直させた。

 いったい、何のつもり? そう訊こうとするグドンに、

「お尻が痛くなってきたの。もうこれ以上耐えられそうにない。それに、もう捕まっているんだから、おとなしくしていても同じでしょ? このあたりで、わたしたちの立場をはっきりさせないと」

 と、彼女が自分から説明した。

 わたしたちの立場? 

 意味が分からないグドンは、唖然とするしかない。

 荷車はゆっくり速度を落とすと道端に停止した。前方からイタチ顔の二十代後半とおぼしき男が荷台へ移ってきた。

「今大声を出したのは、誰?」

 そう言ったものの、イタチ男に憤りの表情はなく、むしろ、近所の八百屋が御用聞きに伺った口調だ。

「用を足しに行きたいの。もう我慢できそうにない」

 何でもないことのように、ホウカはしれっといってのけた。

「少しだけ車を止めて休憩させて」

「冗談をいってるのか?」

 と、凄むだろうと思ったグドンの想像に反し、男は溜息をつくと、

「それは仕方ないけど、声をかけるときは、もう少し声を落としてくれ。でないと、ほかの子たちが怖がるじゃないか」

 と周りのこどもに目を向け、視線の合った子ににこりと笑って見せた。

 これはどういうことだろう? 攫ったこどもに愛想を振りまく人攫いなど初めて見た。

 いや、もちろん、ほかに人攫いに会ったことなどないが。

 状況を理解できないグドンが、イタチとホウカの顔を見比べていると、優しい笑顔の美婦人が御者台のほうから顔をのぞかせ、

「いかせてあげて」

 と声をかけた。

 グドンはその声に聞き覚えがあった。湖岸で後頭部を殴られ、気を失う前に耳にしたあの声だ。

「どうせ、どこかで休憩時間をとろうと思っていたところなの。車の中を汚されると面倒だし。ついでに、ほかのこどもにも用を足すように言って」

 イタチ男は、指示に従い、まず馬車の後部から地面へ下りると、先にほかのこどもたちを一人ひとり車から下ろした。

 やがてグドンとホウカを除き、全員が下りて行ってしまうと、改めて荷台に上がり、ホウカの腕に巻かれた縄を解き始める。

 ところが、イタチはホウカの解放に手間取った。

 彼女のような美少女に息がかかるほど近づいた経験がないのか、縄を解く手が微かに震えている。

 それはあたかも、彼女の体に触れる時間を故意に長引かせているようにも見えた。

「糞っ」 

 と男が毒づいたとき、ホウカが意味ありげに、

「腕だけじゃなく、お尻には触らなくていいの?」

 と微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ