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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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5 渉不城のはじまり

「少しセイイツの影に怯え過ぎという気もするけど、気持ちはわかるわ」

 と、コウギシも素直な気持ちを吐露した。

 彼らは皆、あの一家の恐ろしさを知っていた。

 四人の恐怖の源は、決してグドンの父セイイツ一人だけではない。グドンの祖父も曾祖父も同じだった。驚異的な力を示し、事情は違うものの、三人すべてが稀代の殺戮者と怖れられた。

 グドンの祖父はやはり一国の主だったが、百五十歳を過ぎるころ重い病を患った。それは不治の病だったらしく、そのことが祖父を苦しめ、やがて精神に異常をきたすことになる。グドンの父親と違っていたのは、祖父が無辜の民を数知れず殺害したことだ。結果的には、それを恥じたのか自害して果てることになった。

 曾祖父もほぼ同じ道を辿った。殺戮の相手は、セイイツ同様、敵対する勢力の兵士だったが、その殺害の凄まじさは味方さえも怯え慄かせるものだったという。曾祖父もその後、突然、消えるように皆の前から姿を消した。

 ジャキュウたちにとって、グドンの先祖三代は英雄であると同時に怖れの象徴だった。その怖れはずっと滓のように心の底にあって、常に、彼らに何かを警告した。

 それゆえ、十代の少年に極端な警戒心を抱くのも、今回のことをどうしてもセイイツと結びつけてしまうのも、無理からぬところがあった。

「でも、セイイツに住民を殺害する動機があるとは思えないわ」

 皮肉ではなく、コウギシは静かに言った。彼女自身、一番にセイイツを疑い、その動機をもう散々考えたあとだったからだ。

「今さらここへ戻ってきて、なぜ、住民を殺すの? それに殺すなら、堂々と姿を現して、皆の前で殺せばいい。誰も反抗できないんだから。こんなやり方は彼らしくないわよ」

「わたしも、セイイツの影から逃げていたわけではない」

 言い訳するように、ムダイが力なく口を開いた。

「ただ、仮に彼が犯人なら、我々に出来ることなど何ひとつない。それがわかっていながら議論しても意味がないと思ったのだ。だから、彼以外に答えを求めた」

 残った三人は思い合わせたように力なく項垂れる。

 ムダイの言葉はまさに彼らの胸の内そのものだった。

「結局はまた振出しに戻ったわけか…」

 恥を忍んで隠していた本心を打ち明け、セイイツの名を持ち出したジャキュウも大きく肩を落とした。

 大山鳴動して鼠一匹、どころか、一匹も出ずか…。

「かつて処刑した男の仲間がまだこの町に残っている可能性はない?」

 気づまりな雰囲気を見かね、話を逸らすように、コウギシが別の可能性を指摘した。彼女自身、そんなことは微塵も信じていなかったが。

「ありえないことではないが、可能性は低い」

 ムダイが答え、ジャキュウやリャクナンばかりか、指摘した当のコウギシまでもがあっさり頷いた。

 侵入はそれ自体起こるはずのないことだった。

 ここ“渉不城”は通常の町ではない。肥沃な土地に自然発生したものではなく、グドンの父によって無理やり創造された、いわば人工の小世界だった。

 以前ここは東西北の三方を標高千メートルほどの山脈に囲まれた広大な盆地だった。山脈の外周にはさらに沼地が広がり、そこには年中霧が発生して、沼から湧き出る有毒ガスが一切の生物の接近を拒んでいた。

 盆地の南側だけは他の町と繋がっていたが、土地は痩せこけ荒れ放題で、普段なら山に遮られて盆地へは流れてこない沼の有毒ガスも、強風が吹いたりすれば、山へ侵入し、多くの生き物の命を奪った。

 そんな呪われた土地に住みつく者はもちろん、近づく者さえいなかった。

 グドンの父はそうした死の盆地へ住民たちを引き連れてやってきた。

 彼は、仲間がすべて盆地の中へ入るのを見届けると、背後を振り向き、跪いて、己の掌を地面に突いた。

 渉不城創造の始まりだ。

 それはまず地響きから始まった。やがて地割れが起こり、それがみるみる大きく広がって、できた断崖から周囲の大地が次々に地下へと呑み込まれて行った。

 生えていた巨大な樹木は玩具のように土砂と一緒に奈落へ落下し、それがいったん地上へ再隆起したと思うと、さらに広範囲の土地を巻き込んで奈落の底へ姿を消す。

 その破壊音は囂々と周囲の空気を震わせ、見ていた者は皆腰を抜かし思わず地面にへたり込んだ。

 それはまさにこの世の終わりを思わせた。

 見ている者の目の前で、世界が次々に地上から消えていく。その光景に誰もが自然と手を合わせ神に祈った。どうか地獄へ落ちませんように、と。

 やがて盆地の南側は、対岸が見渡せず、底の見えない巨大な穴と化した。

 こうして出来た峡谷は、深さ百メートル以上、幅が数キロにも達し、盆地の側から他の町の方を見渡しても、穴の先端が見渡せないほどだった。

 数日してその場所に戻った住民たちは、峡谷が水を満々と湛える湖へと変貌しているのを目撃することになった。

 そののち、湖にはグドンの父によって呪いがかけられた。

 許可のない者が渡ろうとすると、波にのまれ、全員が湖の藻屑と化す…。

 こうして、新たに出来た町は、他所から入ることはもちろん、住民たちが自由に出ていくことさえ叶わない、難攻不落の要塞、他の世界から隔絶された別天地となった。

 町に出入りを許されるのは、他の町との交易のため特別に許可された僅かな住民だけ。彼ら二十人ほどの住民は、半年に一度、町から出ることを許されたが、許可証代わりの勾玉を携えることと、町を離れてから三十日以内に戻ることが義務付けられた。

 戻らなければ勾玉が割れ、二度と渉不城には戻れない。

 もちろん、住民以外が渉不城へ入ることは厳禁だった。

 だが、ただ一つだけ例外があった。住民が町を出た際、“外の世界”で誰かと知り合い、結婚することを決めたときだけは、相手が求めれば渉不城に連れ戻ることができた。 

 しかし、一度町へ入った者は、それが男性であれ女性であれ、二度と町からは出られなくなる。同時に、その相手と結婚することを選んだ町の住民も、以降は交易の仕事からは外され、二度と町から出ることが許されなくなった。

 こうした例外が設けられたのは新しい血を町に入れるためだ。狭い世界で近しい者同士が婚姻を繰り返せば必ず弊害がでる。それを防ぐためには、どうしても新たな住民を他所から受け入れる必要があった。

 余所者との恋愛を促進するため、交易従事者には美男美女が選ばれた。これには、交易上の利点もあった。人は誰しも美しいものには警戒心が薄くなる。若く美しい男女が交易に当たると、不思議と交渉条件が甘くなった。

 そうはいっても、彼らと部外者の関係が婚姻に深まるまでにはまだ高いハードルがあった。

 その一番は、二度と町から出られないとの決まりだ。

 もう一つは町の住民の大半が人族と妖族の混血であること。周辺の町の住民は十中八九純粋な人族ばかりだ。彼らの多くは妖族に偏見を持っている。外見は人族と同じでも、半妖とわかると、二の足を踏むものも多かった。

 だが、こうした事情がありながら、これまでに想像以上に多くの男女が新たに町の住民として加わった。美男美女の力おそるべしというべきか…。

 さきほどの話に出た侵入者もその中の一人だった。

 しかし、あのことがあってから、新たに加わる者への審査はさらに厳格になっている。

「新参者の仕業とは思えん」

 ジャキュウは治安責任者として自信を示した。

「純粋な人族が今回のような凶行を起こす力を持っているとも思えない。だから、だよ。残る可能性は…」

 セイイツ…。

 四人全員がそう思ったが、もう誰もその名を口にしなかった。皆、大きく溜息をつく。ムダイがいったように、仮にセイイツが犯人なら、自分たちに出来ることはもうない。

 コウギシも、

「セイイツでなければ、わたしかあなたかもね。少なくとも、古くからの町の仲間の誰か…」

 と指摘する。

 四人はその可能性を考え、改めて暗澹とした気持ちになった。信じてきた仲間が自分たちを裏切っているとすれば、それはある意味、犯人がセイイツである以上に悲劇的だ。

 だが、町の仲間がなぜそんなことをするのか? ただ気がふれてしまったのか? それとも何か思いもつかない理由、目的があるのか?

「やはり、凶行の理由を探るしかない。そのために、殺された被害者四人の共通点を改めて考えてみよう」

 ムダイが言ったが、三人は諦めた顔で視線を伏せた。

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