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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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4 セイイツの影

 ジャキュウたちは、床が溶けるように柔らかく揺れ動くのを感じた。慌てて目の前のテーブルに縋りついたが、体の揺れは収まらない。視線の先で、コウギシの手が背後の曲刀に伸びるのが見えた。

「やめるんだ!」

 ムダイが叫んだが、彼女の動きはもう止まらない。

「相手になってやる!」

 蒼ざめたジャキュウが怒鳴ると、彼の背後にも、巨大な蛇の姿が浮かび上がる。

「おまえがグドン、グドンというたびに、わたしにはセイイツ様、セイイツ様と甘える小娘の声が聞こえるぞ」

 ジャキュウが唇を突き出し唾を飛ばす。

「死ね、糞爺!」

 と、コウギシの曲刀が彼の首筋めがめて振り出される。

 ギン!

 曲刀を撥ね飛ばしたのはムダイの小刀だった。 

「やめろというのが聞こえないのか!」

 先ほどとは違い、ムダイが唸るような声を上げる。

 上空でコウギシとジャキュウの幻影がぶつかり合って大音響をあげたとき、さらにそれを圧するような大声で、

「やめろ! 愚か者!」

 と、ムダイがもう一度凄んだ。

 その声は低く押し殺したものだったが、ウォンウォンという響きと共に波動となって狭い室内を包み込んでいく。

 ジャキュウたちの耳の奥でその声が何度も大きく木霊した。

 三人は、己の鼓膜が破れるのではないかと怖くなり、慌てて両掌で耳を覆う。

「わかった。やめてくれ! 鼓膜が破れる!」 

 と、ジャキュウが叫んだ。

 コウギシとリャクナンも堪らず体を折って床にしゃがみ込む。

 激しい痛みに今にも頭が割れそうだ。

 コウギシは歯を食いしばったまま、自分の非を認めるように片手を掲げた。

 ごめんなさい。降参です、と。

 ムダイが大きく息を吐き、両手を胸の前でパン!と叩き合わせる。

 とたんに空気の揺れが収まって、室内に平穏が戻った。

「もう少し冷静になったらどうだ。まるでこどもじゃないか」

 荒い息をついたムダイが苦い顔で二人を諫めた。

「特にジャキュウ、おまえはことの本質を故意に歪めようとしているな。グドンの秘めた力は恐ろしいが、今話すべきはそのことじゃない。そうだろう? グドンを処刑したところで、それは一時凌ぎの誤魔化しにすぎん」

「誤魔化し…」

 ジャキュウが赤らんだ顔をあげると、ムダイは続けた。

「一部の住民たちの意見は別にして、我々四人の誰一人として、今回の犯罪にグドンが関与しているとは思っていない。違うか? それなのに、彼の処刑にこだわるのはなぜだ?」

 ジャキュウは返事に詰まった。

「グドンが犯人でないのなら、住民殺しはほかにいる。それを見つけることが本来第一だ。だが見つからない。見当さえつかない。ジャキュウ、きみは治安担当の責任者として、無能といわれることを怖れ、責任逃れをしようとしている。そのためにグドンを道具として利用する気だ。それともう一つ、この機会を利用して、普段仲の良くないコウギシに一泡吹かせようと企んでいる。だが、これには一人の少年の命がかかっているんだ。冗談ですまされる話じゃない」

 ジャキュウは目を伏せ反論しなかったが、代わりにコウギシが不満そうに口を開いた。

「それがわかっているなら、なぜ、あなたは、グドンを釈放せずに現状維持しようなどと言うの? 自分の大事な娘を無理やりあの子の伴侶にしようとしているくせに」

 グドンの処遇を議論した際、現状維持を主張したのはムダイだ。

 言うまでもないが、他はコウギシが即時に釈放、ジャキュウは処刑、リャクナンは条件付きで釈放を認めるというものだ。

「それがグドンにとって一番いいと思ったからだ」

 とムダイが答えた。

「あの子にとって一番いいですって?」

 コウギシは嘲笑うように頬を歪めて見せる。

「そうだ。グドンは確かに無実かも知れん。だが、一部の住民はそれでは納得しない。犯人が見つからない以上、恐怖心は残ったままだ。衆愚は、怖れの捌け口を求めようとするだろう。それはどこへ向かう? コウギシ」

 ムダイが尋ねると、コウギシの唇が嘲りではなく大きく歪んだ。

「捌け口の対象はグドンしかいない。牢獄はあの子にとって一番安全な場所なんだ」

 コウギシは黙ったままムダイを睨みつける。

 それは正論かもしれない、とコウギシも思う。住民たちが求めているのは憤りの捌け口だ。しかし、だからといって、それは無実の少年から自由を奪う正当な理由とはならない。そんなことを認めてしまえば、自分たち副城主の存在意義がなくなってしまう。

「それは、あなたやわたしが無能であることの言い訳ね」

 とコウギシ。

「そんなやり方、あの子にとって、あまりにも不公平すぎるわよ。しかも、こうした状態がいつまで続くかもわかっていない」

 コウギシの頑なな物言いに、ムダイは再び溜息をついた。

 いつまでもグドンを収監しておくことはできない、ということに、ムダイも異論はなかった。住民殺しの一件が終息するまで、延々とグドンを監禁しておくことなど不可能だ。それならどうすべきか? 

 彼なりに考えもあったが、今それを口にする気にはなれなかった、

「だから、わたしは条件付きの釈放を提案したんだ」

 議論が行き詰ると、リャクナンが口をモグモグさせた。

「また、あの子を痛めつける話をするのか…」

 ムダイは呆れ顔になったが、コウギシは新たな敵を見つけたといわんばかりに、

「条件付きですって?」

 と強く軽蔑の声を出す。

「住民たちの前で、あの子の頭をムダイに探らせるというのがまともな条件? 探ったあとはどうなるの? 何年か前、この町に侵入し悪さをしようとした男がいたわね。そいつの頭にも同じことをした。覚えてる? その男はどうなった? 教えてほしいわ」

 そのことは誰もが覚えていた。男はかつてセイイツに滅ぼされた町の生き残りだった。侵入の目的は、今この町がどんな状況にあるかを把握し、可能なら、内側から町を潰す手引きをすることだった。

 しかし、侵入は察知され、男はムダイらによって捕らえられて拷問を受けた。

 結果、男は脳をひどい損傷を受け廃人となった。一種の植物状態だ。そして、数日後、近くの湖に重りをつけて沈められた。

 他にも、男を町に引き入れた住民にも同様の刑が下された。

「今回の出来事とグドンは、本当に何の関係もないと思うのか?」

 ジャキュウが改めてムダイに真剣なまなざしを向けた。

「あの子が直接関与したわけではないにしても、殺害の理由も、その犯人も、まったく彼とは繋がりがないと断言できるか?」

「それはわからない」

 ムダイはあっさり認めた。

「犯人がなぜ今回のような凶行を繰り返しているのか、皆目見当がつかないからだ。だから、すべての可能性は否定できない。それはグドンだけでなく、町の誰一人、もちろん、わたしやきみたち含めて、加害者の候補から除外することはできないということだ。言い換えるなら、凶行の動機を探ることこそ、今回の出来事を収束させる鍵となる」

 コウギシたちは渋々頷いた。

「つまり、グドンの関係者が加害者である可能性も否定しないんだな?」

 とさらにジャキュウがいう。

「いったい、何がいいたいの?」

 コウギシが焦れた声を出す。ジャキュウが尚もグドンに拘る理由がわからなかった。

「確かに、凶行の動機を探るのは第一だが、それがわからない以上、別のアプローチも必要ではないかと言ってるんだ」

「別のアプローチ?」

「わからないか? すべてのことを考え合わせたうえで、犯人の第一候補にあげられるのは誰だ? あれほど無残に住民たちを殺せるのは誰だ?」

 ほかの三人が黙った。

「言うまでもない。セイイツだ。だから、まずセイイツを犯人だと仮定し、そこから話を始めたらどうか、とわたしは思う」

「セイイツを犯人と仮定する?」

 残った三人は皆、呆気にとられた。

「そうだ。そのうえで犯行の動機を考える。犯人があの子の父親だとして、なぜこんなことをするのか? あの子に対する扱いが気に入らないからか? それは馬鹿げている。殺された住民がことさらあの子に辛く当たっていたわけでもない。コウギシがいうように、むしろ、真っ先にわたしを狙うのなら話は分かるがな。それなら、なぜだ?」

「結局は、動機を探るということではないか」

 さすがにムダイも苛立った声を出した。

「いや、違う。わたしも含め、皆、セイイツの影を避けている。肝心なところを誤魔化したまま議論をしても不毛なままだ」

「それは一理ある」

 とリャクナン。

「ほかに怪しい者がいないのに、誰も彼の名を口にしない」

「でも、セイイツはもう死んだと、あなたもさっきそう口にしたばかりじゃないの、ジャキュウ」

 とコウギシは抗議する。

 ジャキュウは苦り切った顔で開きかけた口をいったん閉じた。それは彼の複雑な心境を物語っているように見えた。

「本心を言うが、わたしは、セイイツがまだ生きている気がする。これまではずっと嘘をついていた」

 彼は何かを恐れるようにやっと口にした。

 コウギシが大きく息を吸い込む。ジャキュウがそのことを認めたのが信じられなかった。ムダイとリャクナンも驚きの目でジャキュウを見る。

 だが、その一方で、三人の目には安堵の色も滲んでいた。セイイツを疑っていたのが自分だけではない、とわかったからだ。

「セイイツはまだ生きている。それを認めないことには、何も前には進めない。そうじゃないか?」

 ジャキュウが続ける。

「我々が考えるべきは、誰が犯人かではなく、セイイツがなぜそうしたか、だ」

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