3 副城主たち
そのころ、城主の屋敷では、副城主を務める四人の男女が顔を突き合わせ口角泡を飛ばしていた。
元々、屋敷は城主セイイツが住んでいた場所だが、主のいなくなった今は、必要に応じて、副城主たちが会議室などとして利用している。
四人はそれぞれ、ムダイ(無袋)、ジャキュウ(蛇嗅)、コウギシ(紅蟻子)、リャクナン(掠軟)といい、副城主としてだけではなく、様々な面で町の権力を握っていた。
「これまでの議論をもう一度整理してみよう」
黒い丸首の長袖を着た中年太りの男ムダイが、他者の発言を制するように片手を掲げた。事実上、彼はこの町一番の実力者であり、また町唯一の治療師でもある。グドンも年に一度、彼から精密検査を受けている。もちろん、悪魔が顔をのぞかせていないか調べるためだ。そして、ムダイはホウカの父親でもあった。
「処刑が一人、釈放が一人、条件付きの釈放が一人、現状維持が一人だ…」
さらに話の先を続けようとしたとき、唯一の女性副城主であるコウギシがそれを遮るように抗議の声を上げた。
「処刑などありえないでしょ。あの子にどんな落ち度があって処刑の対象にするというの? 彼が何かした証拠でもある? いい大人が、こども一人に責任を押し付けて、恥ずかしくないの?」
コウギシは、五十代前半(もちろん外見上)、小柄で一見おっとりとした性格に見えるが、その激しい口舌からもわかるように、うちには芯の強さを秘めている。曖昧さが何より嫌いで妥協をいっさい許さないタイプだ。今はつなぎ風のゆったりしたワンピースを着ており、その上に薄い防具状のものをつけている。髪は登頂でゆるく結って簪でとめ、背後には大きな曲刀を差していた。
「昨夜、被害者が出た時刻には、グドンは檻の中にいたじゃないの。これで無実が証明されたようなものよ」
彼女はそう決めつけたが、
「あの子に常識を当てはめるのはどんなものか?」
と、ジャキュウが反論する。
頭の禿げた初老の男で狡猾そうな目をしており、その視線は相手の心の奥底をのぞき込むように光っている。肌はヌメヌメしており、引き結ばれた唇は、ほとんど存在しないように薄かった。
「グドンの父親のことを思い出してみるがいい。いったん牢獄を抜け出し、住民を殺して、また何もなかったように牢獄へ戻ることくらい、何の造作もなくやってのけたはずだ」
「確かにね」
コウギシが嘲笑う。
「彼なら何でもできたでしょう。牢獄を抜け出すのではなく、町ごと木っ端微塵に吹っ飛ばすとかね。まあ、彼を拘束しようとした時点で、あなたは、もうこの世に生きていないでしょうけど」
「真面目な話をしているんだ」
ジャキュウが唸るように言った。
「もちろん大真面目よ。今は父親の話ではなく、十七歳の少年の話をしているの。だいたい、あの子には何の力もない。それは誰のせいなの? ろくな食事も与えず、がりがりにやせ細らせて。敵と戦う方法を学ぶことさえ許さずに、まるで下等な獣を飼いならすように育ててきたじゃないの」
「グドンをどう扱うか、わたし一人が決めたような言い方をするのはやめろ。それに、あの子の力は、我々が何かして抑え込める類のものじゃない。違うか?」
ジャキュウが指摘すると、リャクナンが真面目な顔で頷く。
リャクナンは白髪に丸顔、普段は常に笑み絶やさぬ、商人のような雰囲気の男だ。
ジャキュウが続けた。
「あの子の父親、祖父、曾祖父…。彼らの力は誰かが教えたものだったろうか? 彼らは、ある日、まるで覚醒するように強大な力を示すようになったのではなかったか。我々が想像もできないほどの底知れぬ力を」
「何を今さら…」
コウギシも負けじと吐き捨てる。
「そう思うのなら、ずっとグドンの好きにさせておけばよかったじゃないの。あれも禁止、これも禁止。家畜を飼育するような真似をしておきながら、今になって、もともと効果は期待していなかったですって?」
「だが、結果として、こうしたことが起こった。きみも、あの子が父親同様、特別な能力を秘めた存在だと信じているんだろう?」
と、ジャキュウは彼女の心を見透かしたように言った。
これにはコウギシばかりか、ムダイも苦い顔になった。ジャキュウの指摘はまさに彼らの心の中を言い当てていたからだ。
確かにセイイツ一族の力を甘く見るのは禁物だった。
この町の住民の多くは半妖で、妖族の末裔だったが、妖族が本来備えているはずの能力はほぼ残していなかった。それは、長年、人族や半妖との婚姻を繰り返し、妖族の血が薄まってしまった結果だ。婚姻の大半は、人族と半妖、半妖と半妖の間で行われ、純粋な妖族との交配はここ数百年起こらなくなっている。元々、妖族は繁殖能力が低く絶対数が少なかった上に、今は、人族や半妖と恋愛感情を持つこと自体が禁忌となっているからだ。
そんな中にあって、グドンの家系だけが特別だった。一族の能力は桁違いで、グドンの父親は掌で地面に触れるだけで、辺り一帯を深さ数百メートルの谷間に変えたり、逆に土地を何十メートルも隆起させたりすることができた。谷間には水が沸き、やがてそこは水を満々と湛える広大な湖に変化したという。
「わかったわ」
突然、コウギシが冷たい声を出した。
「ジャキュウ、あなたがどうしてもグドンを処刑するというのなら、わたしはもう反対しない。でも、処刑はあなた一人がやって。誰の手も借りず、責任はあなた一人が負う形で」
とたんに、ジャキュウの顔が蒼ざめた。
「わたし一人を犠牲にするつもりか!」
震える彼の唇を見て、コウギシが嘲笑する。
「犠牲? あの子を殺すと、何か祟りでもあるの? 怖いの? あれだけ大きな口をたたいておいて笑わせるわ。処刑、処刑と口にしながら父親の報復を恐れるなんて、本当に噴飯ものよ」
「わたしは報復など恐れていない」
とジャキュウも気色ばんだ。
「おまえのようにグドンの父親がまだこの世に生きていると信じてもいない。セイイツがもうこの世にいないことは、グドンを連れてきたあの女も証言していたじゃないか。わたしはただ、責任を誰か一人に押し付けるのは間違ってると言っているだけだ」
コウギシは口を歪めたまま横を向いたが、ムダイとリャクナンは複雑な表情で黙り込んだ。
セイイツは本当にもう生きていないのだろうか?
彼の死に関し、副城主たちは今も半信半疑だった。彼らはもちろん、この町の誰一人として、セイイツが死ぬ姿を見ていない。三十年ほど前、皆の前からふっと姿を消し、そのまま戻っていないだけだ。当時は、すぐに帰ってくると誰もがそう信じていた。だが、不幸にもそうした彼らの期待は裏切られることになった。今では多くの住民がセイイツは死んだと信じている。だが、コウギシを含め幾らかの住民は、いまだにセイイツの死が受け入れられないでいた。
ジャキュウが尚も主張する。
「いいか、コウギシ、はっきりいうが、グドンの父親の死を受け入れていないのは、おまえだけだ。おまえは、いまだに彼の生存を信じ、ここへ戻ってくるのを待ち望んでいる。そのせいで、言い寄ってくる大ぜいの男たちを拒絶し、その年になってもまだ生娘同然の体でいる。向こうには元々そんな気はさらさらなかったというのに」
ジャキュウが自分の弱い心に負けまいと強い口調でいうと、コウギシの顔色が一変した。一瞬赤らんだ顔が、次の瞬間には、それを恥じるように白くなり、大きく歪んだ。
「殺してやるわ!」
立ち上がったコウギシの背後に、陽炎のように淡く、生き物の姿が浮かび上がる。それは蟻のようにもサソリのようにも見えた。細く窄められた目は赤く爛々と輝いている。




