2 ホウカ
「いるよ! 大歓迎するから入って」
グドンが馬鹿げた返事をすると、ガチャリと錠の外れる音がして、同じ年頃の少女が食事の桶を手に姿を現した。
思ったとおりホウカだった。
ホウカは城内一番の美少女といわれている。胸の膨らみはまだ小さいものの、長いまつげや黒目勝ちの大きな瞳は、年齢以上に彼女を大人びて見せていたし、何より特徴的なのは真っ白な肌で、一目見た少年は誰も、ごくりと生唾をのみ込まずにはいられなかった。
今日の彼女は、鶯色の上着に同色の褲を穿き、上着の下には白いシャツを着ていた。生地はどれも薄手でゆったりしており、半妖の着衣が皆そうであるように、活動第一の仕立てだった。
彼女がグドンと並んで立つと、姉と弟にしか見えないが、実際は、グドンのほうが一つ年上だ。
「寝ていたの? ずいぶん暢気なものね。いつ縛り首になってもおかしくないというのに。他人事みたいな顔をして、どうかしてるんじゃないの?」
まさに、馬鹿な弟を叱りつける姉のように、ホウカは冷たい声を出した。
グドンはこの少女を見るたび、どうして、彼女は自分にこれほど冷たい目を向け、ひとを見下す態度をとれるのかと不思議に思う。
誰に対してもこうなのか、それとも自分に対してだけだろうか?
もし仮に誰かが、ホウカとグドンは互いに許嫁の関係にあるといったら、誰が信じるだろうか? 絶対に誰一人信じないに違いない。
ところが実際には、二人は大人たちが勝手に決めた結婚相手だった。
ここ渉不城では、親がこどもの結婚相手を決めることができる。届け出に当人たちの承諾は必要ない。グドンとホウカの場合も、彼がここへ来たばかりのころ、ホウカの父親とグドンを連れてきた女が勝手にそう決めて役所に届けを出した。
もちろん、グドンたち本人にもそれに抗う権利はあり、当事者がどちらも十六歳になったとき、両者がともに不服を申し立てれば、許嫁の届け出は自然却下される仕組みになっていた。
ところが、残念なことに、グドンたちの場合はこの仕組みが使えなかった。なぜなら、ホウカが婚姻に同意していたからだ。
グドンは、このことがどうにも納得いかなかった。
だいたい婚姻に同意しているはずの彼女が、グドンよりも冷たい態度をとるというのは、どういうことだろうか?
まったく理屈に合っていない。
この少女の顔を見るたび、グドンは溜息をつくと同時に、怒りが込み上げる。
おいらと結婚したいなら、もっと優しくしてくれよ。冷たくするなら、一緒に不服を申し立ててくれ。
実際、彼はもう何度も役所へ抗議に行ったが、当然のように毎度門前払いを食らうことになった。
ひょっとして、彼女が冷たいのはそれが原因だろうか、と思ったこともあった。
グドンが二人の関係をあからさまに拒否し続けていることで、美少女のプライドが傷つけられてしまったのか、と。
だが、実際のところ、それはありえなかった。なぜなら、彼女の目の奥にあるのは、プライドを傷つけられた少女の悲憤ではなく、彼に対する軽侮だったからだ。それに、ホウカが別の少年に恋していることを、グドンは知っていた。
今も、しかつめらしい顔で自分を睨みつけている彼女を見て、グドンは滑稽に感じ、思わず笑ってしまった。
「何がおかしいの?」
彼の笑顔に、ホウカはすかさず目くじらを立てる。
「町の人たちは、あなたをどう処刑するか、今はその話でもちきりなのよ。実際に、城主の屋敷では、偉い人たちが集まって会議を開いている。場合によってはすぐ打ち首になるかもね。自分の首がポロリと落ちるのを想像してみなさいよ。笑っていられないから」
「だって、おいらには、どうすることもできないだろ?」
とグドンも言い返す。
「会議だろうと何だろうと、好きなだけ開いたらいいよ。そんなことより今は腹が減ったよ。せっかく持って来たなら、つまらないお喋りより、早くごはんを食べさせてよ」
彼女にかまわず立って行くと、グドンは桶を受け取った。
蓋を開ける前から、何ともいい匂いがした。この匂いは…。
グドンにも、それがここ何年も食べることを許されなかった焼けた獣肉の匂いだとわかった。
グドンが歓喜に唾をのみ込んだとき、独房の扉がバタンと音を立ててしまった。
驚いて顔をあげると、ホウカが後ろ手に扉を閉め彼を睨んでいる。
グドンの顔に初めて不安げな表情が広がった。
彼女が独房の中に入ってグドンと二人きりになり、自ら扉を閉めたことなど、これまで一度もなかったからだ。




