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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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47 ボウの苦悩

 グドンは、仙族の病状検査に何度かかり出された。

 罹患者、中でも重症者は日を追うごとにその数を減らし、完治した者は皆、集団移住のための準備に忙殺されることになった。

 池畔のことがあって以来、一度としてボウを目にすることはなかった。偶然ではなく、彼女がグドンを避けているのは間違いなかった。

 ある日、グドンを見かけたボウの父親ユンが近寄ってこようとしたことがあった。しかし、慌ててそれを引き留めた母親と何やら口論になり、結局、グドンに話しかけることなく、どこかへいってしまった。

 何とも言いようのない微妙な空気だった。両親のどちらにも、グドンを忌避する気配はなかったが、彼と娘の微妙な関係に気を遣っているのは、隠しようがなかった。

 あの日のことを、ボウは両親にどう話したのだろうか? というより、話したのか話さなかったのか? 

 話していないのなら、両親が見せたあの奇妙な態度は、どうしたことなのか?

 いかにも、娘の彼氏に発破をかけようとした父親を、母親が一言(たしな)めた感じだった。それとも、娘への非礼について抗議しかけた父親を、報復を恐れた母親が必死で押し留めたということなのだろうか?

 いずれにせよ、グドンにとっては、何か話しかけてくれたほうがよほど楽だったが、結局は宙ぶらりんのまま終わってしまった。

 このまま仙族と別れ、ボウとも顔を合わせないほうがいいのではないか? そんな気がしないでもなかった。どうせ、ボウとの交流に将来はないのだから。

 グドンは、気持ちを切り替え、渉不城を出る準備に専念することにした。


 グドンが鉱山へ来てから、ひと月近くがたった。

 仙族が山を離れる日が間近に迫り、グドン自身、明日にも鉱山を下りる計画を立てていた。

 夜になり、一人、寝床に寝そべりながら、これからのことを考えた。

 いよいよ渉不城を離れると思うと、わずかながらも心に惜別の念がよぎった。

 そのいっぽうで、より強く意識したのは緊張感だ。

 町を離れるとなれば、ほかの半妖との摩擦は避けられない。これまでのひと月、なぜ、ムダイやホウカたちが彼を探しに来なかったのかはわからないが、グドンが渉不城から出ていこうとするのを黙って見逃してくれるとは思えなかった。

 仲間と顔を合わせずにすむなら、それに越したことはないが、無理だとわかっている。

 中でも最大の難関は湖だ。町なかは夜陰に紛れて抜けることが可能でも、湖を渡るには舟に乗る必要がある。誰にも見つからず舟を調達することは不可能だった。

 舟をどこで手に入れるかといえば、盗むしかない。

 桟橋には、交易の際に使用する中型船のほか、数人が乗れる手漕ぎの小舟も数隻係留されている。湖を渡るためというより、岸の周辺で作業をするためのものだ。グドンはそれを盗む計画だった。盗むといっても、もちろん一時拝借するだけで、向こう岸に放置することになる。

 桟橋近くに民家はないが、中型船を見張る者が一人常駐していた。見つかれば、当然騒ぎになるだろう。そうならないためには、どうすればよいか?

 獣に使った方法で、相手を制御できれば言うことはなかった。何も怪我をさせたり、殺してしまう必要はない。舟で沖に出るまで、一時的に意識を失わせればそれでよかった。

 だが、自分の能力が仲間にも通用するかどうか、やってみなければわからない。タグには多少効果があったが、とても成功したとはいえないから、失敗したときどうするか、別の方策を予め考えておかなくてはならない。だが、そんな都合の良い方法があるだろうか?

 考えあぐねて寝返りをうったとき、グドンは「わっ!」と声をあげて跳ね起きた。

 跳ね起きたあと、そのままの勢いで尻もちをつき、後ろ手に体を支えてやっとひっくり返るのを免れた。

 見ると、枕もとに、ボウが俯いて立っていた。

「え? ど、どういうこと…?」

 グドンは、ガサガサになった声でやっとそれだけ言った。

 肝をつぶすとはこのことで、鼓動の高鳴りがしばらく収まらない。彼女の出現はあまりに唐突だった。

「ごめんなさい。でも、あなたが山を離れる前に、どうしても一度会っておきたくて」

 それにしても、こんな方法をとらなくてもいいでしょ?

 グドンは何とか平静を取り繕い、改めてボウを見た。

 彼女はかなり(やつ)れて見えた。憔悴しきって倒れる寸前と表現してもよい。

「迷惑だとは思ったけど、今の状態をどうすればいいかのか、もう自分一人では処理できそうにないの」

 と縋るようにいう。

「どういうことかわからないけど、それはおいらにも関係した話?」

 ボウはうんうんと大きく頷いた。

「もしかして、前回会ったとき、ボウが意識を失ったことと関係がある?」

 彼女はもう一度頷こうとして「え?」というように彼を見た。

「ひょっとして、何もかも知ってるの?」

「何もかも? いや、そうじゃないけど…。おいらは、仙族の文化にも習慣にも疎いでしょ? だから、もし、おいらのしたことが仙族ではとんでもない非礼、例えば、あなたの純潔を穢してしまったとかいうことなら、心から謝るよ」

 ボウはがっかりしたように溜息をついた。

 え? 違うの? 

 自分がとんでもなく的外れなことを言った気がして、グドンは思わず赤面した。だが、それならなぜ、ボウはこれまで自分を避けていて、今こんな形で自分の前に現れたのか? 

 グドンはまるで見当がつかなかった。

「わたしが意識を失っている間、グドンは何か感じなかった?」

 ボウがじっと彼の目を覗き込む。

「感じた?」

「そう。何か特別な感覚といってもいいわ。わたしとあなたの間に何か感じなかった?」

 ボウと自分の間に?

 グドンは益々わけが分からなくなり、首を捻った。迂闊なことを喋れば、また、墓穴を掘ってしまう気がする。

「ごめん。何のことか、さっぱりわからない」

 ボウがまた深く嘆息した。

 これでグドンに啓示がなかったことがはっきりした、とボウは思った。

 啓示すら感じられない相手を、一生の伴侶に選べるだろうか? できるはずがない。それなのに、自分は今、その考えとまったく逆のことをしようとしている。

「仙族の婚姻について多少は知っている、といつかグドンは話していたでしょ? どうやって伴侶を選ぶかとか、それは生涯でただ一度きりのものだとか…」

「うん。それは知ってる」

「わたしにはその啓示があったのよ、あのとき、グドンとの間で」

 え? と笑いながら訊き直そうとし、彼は何とかそれを思い留まった。ボウのいったことの重大さが、ようやくのみ込めたからだ。

 しかし、のみ込めはしたが、それを心から受け入れられたわけではなかった。

 二人の会話に一瞬、空白ができた。

「それは、ボウとおいらが伴侶になるという話?」

 ボウがこっくりと頷く。

「だけど、だからって、怖がらないで」

 と、彼女は慌てて付け加えた。

「わたしが啓示を受けたからといって、あなたに何か責任があるわけじゃない。半妖のあなたに、自分と同じものを求めているわけじゃないから」

「ちょっと、待って」

 グドンはやっと口を開いた。

「おいらはあのとき何も感じなかった。仙族じゃないし、それが当たり前なのかもしれないけど、もしかして、きみの勘違いということはない?」

 彼の言葉の一語一語に頷いていたボウは、申し訳なさそうに、最後だけ首を横に振った。

「あれが啓示だったのは間違いないわ。でも、それがどういうことなのか、わたしにもわからない。仙族と別の種族の婚姻なんて聞いたこともなかったから。もちろん、片方だけの啓示なんて、普通はありえない。むしろ、わたしが訊きたくてやってきたの。あなたは、どうしたらいいと思うって」

 うーんと唸ったまま、グドンは言葉が出なかった。

「あなたを困らせるだけなのは、わかっているわ」

「そんなことはないけど…」

 ボウの話を冷静に考えれば、グドンにとってそれほど悩む話でもない気がした。ある意味で、女性からの愛の告白だと思えば、あとは自分が相手に好意を持っているかどうかの問題だ。グドンが好意を持っているのなら、ありがとう、とただ一言いえばすむことだった。

 そこまで考えて、グドンは、ボウのほうは自分をどう思っているのか訊きたくなった。

「元々、仙族の婚姻は、愛情がない状態で始まるの? 好きでもない相手と、突然、誰かに強要されたように始まる?」

「強要されるわけではないけど…」

 ボウは困った顔で考え込んだ。

「別の訊き方をすれば、好きな相手がいるのに、啓示があったから、その人と別れて、別の人を選択することもある?」

「仙族でないあなたが、わたしたちの婚姻を理解しづらいのはよくわかるわ」

 と、ボウは前置きして、

「まず、啓示を受ける前に、まったく恋愛ができないわけではないの。でも、それは精神的なもので、しかも、仙族からすれば、それほど深い結びつきにはならない。肉体的な結合も起きないから、あなたがいった純潔を穢されるわけでもない」

 言われてグドンは気まずい表情になった。まさに穴があったら入りたい心境だ。

 ボウは続けた。

「でも、そうしてお互いに理解を深め精神的繋がりが強くなった二人に、啓示が下りることもよくある。逆に、感情が薄れて自然な別離を迎えることも。これは、わたしたちの寿命が長いことも関係しているかもしれない。そうして、恋愛のようなことを繰り返しながら、最後には啓示が下りる。実際、わたしのように、こんな若い年齢で啓示を感じることは多くないわ。だから、何もかも特別なの」

 グドンはようやく仙族の婚姻関係がほんの少し理解できた気がした。

 きっと、ボウにとって厄介なのは、彼に対する好き嫌いではなく、啓示が下りたことそのものにあるのだろう。仙族にとって、啓示イコール結婚なのだ。恋愛なら、相手が別の種族でも一時的なものとして済ませられるが、婚姻となればそうはいかない。仙族の婚姻には魂の繋がりが必要だ。それなのに、それができるかどうかもわからない相手と、ボウは、いわば生涯一度の婚姻を強要されていることになる。これでは悩まないほうが変だった。

 何族にとっても、天の配剤は不公平かつ無慈悲ということか。

 だが、ボウの暗い表情とは対照的に、束の間思案したあとグドンは、

「答えは、思うより簡単だと思うよ」

 と、あっさり言った。

「簡単?」

 さすがにボウが眉を顰める。

「そう。残酷なようだけど、ボウに残されている選択肢は一つしかないと思う。つまり、おいらと婚姻関係を結べるか試してみること。たぶん、ボウも、そのために来たんでしょ?」

 あまりに直接的に本音を突かれて、ボウは顔を真っ赤にした。

 あなたはおいらの純潔を奪いに来たんだよね? そんな風にいわれた気がした。

「おいらは別に構わないよ」

 グドンはあっけなく承諾した。

「え? 構わないの?」

「もちろん。拒否する理由がないでしょ?」

 正直、彼にはいいも悪いもなかった。試したところで、何一つ損失がない。試みがうまくいったら? ボウのような優しく美しい女の子と心の繋がりを結べる。しかもそれは、彼にとって何の拘束にも繋がらないはずだ。仙族ではないから、生涯一度の伴侶ですらないだろう。

 失敗したら? 初めから何もなかったと思えばよい。どうせ、二人はもうすぐ離れ離れになる関係だ。恐らく二度と会うことはない。

 元々、この試みはボウ一人にとって一方的に不利なもの、といってよかった。

「で、どうやればいいの?」

 具体的な婚姻の方法を、グドンは躊躇うことなく訊いた。

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