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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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45 裏切り

 セイイツの弱みを掴んだ? 呆然として、グドンがボウへ視線を向けると、彼女はこの話をもう聞いて知っていたらしく、黙ったまま顔を伏せた。ほかの仙族も皆、同じ表情だった。

「弱みが何か、母は具体的に話さなかった。だけど、続けてこういったの。弱みを利用すれば、あの男を思い通りに操れるかもしれない、と。セイイツは怪物だ。とんでもない力を持っている。それを仙族のために利用できれば、わたしたちの利益は計り知れない、と。母はそのとき自信満々だったけれど、わたしは何だかとても嫌な予感がした。渉不城の英雄が本当に怪物なら、そんな簡単にわたしたちの思うがままになるだろうか? でも、母は、大丈夫、半妖にも仲間がいるから、とさらに自信を見せた」

 半妖に仲間! 

 グドンは一瞬、心臓が止まりそうになった。セイイツに悪意を抱き、己の操り人形にしようとした者が渉不城の仲間にもいたのか?

「それから何日かして、外出していた母親が真夜中に帰ってきた。全身傷だらけで、その時はもう虫の息だった。驚愕するわたしの前で、母は最期にこう言い残した。『失敗した。自分の力を過信し、身の程知らずにも逆らうべきでない人に逆らった』と。母が亡くなって半月ほど経ったころ、渉不城の英雄が町を離れたという噂を聞いた。わたしにはわかったの。彼は仙族や、半妖の仲間に失望して我々を見捨てたと。わたしは、母がどうして亡くなったのか詳しい理由をほかの仙族には話さなかった。ただ急病で亡くなったと嘘をついた。話したところで、何もならないことがわかっていたから」

 マキの告白が終わったあとも、グドンはしばらく呆然としていた。

 まさに世界がひっくり返った思いだった。

 セイイツが仲間を裏切ったのではなく、仲間がセイイツを裏切っていたのか!

 当時の彼の失望はどれほどのものだったか、グドンには想像できる気がした。セイイツは渉不城へ来る際も、元いた場所から一人逃れるような様子だったという。もしかして、そこでも、ここと同じようなことがあったのではないか?

 彼はすべてに嫌気がさして元いた場所を捨て、数少ない信じられる仲間を連れて渉不城へやってきた。しかし、ここでもまた同じことが繰り返されたのだ。

 グドンは初めて、仙族の反応の奇妙さを理解できた気がした。

 被害者だと思っていた自分たちが、実は加害者側であったと知ったときの、仙族の驚きと悔恨…。

 見ると、目の飛び出そうな顔でタグが硬直していた。

 信じていた現実が、突如崩れ去った者がここにもいた。彼の今の思いを一言で表現するなら、こんなのはすべて嘘に決まっている、だろう。

「この話は、仙族の皆はもう知っているんですね?」

「黄閃砂の話をしたとき、マキが仲間に告白したの。でないと、仙族のあなた方に対する誤解が解けそうになかったから」

 とボウが代弁した。

 グドンが頷く。それですべての辻褄が合うと納得した。

 さっきまで、こうした事実を知らなかったのは、グドンを除くと、彼を追って数日前にここを離れたタグだけなのだろう。マキの告白がなければ、ほかにもグドンに殺意を抱く仙族がいたかもしれない。だが、結果として、タグが一人で悪者役を引き受けることになった。

 グドンにとって、もちろん、そんなことはどうでもよかった。タグがどう処罰されるかも興味はない。興味があるのは、マキの母親ルルとグルになり、セイイツを裏切った半妖のことだ。

「お母さんと手を組んで、セイイツを脅そうとした半妖が誰か、知ってる?」

 グドンはマキに尋ねた。

「いいえ。でも、母の受けた報いを考えると、もう生きていない気がするわ」

 その答えに頷いたものの、そのいっぽうでグドンは、当時亡くなったり、姿を消したりした町の仲間がいただろうか、と考えていた。

 セイイツが町を離れるのと前後して、突然、複数の半妖が姿を消したという話を、ソウエイから聞いたことがある気がした。

 当時は、誰もが彼らはセイイツと共に町を離れたと誤解したようだ。

 だが、セイイツの離城の原因が裏切りにあったとすると、彼らはセイイツの報復にあったと考えるのが自然なのではないだろうか?

 もちろん、裏切者がまだ渉不城に残っている可能性もある。

 そんなことを思案していたグドンの目の端に、こそこそとその場から逃げようとするタグの姿が映った。

 一瞬、見て見ぬ振りをしようと考えたグドンだったが、次の瞬間、あることに気付き、雷に打たれたように体を震わせた。

 目に映ったものが信じられなかった。

「ちょっと、待って!」

 彼は慌ててタグを呼び止めた。

 ピクリと体を硬直させた後、タグが開き直ったように振り向いた。

「何だ、小僧? もうおれに用はないはずだろう?」

「いや、用はあるよ。黄閃砂の廃棄場所で、あなたがおいらに何をしようとしたか、はっきりさせる必要がある」

 彼の言葉には、タグだけでなくボウやマキ、タンタンまでもが意外そうな表情を見せた。

 ボウはグドンに懇願する視線を向け、ゲゲは溜息をつきながらも処罰を下す決心をし、タンタンは父親を守る娘の顔でグドンの前に立ちはだかった。

 彼らが一様に意外に思ったのは、グドンがなぜわざわざここでタグを引き留めたのか、だ。

 タグを処罰するつもりであることはマキが先ほどすでに明言している。それ以上に何を求めることがあるのか? まさか、この場ですぐに公開処刑しろというわけではあるまい。

「この人はおいらを殺そうとした。つまり、罪人だよね。仙族が仲間に甘いのは知っているけど、今回は絶対に野放しにしたら駄目だ。しっかり捕まえて罪を償わせないと」

「いや。それはもちろん、そのつもりでいるが…」

 ゲゲは尚も戸惑った顔を見せた。話の内容はわかったが、なぜ、グドンがこんな風に念を押すのかがわからなかった。グドンはそこまで仙族を信用していないのか?

「もう十分でしょ?」

 タンタンが我慢できず遮った。

「これは、水に落ちて抵抗できない犬を棒で叩くような行為よ。恥ずかしくないの?」

 彼女が父親を犬に例えたことで、グドンは思わず笑いそうになった。

「恥ずかしい行為かもしれないけど必要なことなんだ。なぜなら、おいらの話には続きがあるからだよ。ここからが本題」

「本題?」

 とタンタンも戸惑いを見せる。

「そう。タグを罪人だと侮辱したのは、この人が英雄でも命の恩人でもない、と皆に理解してほしかったからだよ」

「英雄なんて思うはずないし、それを理解することに、どんな意味があるのかしら?」

 と、マキも困惑した顔を見せる。

「あなたがたは、もう慌てて移住する必要はないかもしれない」

 突如、グドンは話の脈絡とまったく無関係なことを口にした。

 多くの仙族が凍り付いたように動かなくなった。

 移住する必要がない? 移住には仙族の命がかかっているというのに? これは何かの冗談だろうか? 

 ボウが心配そうな顔をグドンへ向ける。

 ゲゲがやっと、

「移住する必要がないとは、どういう意味かね?」

 と声を絞り出した。

「それは何かの冗談かな?」

 実際、グドン以外の全員が、彼のいう意味を測りかねていた。中には、仙族を侮辱したいのではないかと深読みし、顔を強張らせる者もいた。

「わたしたちにもわかるよう説明してくれる?」

 張りつめた緊張感を何とか緩めようと、ボウがグドンに懇願した。

 グドンは頷き、

「黄閃砂の廃棄場所で会ったとき、おいらはこの人の体の中を見たんだよ」

 と話し始めた。

「そのときのタグは、内臓が真っ黒で、いつ身動きできなくなってもおかしくない状態だった。病状がかなり進行していて、もう瀕死の状態だったんだ」

「瀕死の状態…」

 誰もがタグへ視線を向ける。中にはさすがに同情を隠せない者もいた。

 中でもタンタンは父親を心底から気遣う表情を見せている。

「それなのに、今、この人の体には暗い影がほとんど残っていない。病はほぼ治った状態なんだ」

「あ!」

 衝撃、驚愕、歓喜、猜疑…。多くの仙族から叫び声が漏れた。

「それは、いったい、どういう…?」

 問いかけるゲゲの声が震えている。

「きっと、タグが山の斜面を滑り落ちてからここへ戻るまでの間に、何かが起こったんだと思う。何かが体を浄化した。だから、その間、この人がどこにいて、何をしたかを調べれば病は解決できると思う。そうすれば慌てて移住しなくても済むんだ」

 タグ自身が我に返るより早く、マキが動いた。

「マキ、手荒な真似はするな!」

 ゲゲが制しようとしたが、マキの動きがそれを上回った。

 タグの体が宙に舞い、気付いたときには、マキの手に首根っこを掴まれていた。ほとんど抵抗する余地さえなかった。

 自分より数十センチも背丈の高い男の首を鷲づかみにし、吊り下げるように立っている老婆の姿は、何とも滑稽に見えた。

 タグは必死で藻掻いているが身動きできない。

「く、首が折れる…」

「逃がすものですか!」

「逃げたりしない」

 マキは鼻で嘲笑った。

「マキ、お父さんを助けて。逃げないとわたしが約束するわ」

「信じられるもんですか。自分の大切な人だけ助けて、こっそりいなくなるかもしれない。でも、大丈夫よ。当分の間、傷つけないと約束するわ。協力が終了するまではね」

 次の瞬間、マキとタグの姿がふっと視界から消えた。

 透明になったわけではなく、瞬間移動したか、地下へ潜ったように見えた。

 それを追うように、ゲゲ、ドウも姿をも消す。続いて、大ぜいの仙族が…。

 もう誰も、グドンのことなど気にしていなかった。仙族にとって彼の存在などもう無になったも同然だった。

「お礼を言ってほしいわけじゃないけど…」

 グドンが苦笑すると、ただ一人彼の傍に残ったボウが詫びるように微笑んだ。

「ボウも行ったほうがいいよ。一刻も早く病気を治さないとね」

 ボウが頷き、次の刹那、彼の視界からぱっと消えた。

 彼女がいなくなった瞬間、ポツンと取り残されたグドンは、自分が大きな誤りを犯したことに気付いた。

 そうだ。おいらは自分で地上へは戻れないんだ。送り届けてくれる人が誰もいなくなった今、どうやって坑道まで帰ればいいだろう?

 途方に暮れたグドンは、大きくため息をつき、空になった寝台の一つにドサリと尻を落とした。

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