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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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44/171

44 誤解

 病人が収容されていた大広間は、それまで病人のいた寝台が半減したことで、がらんとしてやや殺風景に見えた。

 移住するまで家族と過ごすと決めた罹患者が、迎えに来た者と一緒に帰ったためだ。

 元々、伝染を怖れて隔離されていたわけではなく、治療や介護の便宜上ここに集められていただけだったから、完全に伝染性がないと確認され、現状は治療法もないとわかったことで、ここに留まる理由もなくなったのだ。

 それでも、残った重症患者たちを移住させるためには、様々な準備が必要になる。そのため何人もの仙族が忙しそうに動き回っていた。

 グドンがボウと一緒に入ってきたとき、多くの者が作業の手を止めて二人のほうを振り向いた。

 病と自分は関係がないとわかっていても、グドンは、彼らと顔を合わせるのが辛く、強い抵抗を感じた。正直、ここへ自分を連れてきたボウの気持ちを推し量りかねた。

 だが、広間に入ってまず彼が驚いたのは、仙族の人々が自分に見せた反応だった。

 彼らの顔には、グドンに対する負の感情が一切見られなかったのだ。

 恨み、憎しみ、憤りといったグドンが予想した反応がないのはもちろん、冷たく無視する者さえ一人もいない。何人かは知人を迎えるように彼に会釈し、また何人かは悔恨の表情を見せ、さらに何人かは困ったように視線を逸らせた。まるで彼らのほうが何かの罪人になったように。

 これはどういうことか? とグドンは訝った。

 タグが彼を殺そうとしたことが皆に伝わったのか? 一方的な彼の暴力に義憤を感じ、同じ仙族の一員として、グドンに同情と罪悪感を感じているのか? 

 だが、当事者のグドンとタグが戻る前から、仙族の社会が一方的に彼の側を支持することなどありえなかった。

 仮にタグに落ち度があっても、病の元凶を作った半妖を恨みに思い、タグに同情する者がでるのが自然だ。

 彼らの反応はまったく理解不能だった。

 グドンがやって来たことに気付いて、ゲゲやマキらも傍へ寄ってきた。

「移住の準備を始めたんですね?」

 何も気づかない振りを装って、グドンが尋ねた。

「そう。きみのお陰で我々も踏ん切りがついた。一刻も早くここを離れようと皆で決めたんだ」

 ゲゲの苦し紛れの笑顔に、グドンも無言で頷く。

「黄閃砂の廃棄場所へ行ってくれたとボウから聞いたが?」

 と、ドウ。

「ええ。でも、結局、無駄足でした」

 ドウだけでなく、マキとゲゲも仕方ないというように頷いた。

 三人の顔には、グドンに対する感謝の気持ちが表れている。沼側の斜面へ行くのは、半妖にとって命懸けの行動だったはずだと知っているからだろう。

「おいらに、何か話したいことがあるって聞いたけど?」

 グドンはやっと本題を切り出した。

 ボウとマキが目を見かわす。

「仙族のおいらに対する感情は、十分に理解できるよ」

 彼らが口を開く前に、グドンが機先を制した。

「仙族にとっては害のある黄閃砂を採掘したこと、そのことを警告することも処理することもせずに、セイイツが渉不城から逃げ出したこと、あなた方が怒りを覚えるのは当然だと思う。だけど…」

 おいらには責任はない、と言おうとしたグドンをマキが制した。

「待って。あなたは誤解してるわ」

「誤解? 何に対して?」

 少し感情的になりかけたグドンを、ボウが諫めるようにその腕を握り、力を込めた。

「お願い。最後まで話を聞いてあげて」

 グドンは胸を大きく上下させ、

「ごめん。黙って話を聞くよ。どうぞ」

「あなたの誤解は、誰が加害者で、誰が被害者かという点ね」

 とマキが続けた。

「誰が加害者?」

「そう。仙族の大半がそうだったように、あなたは、悪いのはお父さんで、仙族は被害者だと思い込んでいる」

 混乱したグドンは、眉間に皴を寄せ、思わずボウに視線を向けた。

 セイイツが加害者でないというなら、仙族が加害者で、セイイツは被害者だったとでもいうのだろうか? 

 ボウはただ小さく首を振った。

 マキが言う。

「あなたが戸惑うのはわかるわ。でも、それはあなたが事情の一部を知らないからよ。当時、お父さんが、なぜここを離れたのか、その理由をね」

 マキが説明を続けようとしたとき、部屋の外が急に何やら騒がしくなった。

 皆がそちらへ視線を向けると、憤然とした面持ちの男が一人、大股で広間の中へ入ってくるのが見えた。続いて、グドンの見知った少女がそれを必死で止めるように追いすがる。

 さらに、その背後に、何人もの仙族が一人また一人と続いて現れた。

 男の顔を見たグドンは愕然とした。

 それが他でもない、黄閃砂の廃棄場所で死んだはずのタグだったからだ。

 タグ…! 

 この男はまだ生きていたのか?! だが、あの崖から黄閃砂の溜まった渓流に落下して、どうして死なずにすんだのか? 元々重症だったはずなのに…。

 驚きを隠せないグドンに、ボウが問いかけるような視線を向ける。しかし、どうなっているのか事情を聞きたいのは、彼のほうだった。

「待ってよ、父さん。取り返しのつかないことになる前に、まず、わたしの話を聞いて!」

 タンタンは何とかタグを引き留めようと腕を掴んだが、タグはそれを強い力で振り払い、

「話なら、皆の前でする」

 と、足早にグドンたちのほうへと近づいた。

「何ですか、騒がしい!」

 マキがタグを厳しい口調で叱責した。

 少なくとも、指導者たちはタグがグドンを追って廃棄場所へ向かったことを知っている。追った理由もわかっていた。

 ゲゲやドウも批判的な視線を彼に向けている。その表情には、少なからぬ嫌悪の色さえ見てとれた。

 しかし、タグはそれをまったく意に介さぬ様子で、

「こっちの話を聞けば、あんたたちも、そんな非難する目でおれを見なくなるはずだ」

 と、皮肉のこもった視線をマキらへ向ける。

「だから、違うのよ」

 タンタンが慌てて口を挟む。

「父さんがいない間に、色んなことがわかったの」

「そうだろうさ」

 とタグは嘯いた。

「だが、おまえは知ってるか? この小僧には、おれたちの体を覗き込んで、どれほど病に侵されているか、見抜く力があるんだぞ」

 さらに、重大発表を前に周りの反応を楽しむ様子で一拍おき、

「それに、おれたちが苦しんでいる病の原因がわかった、といったらどうだ? 黄閃砂だよ。こいつらが山から掘り出して、坑道の入口に山と積んで放置しているあの黒い塊だ。あれがすべての元凶だった!」

 タグはグドンを指さし、勝ち誇った顔で周りの仙族を見回した。英雄的な働きを見せた自分を全員が称賛すべきというように。

 グドンの気持ちは暗く沈んだ。

 自分の犯したヘマを心から後悔していた。たとえ、相手にはもう喋る機会がないとわかっていても、浮かれて黄閃砂のことを話すべきではなかった。あれはこどもっぽい、感情に流された行為だった。今回のことから自分は多くを学ばねばならない、と。

 グドンは覚悟を決めて視線をあげた。

 しかし、仙族の反応はどれも奇妙なものだった。

 誰一人、彼に批判的な視線を向けておらず、むしろ、タグに対し、先ほどにもまして嫌悪のこもった表情を向けている。タンタンでさえも、グドンから視線を逸らすように俯いて大きく溜息をついている。

 一言で表現するなら、「もう手遅れ」といった表情だった。

「この人の処罰はあとで考えるとして、今は無視して、さっきの話を続けましょう」

 マキが冷たい声で宣言し、改めてグドンに向き直った。

 彼女がいうこの人とは、もちろん、グドンではなくタグのことだ。

 タグは驚いて口をパクパクさせたが、誰もが見ないふりをした。

「多くの仲間がそうだったように、グドン、あなたも知らないことがある。それは、あなたのお父さんが、なぜ、仙族を見捨ててここを離れたかということ」

「なぜ? 具体的に何か理由があったの?」

 それは彼にとって意外なことだった。心のどこかに、セイイツは無責任で自分勝手な男という思い込みや、逃げたことにも理由などないという先入観があったからだ。

「あなたのお父さんがここを離れたのは、わたしたち仙族に失望したからよ」

 仙族に失望…?

 マキは続けた。

「もう少しわかりやすく具体的に話すわ。お父さんがここにいた当時、仙族はルル(縷々)という女性が指導者を務めていた。いわば一代前の指導者よ。そして、いい辛いけど…、彼女はわたしの母親だった。母は、ある日、わたしと二人きりの時に、こっそり秘密を打ち明けるようにこう言ったの。渉不城の英雄セイイツの弱みを掴んだ、と」

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