43 帰還
グドンが坑道近くの小屋へ戻ったとき、黄閃砂の廃棄場所でタグと挌闘してから、すでに二日以上の時間が経っていた。
とにかく寝床でひと眠りしようと室内に入ったが、そこで、俯いたままじっと座っている何かの影に出くわし度肝を抜かれた。
え? 誰?
影はボウだった。ずっと泣いていたらしく、目が赤く腫れている。仙族の目が赤く腫れることを知り、グドンは何だか可笑しくなった。
その笑い声で、ボウは初めて目の前のグドンに気付いた様子だった。
ボウはグドンを目にしたものの、それが現実とは信じられないらしく、束の間ぼんやりしたまま、視線を逸らせずにいた。
「グ、グドンなの?」
蚊の鳴くような声で疑うように訊く。
大声を出せば、目の前の幻影がふっと消えてなくなるのではないか? そんな不安でいっぱいの顔つきだった。
「坑道の中でも、ボウは同じことをいった気がするよ」
グドンは笑おうとしたが、ボウの瞳から涙がこぼれ落ちるのを見て、慌ててそれを引っ込めた。
「あなたはもう死んでしまったと思ったのよ」
ボウは立ち上がり、彼の体にしがみ付くと、その胸に頬を擦り付け、くぐもった声を出した。
「おいらが死んだ? どうして?」
心身ともにボロボロで、世の中に自分以上に悲惨な生き物はいないと思っていたグドンは、ボウの姿にその考えを改めた。
自分よりひどい顔をした子がここにいる。
ようやく顔を上げたボウの目からは、また涙が溢れてくる。
グドンは彼女が落ち着くのを待った。
しばらくして、ようやく我を取り戻したボウが、グドンの腰に回していた腕を放し、彼から少し離れて恥じるように涙を拭った。
「タンタンから聞いたのよ。タグがあなたを追って廃棄場所へ向かったって。その時の様子からして、ただで済むとは思えないって」
グドンはようやく彼女の涙の理由が理解できた気がした。
「わたし、廃棄場所へも行ったの」
彼女は尚も続けた。
「廃棄場所へ行った?」
驚いたグドンは、彼女の傍により、どこにも異常がないか改めて確かめた。
手もあるし、足もある…。
「でも、あなたはどこにもいなかった。わかったのは、そこで誰かが争って、崖の下へ落ちたということ。だから、わたしはてっきり…」
おいらが死んだと思ったわけか…。
確かにグドンとタグが戦って、彼が勝つと思う者はいないはずだった。
実際、タグが病に侵されておらず、グドンの力を侮っていなかったら、ああした結果にはならなかったろう。
「大丈夫だよ。おいらは何ともない」
グドンは彼女を励ましたくてそれだけ答えた。タグがどうなったかは話さなかった。できれば誰にも話したくない。
だが、彼女はそれを許してくれなかった。
「タグはどうなったの?」
グドンは大きく息をつくと首を振った。
「わからない。一緒に斜面を転がり落ちたけど…」
そうはいったものの、グドンがここへ戻ってきた以上、結果がどうだったかは、誰にでも容易に想像できるはずだった。
「でも、悪いけど、おいらはタグに同情しないよ」
グドンは正直に本音を言った。
ボウはしばらく彼を見つめたあと、
「あなたが無事に戻ってきてよかったわ」
と頷いた。
「それより、仙族の病のことだけど…」
グドンは話を切り替えた。
「廃棄場所の黄閃砂はやっぱり変化していなかった。時間が問題を解決してくれると期待するのは駄目みたいだ」
彼は廃棄場所で見たことをありのままに話した。ボウも現場へ行ったようだが、彼女には黄閃砂の変化の有無がわからないはずだった。
「仕方ないわ」
と、頷いたボウは、それほど落胆した様子を見せなかった。元々こうした結果を予想していたのかもしれない。
「これで、あなた方仙族は移住する以外、ほかに方法がなくなったね」
病気を治す方法が見つからない以上、彼らはここに留まることは出来ない。しかも、移住したとしても、問題が根本的に解決されるわけではないから、一安心というわけにもいかない。恐らく死者も出続けるだろう。そのことに、彼はいわれのない罪悪感を感じた。
「もう移動の準備を始めているところよ。すでに何人かが候補になる土地へ視察に行っている。戻ってきたら、すぐにでも出発するつもり」
意外に明るい声でボウが現状を説明するのを、グドンは不思議な思いで聞いていた。
仙族はもう前を向いているということか…。
「じゃ、黄閃砂のことを皆に話したんだね? 混乱が起きなかったのなら、よかったけど…」
ボウは小さく首を振って、
「グドン、そのことであなたに話したいことがあるの」
と言った。
「そのことって、黄閃砂が原因だと皆に知らせたこと?」
訊かなくとも、仙族の反応はわかる気がした。決してグドンが望むものではなかったはずだ。
「ええ。でも、あなたが想像しているのとは少し違うと思う」
彼女はなぜか表情を曇らせる。
「想像と違う?」
グドンには、彼女のいう意味がわからなかった。言うまでもなく、仙族は半妖に怒りを募らせているはずだ。それ以外にどんな反応があるというのか? しかも、そのことで話がしたいとはどういうことだろう?
「ボウが話したいというなら、どんなことでも喜んで聞くよ」
そう答えたものの、内心首を傾げた。
「いいえ。わたしじゃなくて、たぶん、マキが話すと思う。そのほうが分かりやすいと思うし」
「マキが話す? わかりやすい?」
グドンは彼女の言う意味が益々わからなくなった。
彼女はいったい何を言っているのか?
また処刑の話なのか? 処刑にボウも賛成し、自分からは言い辛いからマキに頼んだということか?
そんなことは考えられない、とグドンは否定した。だが、それなら…。
グドンの戸惑いを察したように、ボウは優しく彼の腕をとった。
「今は皆、罹患者の収容場所にいると思う。マキもいるから、一緒に来て」
グドンは狐に抓まれた気分のまま、仕方なく小さく頷いた。




