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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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41/126

41 縦走

 黄閃砂の廃棄場所への道のりはまさに体力との勝負だった。

 山のこちら側と違い、沼の方角はほとんど誰も足を踏み入れたことがない。当然、半妖の通る道はないし、獣道すらなかった。

 樹木が隙間なく鬱蒼と茂り、前方どころか天を仰いでも枝葉以外は何も見えるものはない。そんな中をグドンは黙々と前へ進んだ。それでも進む方角を間違えなかったのは、ここ半月の鍛錬の成果と、ボウがくれた羅針盤のお陰だった。

 彼女はそれを鉱夫の小屋で見つけたと言った。

 鉱山が閉鎖されたあと、鉱夫の小屋や坑道は、仙族のこどもたちにとって遊び場になっていたらしい。ただし、羅針盤は、方角を知るための道具ではなく、ただの可愛い玩具だと思っていたそうだ。

 最後に、ボウは簡単な地図までくれた。まさに至れり尽くせりだ。

 もちろん、途中まで彼女に道案内を頼むこともできた。空を飛べる彼女は道に迷うこともないし、廃棄場所に近づかなければ危険性もない。そうしなかったのは、仙族の移住に神経を集中してほしかったからだ。

 風景がほとんど変化しない山の中を、グドンは必死の思いで縦走した。

 大半は樹木の中だったが、時折、ぽっかりと穴があいたように前方の開けた場所に出ることがあった。もちろん、人工的なものではなく、大雨か何かで斜面が崩れてできたものだ。そうした場所に出たときは、必ず休憩をとり、風を感じながら下界を眺めた。

 何度か渓流に出くわし、その際は水を補給した。

 時には地面が崖のように切れ込んでいるところがあり、自分の足元遥か下方に川の流れが見えるときがあった。そんなときは、グドンでさえ足が竦み目が眩みそうになった。

 ただ、食べるものには事欠かなかった。これも半年間の成果といえる。

 食べる以外にも、獣を見つけると、グドンは必ず小石を拾って投げつけた。

 獲物としてではなく、自由に相手を操るための修練だった。こうした能力を、グドンは腔妖術と呼ぶことにした。大型の獣は動きを封じることに成功すると、すぐに呪縛を解いて解放してやり、小型の獣は食料としてありがたくいただいた。

 八時間近くも歩き続け、夕暮れが近づいたのを感じたグドンは、ねぐらを探すことにした。

 太陽はまだ高いところにあったが、彼は日の陰りを敏感に感じ取っていた。晩秋の今は、まだ明るいと思っても、あっという間に日が落ちる。まさにつるべ落としというやつだ。

 彼は何か所かの候補の中から、斜面にできた小さな洞穴を選んだ。

 洞穴といっても、斜面から二メートルほど凹んでいるだけの自然にできた横穴だ。

 それでも、一夜を明かすだけなら十分だった。

 グドンは乾いた落葉を拾い集めて地面に敷き詰め、寝とこ代わりにして横になった。

 目を閉じると、ボウの顔が瞼に浮かんだ。

 今頃、彼女は何をしているだろうか、とふと思った。黄閃砂のことはもう話したろうか? 移住に関して仙族の意見は纏まったろうか? 大騒ぎになり、泣きわめく人が出たりして、混乱していないだろうか? そうでないことをグドンは願った。

 移住の意見が纏まったとして、グドンが坑道へ戻ったとき、ボウたちの姿はすでに鉱山から消えているかもしれない。もしそうなったら、自分はどう感じるだろうか? 

 普通に考えれば、移動が開始できているはずはない。だが、心のどこかで、帰ったとき、誰もいないほうが気が楽だという思いもあった。ボウにもう会えないのは寂しいが、少なくとも身の安全は確保できるし、不当な干渉に悩まされる心配もなくなる。

 そうなれば、恐らく二度と鉱山の仙族に会うことはないかもしれないが、それならそれで仕方がない、とグドンは思った。会うは別れは初め、終わらぬ宴はないというではないか。

 周りが明るくなると、グドンはすぐに活動を再開した。

 ひたすら山の中を歩き続け、疲れると休んで、水を飲み、果実を口にした。

 彼自身は気付いていなかったが、山林を進む速度は、歩き始めたころに比べ格段に速くなっていた。他人の目には、まさに飛んでいるように映ったろう。

 それに加え、一日目の縦走が終わるあたりから、グドンは羅針盤に目を向けなくなっていた。羅針盤に頼らずとも、なぜか、方角がわかるようになっていた。

 それにしても…。

 と、グドンは独りごちた。

 こんな遠くまで、セイイツはどうやって黄閃砂を運んだのだろうか? 大量の廃棄物を運搬するのは並大抵の作業ではなかったはずだ。できるできないではなく、これだけ多大な労力と時間を費やすのは馬鹿げている、と感じなかったのだろうか?

 山の中を歩きながら、グドンはもうひとつ不思議に思ったことがあった。

 坑道を離れて以来、グドンは、ボウに教えられた廃棄場所に向けずっと真っすぐに進んできた。であれば、セイイツが黄閃砂を運んだ道筋とほぼ重なっているはずだ。にもかかわらず、かつての運搬の痕跡が一切残っていなかったのだ。これはいったいどういうことだろう? 

 ボウがくれた情報が間違っている? それは考えられなかった。だとしたら…。

 真昼を過ぎるころになると、周辺の風景が少しずつ変化していることに、ようやくグドンも気付き始めた。樹木が以前ほど密ではなくなり、所々、木の幹に何か紐のようなものが結びつけられている。今は黒ずんでいるが、かつては赤かそれに類する色をしていたように見える。

 これは何の目印だろうか? グドンは束の間考える目になり、すぐあっと理解した。

 これはきっと、山の坑道側と沼側の境界を示す印だ。これ以上前へ進むと、毒ガスのある沼に近づくから用心しろという警告だろう。結んだのはセイイツに違いなかった。

 警告の対象には、もちろん、半妖であるグドンも含まれる。危険を承知でここまで来たはずの彼も、さすがにいったん足を止めた。

 この先へ進むべきだろうか? 進むとしたら、どこまで? 

 廃棄物を捨てた場所が沼の近辺だったら、どうすればいい? だいたい、こうした行動には、そうした大きな危険を冒す価値があるのだろうか?

 疑念はわいたが、それでもグドンは怖気を振り払うように前へ進んだ。

 それ以外には選択肢がない気がした。

 辺りは益々樹木の数が減り、樹木の中には立ち枯れしたものも目に付き始めた。少なくとも、風の向きによっては、毒ガスがこの辺りまで流れてくるということだ。

 さすがに身の危険を強く感じ、これ以上の前進を躊躇し始めたとき、目の前に、突如信じられない光景が広がった。

 それは、三メートルほどの幅がある浅い穴ぼこから始まっていた。

 その穴から前方へ向かい、地面を削り取ったような痕跡がずっと遠くまで続いている。

 わかりやすく表現するなら、雪原を雪だるまを転がしながら進んだといえばよいか。そこだけ雪面が凹んで片輪の轍のような痕跡がずっと先まで続いている。もちろん今は雪は積もっていないから、土そのものが掘れて窪んでいた。

 しかも、よく見ると、そうした溝が何本も並行するように走っている。

 今でこそ、その溝の周辺や溝の中にも植物や樹木が生えているが、それはどれもまだ樹齢が若く、低木で、以前はそこが不毛であったと見てとれた。

 これはいったい何の痕だろう?

 近づいて行ってその場にしゃがみ、地面をなぞろうとしたグドンは、思わずギクリと緊張し、その手を止めた。

 地面のすぐ下に何か黒いものが見えた。これは…。

 黄閃砂に間違いなかった。

 それも虚淋酸によって変化したあとの黄閃砂だ。

 グドンは、この奇妙な穴と溝の正体が分かった気がした。

 彼は立ち上がると、溝に沿うようにしてその先端を目指し駆け出した。

 溝の先端には、深さ二十メートルほどの巨大な穴が掘られていた。その中に幾つもの黒い鉄球のようなものが埋まっている。

 ほかの溝の先端は、今は地面が平たんに均され、その上に樹木や草が生えている。しかし、周辺の様子から、かつては同じように強大な穴があったと窺い知ることができた。 

 ここが黄閃砂の廃棄場所なんだ、とグドンは確信した。

 浅い窪みはきっと、幅三メートルの鉄球が着地したときにできたものだ。

 セイイツは黄閃砂を丸く固めて巨大な鉄球の形に変え、それを驚異的な力でここまで投げ飛ばしたのだ。

 いや、実際に投げたかどうかはともかく、鉄球は宙を飛んでここに落下し、そのままの勢いで地面を掘り返しながら、深い穴の中へ転がり落ちた。

 穴が一杯になると、セイイツがここへ来て表面に土を被せ埋め立てた。

 穴の一つがむき出しのままなのは、セイイツが突如渉不城を離れたため放置されたからだろう。つまり、これが最後の廃棄穴だ。

 グドンは改めてセイイツの能力の凄さに驚嘆せずにはいられなかった。

 自分と同じ血が流れているとはとても思えない。一般の半妖はもちろん、妖族や仙族ともまったく別の生き物だ。まさに怪物と呼ぶのが相応しかった。

 だが、今は、そんなことに感心している場合ではない。

 大切なのは、埋め立てられた黄閃砂に今も害があるか調べることだ。

 確認する黄閃砂は、廃棄された時期が古ければ古いほど良い。

 穴のどれかを選んで掘り起こそうか、と考えていたとき、一番外れを走っている溝の先端の穴が、崖崩れか何かで、その一部を露出させていることに気付いた。

 穴は内部の大半がむき出しになって覗いている。

 長年の風雨のせいか、むき出しになっているだけでなく、黄閃砂の塊の多くが穴から滑り出て山の斜面から崖下へと転げ落ちていた。

 足元に気を付けながら、崩れた周辺を進んで穴の中を覗くと、風化しバラバラになった鉄球の残骸が見えた。

「糞ッ!」

 と、思わずグドンは毒づいた。

 むき出しになった鉄球の残骸が今もぼんやり輝いていた。

 虚淋酸によって変化した黄閃砂は時間がたっても元には戻らないのだ。

 崖から崩れた先を見ると、滑り落ちた鉄球がずっと先の渓流まで移動して行っているのが見てとれる。そこで鉄球が崩れたのか、川の底にもぼんやり輝くものが見えた。

 落胆のあまり、グドンはその場にへたり込んだ。

 虚淋酸の効力がなくなっている可能性は低いとわかっていたが、それでも、実際にそうした光景を目の当たりにすると、期待を裏切られたようで腹がたった。

 何よりも、やってきた道を手ぶらで戻らねばならないと思うと。心底気が滅入ってくる。

 張りつめていたものがプツンと切れて、今は体を動かすことさえ億劫に感じた。

「本当にもう辟易するよ! 糞、糞!」

 グドンが何度も吐き捨てたとき、

「小僧、へたばって、泣き言をいってるのか? 情けない野郎だ」

 と、頭上で揶揄する声がした。

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