40 頑固な二人
「どうして?」
グドンは意味が分からず問い返した。治療法が見つからなくても、ここから逃げることはできる。それがどう危険につながるのか?
「今までは…」
少し逡巡してから、ボウが答えた。
「病の原因が確実じゃなかったから、グドンたち町の半妖に対する仙族の感情も抑えられていたと思うの。でも、原因が、あなた方の掘り出した黄閃砂にあるとはっきりしたら、事情は全然違ってくるはず。中にはこれまでの鬱屈を爆発させようとする仲間がいるかもしれない」
ボウが心配しているのが自分のことだと気付いて、グドンは心底驚いた。
「でも、今はそんなことを心配している時間はないよ」
彼女に感謝しつつも、グドンは厳しい現実を指摘せずにはいられなかった。
「このままでは仙族の全員が死ぬことになる。確実にね」
「黄閃砂が蓄積されるには時間がかかるんでしょ? ゲゲたちに知らせるにしても、その前に、あなたは今すぐに山を下りるべきよ。伝えるのはわたしが伝えればいい」
ボウも譲らなかった。
「言ったでしょ? 自分に治療法はわからないって。だったら、ここに残ってもあなたにできることはないわ。仲間の元へ帰ればここよりは安全。仙族も町の人たち全員を敵に回すのは嫌でしょうから」
グドンは思わず失笑した。
「何がおかしいの?」
彼女は少し腹を立てたように彼を睨んだ。ひとが真剣にあなたを心配してるのに…。
「ボウは、おいらのことを買い被りすぎだよ。ここに残っているのは、仙族のためじゃない。あくまでも自分のため。渉不城を出るための準備が必要なんだ。だから、今はここを離れたくない。もちろん、あなたたちを助けたい気持ちもあるけど、それが中心じゃないんだよ」
「嘘よ。それにあなたは、仙族の憎しみを甘く見すぎてる」
決めつける彼女に、グドンは改めて溜息をついた。
「甘くなんて見てないよ」
それは本心だった。実際に仙族からの暴力を経験したグドンは、誰よりも彼らの恨みの深さを知っている。にもかかわらず、なぜか彼は報復に対する恐怖を感じなかった。
なぜ、おいらは他人の暴力に対しこうも鈍感なんだろうか?
それを不思議に思ったことが、これまでにも何度かあった。町で牢獄に監禁されていたときもそうだ。処刑される可能性があったにも関わらず、彼は死の恐怖を感じていなかった。渉不城を出ることに関しても同じことがいえる。もし仮に、渉不城を出るには大きな危険が伴うと知ったら、ボウは何というだろうか? あなたは正気じゃないと怒り狂うだろう。
「ひょっとして、町の半妖がしたことで、おいらが仙族に対して申し訳なく思ってると、ボウは勘違いしてない?」
わざとはぐらかすように、グドンは言った。
「前にも言ったけど、そんなことで後ろめたく感じたりはしないよ。半妖も、仙族も、おいらには関係ない。他人のやったことは他人のやったこと。ただほんの少しだけ気になることがあるとすれば、セイイツのことかな」
「あなたのお父さん?」
セイイツ? これまでの話にグドンの父親がどう関係してくるのだろうか?
まったく理解できずに、ボウは思わず眉を顰めた。
「そうだよ」
グドンは頷いた。
「あの人は、あなたの仲間に“何か問題が起こったら、自分を訪ねてこい”と言ったんでしょ? それはたぶん、黄閃砂は仙族にとって害がある、とわかっていたからだと思う。それなのに、なぜ、前もって仙族に解決法を教えないで、緑金石を掘り続けたのか? もちろん、事態がこれほど深刻になると思っていなかった可能性もある。英雄といっても、神様じゃないんだから。でも、少し無責任すぎる気がする」
それは、渉不城の半妖を見捨てて逃げたことにも感じる疑問だった。たとえ、町の建設が彼の本意ではなかったにせよ、指導者となったセイイツには責任があったはずだ。
ただそう思ういっぽうで、グドンは強い違和感も感じていた。
英雄とまで言われた男が、それほど無責任で、ただの愚か者だったということがありえるだろうか?
「どうしても、ここを離れる気はないのね?」
話のすり替えを敏感に感じ取ったボウは彼を睨んだ。
グドンは笑顔になり、
「ないよ。渉不城を出るときが来るまではね。それより、あなたに訊きたいことがあったんだ。お願いといってもいいかな」
と話題を変えた。
「何?」
意外そうにボウが細い眉を上げる。
「ある物を冷蔵するための装置を探してるんだ。下げられる温度が低ければ低いほどいい」
グドンは、黄閃砂を冷やしたらどうかと考えていた。熱したことで虚淋酸とくっついたのであれば、冷やせば再分離するかもしれない。
もちろん、その可能性は低いだろうし、仮に分離できたとして、害がなくせるかどうかはわからない。また、成功したとして、実際には仙族の体内にあるものをどう冷やすのかという問題もある。
それでも、グドンはやってみる価値はあると思った。
「ないことはないけど、何に使うの? 温度を下げるだけなら、わたしにもできるけど」
「あなたにもできる?」
一瞬意味が分からず、彼女が仙族であること思い出し、改めて驚嘆した。
「ボウには、いや、仙族にはそんな力があるの?」
それなら、黄閃砂に近づくことの危険性を説明したうえで、彼女に協力してもらえばいい。一度きりなら、健康への害も大きくはないはずだ。
「もうひとつは黄閃砂の廃棄場所を知りたい。坑道の入口近くに積んである部分は、閉山される直前に出たものだけど、以前は、別の場所に運搬して廃棄していたと思うんだ。そこがどこなのか知りたい」
正確にいえば、セイイツが町を離れる前と後の違いだ。
きっとセイイツは黄閃砂をどこか遠くに運んでいたはず。だが、彼が町を離れたことによって、住民は、坑道の入り口近くに廃棄物を放置するしかなくなった。
仮に、古い黄閃砂には健康を害する力がなくなっているとすれば、特に治療しなくともこの山を離れさえすれば、仙族の病はいずれ回復することになる。それを確認したかった。
「わたしにはわからないけど、年配の人たちに訊いてみるわ。黄閃砂が病の元凶だと話す前にね」
彼女はまだそのことに拘っていた。
グドンの話をゲゲたちには伝えないで仙族を移動させられたら、それが一番いい、とボウは考えていた。だが、不可能だろう。罹患者を移動させるには、ほかの者たちを納得させる理由が必要だ。それにはどうしても黄閃砂の話を伝える必要があった。
問題は、話の内容を、ゲゲたち指導者が内部だけの秘密にしてくれるかどうか。
結果的には駄目でも、とにかく頼んでみよう。
ボウはそう心に決めた。
二人はまず黄閃砂の廃棄物が入った池の水を冷やすことから始めた。
溶液の入った瓶にボウが息を吹きかけると、その表面にみるみる霜がつき、やがては溶液が完全に凍り付いた。
その過程をグドンは詳細に観察していたが、黄閃砂に何か変化が起こる様子はなかった。
溶液を暗がりにもっていくまでもなく、目を凝らすと黄閃砂はほんのり明るさを保っていた。
恐らくこれも感知能力がまた上がったせいだ、とグドンは感じた。以前なら、昼日中、黄閃砂の輝きを感知することなどできなかったはずだ。
それはともかく、虚淋酸によって変化した黄閃砂は元には戻らない、と確認できた。
実験はまたしても失敗だった。
二人はここでいったん別れることにした。
ボウは一度住処へ戻って、誰かに黄閃砂の廃棄場所を訊く必要があった。
訊く相手として、彼女はマキを選ぶつもりだった。
マキはいつもボウを実の孫のように可愛がってくれる。尚且つ理性的で、何かを根掘り葉掘り詮索することもない。
グドンは山林で狩りの続きをすると言った。
ボウは何かいいかけたが、結局何も言わず自分の住処へ戻った。
グドンの頑固さには、さすがにもう匙を投げた様子だった。
黄閃砂の廃棄場所はあっさり判明した。
元々秘密だったわけではなく、仙族は山中で四六時中活動しているから、山で起こる大抵のことは目にしている。むしろ彼らの目を欺いて何かすることのほうが難しかった。
しかし、結果を報告に来たボウはなぜか浮かない顔だった。
予め約束していた池の畔で、グドンが獣の肉を食べていると、ボウがやってきて、
「あなたが廃棄場所へ行くのは難しいかもしれない」
と、落胆の様子を見せた。
「どうして?」
「廃棄場所は、山の裏側にあるからよ」
「裏側って、沼のある側ということ? 例の毒ガスの出ている?」
「そう。それも山頂付近ではなくて、中腹らしいの。常に毒の影響があるかはわからないけど、あなたは近づかないほうが安全だと思う」
それでも、グドンは具体的な方角と距離を彼女から教えてもらった。
ボウも隠すつもりはないようだった。ここしばらくの交流で、グドンの性格や行動原則が何となく分かり始めていたからだ。隠したところで、彼は別の方法で廃棄場所を探し出し、ひとりで出かけていこうとするだろう。
「わたしも一緒について行っていい?」
制止することが無理なら、せめて危険を分かち合いたかった。少なくとも、毒ガスは仙族の彼女には害がない。
「駄目だよ」
グドンはあっさり拒絶した。
「大量の黄閃砂があるはずだし、長い時間がたって、悪いほうへ変化している可能性もある」
その可能性は少ないが、万が一ということもあった。
「でも、あなたに何かあったとき、わたしがそばにいれば助けてあげられるかも」
「縄で縛って引き摺ってくるとか?」
彼の冗談に、ボウは本気で怒った。
「冗談をいってるんじゃないのよ」
「冗談のつもりはないけど…」
ボウの剣幕にたじたじとなりながら、照れ隠しをするようにグドンは笑った。怒った顔がこれほど可愛い女の子は見たことがない、という気がした。ボウは自分の安全を心から心配してくれている。そう思うと心が温かくなった。
「ボウを危険に晒すくらいなら、廃棄場所へは行かないよ。行ったところで、何か成果がある可能性はほとんどないし」
それが本心でないことは、ボウにもわかっていた。
「それより、黄閃砂のことをゲゲたちには話した?」
と、グドンは訊いた。
一刻も早くこの山を離れることが、仙族には何より大切だった。罹患者を連れて離れる準備をするにはそれなりの時間がかかるだろう。
「まだこれからよ」
俯いた彼女が小さく首を振る。
「どうして? おいらのことは心配いらない。すぐに戻って皆に話すんだ。これはあなたのご両親や友達の命もかかっている」
ボウは頷くと、
「それより、危険だと思ったら、すぐ引き返すと約束して」
ボウはまだ廃棄場所の危険性を気にしていた。
「大丈夫。それに、黄閃砂を捨てに行ったということは、それほど危険じゃないということかもしれない。何といっても、おいらはあの人のこどもだし」
それ自体が本当かどうか怪しいし、二人の能力には現状、雲泥の差がある。それはわかっていたが、気休めになればとグドンが口にすると、彼女はやっと小さく微笑んだ。




