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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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37 黄閃砂

「わたしのほうから訊いてもいい?」

 しばらく無言で歩いたあと、次に口を開いたのはボウだった。長い逡巡と葛藤の末に、やっと切り出した様子だった。

「いいよ。どんなこと?」

「グドンは、わたしの病が見えるんでしょ? それはどんな感じなの? どんなふう見えてるの?」

 束の間、グドンは言葉を探した。

 どう言っても彼女を傷つけてしまう気がした。それでも、できるだけ遠まわしな、やさしい表現はないかと頭を悩ませた。だが、無理だった。そんなものはない。

「ありのままを話すよ。それ以外に言い方が見つからないから」

 と彼は覚悟を決めて言った。

「内臓や脳に何か黒いものが沈殿しているように見えるんだ。病状の重さによって侵されている範囲や色の濃さが違う」

「黒く見えるというのは細胞が…、その、もう駄目になっているということ? 細胞が死んで黒ずんでいる?」

 ボウの顔色がみるみる白くなっていく。

 グドンは何としても彼女を励ましたかった。

「違うと思う。うまくいえないけど、沈殿して見えるんだ」

 ボウがふうっと大きく息を吐く。

「他の人と比べて、わたしは重症? グドンは、身動きできなくなった人たちの体も見ているから、違いが判るわよね?」

 まさに縋るような目だ。彼女が何といってほしいか、グドンにも痛いほどわかった。

「症状は重いほうじゃない」

 グドンはやっと口にした。

 ゲゲやマキたちと比べ、彼女は確かにひどい状態とはいえなかった。しかし、その差は大きくはない。ボウがどう期待しているかはわからないが、喜ぶべき状態でないのは間違いなかった。それでも、彼女はほっとしたように頷いて、

「こんなこと訊いたって、ゲゲたちには内緒にしてね」

 と自分の弱さを恥じるように懇願した。

 ゲゲやマキたちより症状が軽いのを喜ぶなんてどうかしている、そんな表情だった。

「病の原因がどこにあるか、ボウたちも当然調べたんでしょ?」

 重い雰囲気を紛らせるように、グドンが別のことを訊いた。

 歩き始めてもう随分時間が過ぎている。そろそろ本題に入るべきときだ、とグドンは判断した。だが、ボウにはそれと気取れられないように十分気を付けけないと駄目だ…。

「具体的にはどんなことを調べたの?」

「たとえば、あなたたち…、いえ、町の人たちがここへ来たとき、新たに持ち込んだものね。それまで仙族にまったく異常がなかったことを考えると、ほかに原因が思い当たらなかったから」

「坑内から掘り出した鉱物についても調べた?」

 できるだけ軽い口調で話したつもりだったが、成功したかどうか、グドンには自信がなかった。

「もちろんよ。でも、鉱物は元々山の中にあったものだし、わたしたちが地下に住んでいることを考えると、病の原因とは考えにくかった。それでも、掘り出された鉱物を一つ一つ調べたと思う」

「結果的に、病の原因ではなかった?」

 自分の口調に力がこもりすぎている気がしたが、グドンにはどうしようもなかった。少なくとも今、自分たちが暗闇にいることを感謝すべきだった。でなければ、彼の表情の変化から、ボウに魂胆を見抜かれていただろう。

 ボウは首を振った。

「仙族の命運がかかっているし、検査は徹底して行われたと聞いてるわ。そのために随分危険な橋も渡ったと」

 危険な橋を渡った…。恐らく人体実験に近い検査も行ったのだろう、とグドンは想像した。掘り出された鉱物が彼らに害を及ぼさないと確定するには、それしかない。

 だが、もしボウのいうことが本当なら、黄閃砂に対する彼の仮説は否定されてしまう。 

 これはどういうことだろう?

 仙族の体内に沈殿しているのは黄閃砂だ。間違いない。それは自分の手で触れたグドンが誰よりも知っている。

 しかし、それならなぜ、彼らの検査でそれを否定する結果が出たのか? 

 理屈に合わなかった。

 黙ってしまったグドンを心配そうに見つめながら、ボウも口を開けずにいた。

 グドンが無言なのは、自分が何か不愉快なことをいったからではないか、と誤解したためだ。

 二人は黙ったまま坑内から外へ出た。

 坑道の入口を出たとき、外はまだ夜が明けておらず暗いままだった。廃棄された黄閃砂の山が、相変わらず柔らかな輝きをたたえてぼんやり光っている。

「夜の黄閃砂は本当に幻想的できれいなのに…」

 無意識にそう呟いて、グドンははっとなり口を噤んだ。自分の世界に浸りきって、隣りにボウがいるのをすっかり忘れていた。

「幻想的できれい?」

 案の定、ボウが怪訝そうな顔を向ける。

「え? おいらそんなこといった?」

 と慌てて取り繕い、さっき坑道へ入ったとき月明かりに映えているのを見た、と誤魔化そうとした。だが、その瞬間、自分が大きな勘違いをしているのに気付いて、グドンは再び口を閉じた。

 ボウは、おいらが黄閃砂に特別な興味を示したから不思議に思ったんじゃない。彼女にとって、現在の黄閃砂は昼間と同様ただの黒い塊なんだ。だから、幻想的といわれて妙な顔つきになった。

 勘違いの元は黄閃砂がほんのり輝いて見える原因だ。

 仙族の遺体に触れたとき、黄閃砂が輝いて見えるのは彼らが死んで変化が起きたせいだ、とグドンは考えた。また、坑道の外で黄閃砂の山を見たときは、月明かりに映えていると思い込んだ。

 つまり、グドンは両者の輝く原因を別々に認識したわけだ。

 しかし、実際はそうではなかった。

 二つは同じもので、元々黄閃砂そのものに明るさがあるのだ。

 だいたい、今夜は空に月など出ていない。

 以前、黄色く輝いて見えなかったのは、彼の認識能力がまだ低かったのと、周囲が暗闇ではなく、昼間で明るすぎたせいだろう。黄閃砂の輝きはそれほど微妙なものなのだ。だから、ボウには違いが判らない。だとすると…。

 グドンの脳裏にひとつの新たな仮説が浮かんだ。

 仙族が検査をしたという黄閃砂は、どこから持ってきたものなのか? もしかして、廃棄物の山からではなく、鉱山から掘り出されたばかりのものを、そのまま使ったのではないか?

 これはぜひとも確認する必要があった。

 気が急いて、ボウに慌てて別れを告げようとしたとき、何かほんの小さな光のようなものが、彼女の体に吸収されるのを見た気がした。

 黄閃砂だ!とグドンは体を緊張させた。

 光のような物体が、もし直接体に吸収されたのではなく、口や鼻から吸い込まれたのなら、グドンは何としてでも、彼女の口や鼻を自分の掌で塞ごうとしただろう。だが、実際にはそうではなかった。

 とはいえ、これで、グドンは多くの疑問が解けた気がした。

 仙族はこの世の多くのものから精気を吸い取って生き永らえる。きっと、彼らにとっては黄閃砂も一つの精気、栄養源なのだ。それが何かの原因で体内に残って悪さをしている。

 もちろん、半妖には吸収する能力はないから、重病にはならないし、影響を受けたとしてもごくわずかだ。

「おいら、少し疲れたからこれで失礼するよ」

 グドンはやにわに別れを告げた。

「ボウも仙族の仲間のところへ早く戻ったほうがいい。病のこともあるし、突然いなくなったと気付いたら、ご両親も心配するだろうから」

 藪から棒にグドンにそういわれ、ボウは明らかに戸惑った。

 え? これでお別れ?

 だが、彼女の困惑にもかまわず、グドンはボウへ背中を向けた。

 何の根拠もない不確かなものを話して、彼女を混乱させたくなかった。それに加え、病の原因が黄閃砂だとわかったとして、それが治療法につながる保証はどこにもない。

 ボウが声をかける暇もなく、グドンはあっという間に自分の小屋のほうへ遠ざかった。

 一人置き去りにされたボウは、そんなグドンの背中を呆然と見送るしかなかった。

 もっと色々彼と話がしたかった。棺の置かれた場所へ自分を呼んだのは、亡くなった仲間ではなく、グドンであるような気がしていたのだ。

 きっと彼が助けてくれる。

 そんなまったく根拠のない心の声を、彼女はどうにも抑えることができずにいた。

 なぜ、わたしはこんなに彼を頼りにしているんだろう? まだ知り合ったばかりで、友人とさえいえない間柄なのに…。

 それに、彼が急に態度を変えて帰ったのはなぜ?

 黄閃砂? 確か、彼は最後にそんなことを言っていた気がするけど…。

 彼女は何度か首を振り、深く吐息をつくと、瞬時にその場から消え去った。

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