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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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35/59

35 病原

 地上に戻ったグドンは、何もなかったように狩りを続け、手に入れた獣の肉を持って坑道付近で焚火を熾すと、簡単に夕食を済ませ小屋の中で横になった。

 辺りはもうとっぷりと日が暮れている。

 仙族から逃げることは考えなかった。

 逃げることなど不可能だったし、地上へ戻ったのも、監禁から逃れようとしたわけではなく、自分の立場を仙族にはっきり示すためだった。

 おいらは仙族の思い通りにはならない、あなた方を露ほどにも信用していない、と。

 唯一気になるのはボウのことだった。彼女は仙族の中でただ一人の彼の味方だった。友人のいない彼にはとても貴重な存在といってよく、そんな彼女が、病のことで衝撃を受け苦しんでいると思うと心が痛んだ。

 半分は自分に責任がある気がした。

 仙族に協力することを拒否することはできなかったか? もしくは、ボウにだけ診断の結果を隠し通すとか、ボウは別料金ですと脅せばよかったか?

 何度も同じ繰り言を頭の中で反芻したが、結論はでなかった。

 いずれにせよ、もう手遅れだ。

 眠れなくなったグドンは、今後仙族が見せるであろう反応にどう対処するか、そちらへ思考を切り替えた。

 誰かがすぐに彼を捕まえに来るとは考えなかった。ゲゲたちが仲間全員に事態の深刻さを告げるとも思えない。告げるにしても時間がかかるだろう。もちろん、グドンの安全のためではなく、内部の混乱を避けるためだ。

 今はまず、移動計画を継続するか中止するかを判断する必要がある。中止と決まれば、その理由を説明しなければならない。グドンを捕えに来るのはそのあとか? それまでに仙族にどう対峙するか決めればいい。

 敷物の上を輾転とし、無駄なことにもあれこれ思考を巡らせたあげく、ようやく微睡みかけたとき、どこかで「グドン…」と彼を呼ぶ声を聞いた気がした。

 緊張の中で目を覚まし、じっと耳を欹てる。 

 空耳だろうか? それとも予測が外れて仙族がもう自分を捕まえに来たのか?

 喉の奥から思わず小さな呻き声が漏れた。

 ここでもまた、他人の思惑や利害に振り回されることになるのだろうか? どうして、世の中の奴らは皆、おいらのことを放っておいてくれないのか? 

 珍しく感情的になり、頭が暴力的な思考に支配されそうになった。

 ふうっと大きく深呼吸してやっとそれを抑え込み、立ち上がると、改めて声のしたほうへ耳を澄ませる。

「グドン…」

 微かだが、今度は確かに彼を呼ぶ声が聞こえた。

 誰だろう? 男とも女ともつかない奇妙な声…。

 迷わず小屋を出ると、グドンは暗闇の中を声のしたほうへ速足に歩きだした。

 あれは確か坑道の方角、というより、坑道の奥のほうから聞こえた気がする。

 坑道は、吹く風の影響で、不気味な音を発することがある、時にはそれが、半妖や化け物の声に聞こえたりする。

 歩きながら、グドンはそんなソウエイの言葉を思い出した。

 こんな真夜中、坑道の奥には誰もいるはずがない、そう理屈ではわかっていたが、心の中で何度否定しても、坑道へ向かう歩みを止められなかった。

 寝泊まりしていた小屋は、山道や坑道の入口から一番離れたところにあった。万が一、町の仲間が捜索しに来た時、少しでも逃げる時間を稼げるようにと配慮したためだ。

 ようやく坑道の入口が見えるところまできたとき、視線の先に黄閃砂(こうせんさ)の山がぼんやり浮かんでいるのが見えた。ほんのり明るく何とも幻想的で、一瞬、その光景に見とれたほどだ。

 月明かりに映えているのだろうか? 

 そこまで考えたとき、そうだ、坑道の中を行くなら灯りが必要になる、と気が付いた。暗闇でも自分は目がきくとわかっていたが、それでも灯りがあれば心強さが違うだろう。

 坑道の入口で火をつけられそうなものを探したが、何も見つからなかった。小屋から火種とランタンを持ってくればよかったと後悔したが、後の祭りだ。

 小屋まで戻るのも面倒だし、何より時間がもったいない。

 仕方なく、そのまま坑内へ入ることにした。

 中へ入ってまず、グドンが驚いたのは、暗闇であるはずの坑道が驚くほど明るく見えたことだ。坑道は視線のずっと先まで鮮明に見渡せる。しかも、前回よりさらに視界の明るさが増していた。

 前回が昼間、今回が深夜ということを考慮すれば、暗闇でものを見る能力が向上したとしか思えない。

 それでも、グドンは慎重に奥へと進んだ。もう速足で歩くのはやめ、地面を踏みしめるように一歩一歩前へ進む。

 十分、二十分、三十分…。

 その頃には、自分を呼んだのが実際の声ではないと確信していた。こんな遠くから、どんな大声で叫んだとしても小屋まで届くはずがない。何が自分を呼んだにせよ、それは人でも妖でも仙族でもないはずだ。

 こうして一時間以上も歩いたろうか。視界のずっと先に、突如、何かが見えた気がした。

 明るいものではなく、生き物でもない。何か黒い物体が幾つも奥のほうまで続いている。

 一瞬、息をのみ、いったん立ち止まってから、心を決めて再び歩き出す。

 近づくと、それは木製の箱のようなものだとわかった。

 長さは二メートル、幅と高さは一メートルほどもあるだろうか。二十数個はあって、それが一定間隔に奥へと並べられている。

 グドンはその一つに近づき、手を触れて表面を撫でるようにしてから、思わずあっと声を上げた。

 これは棺だ…!

 咄嗟に背を向け逃げ出しそうになる自分を、グドンは何とか抑え込む。

 これが棺だとしたら、いったい誰の棺だろう? それも一棺や二棺ではない。これだけの遺体があるということは…。

 そこまで考えれば答えは明白だった。いうまでもなく、亡くなった仙族の棺に違いない。

 それにしても、なぜこんなところに放置してあるのか?

 仙族の習慣や文化を知らないグドンは不思議に思ったものの、そのこと自体に興味はなかった。

 大事なのは、自分がここへ呼ばれたことと棺に何か関係があるかどうかだ。

 まさか死んだ仙族の魂がおいらをここへ呼んだわけではあるまいが…。

 とはいうものの、グドンは棺を開けて中を確かめてみないではいられなかった。

 死んだ仙族の体には何か変化が起きているだろうか?

 しかし、そのいっぽうで、余計なことに関わるなという臆病な声も聞こえた。

 両者が心の中で何度も葛藤を繰り返し、結局、好奇心が臆病な気持ちを駆逐した。

 棺の蓋は、釘などで封をされておらず、グドンが手をかけて力を入れると、するりと滑るように簡単に外れた。

 それでも、蓋をスライドさせる際には手が震えた。

 墓荒らしが棺の蓋に手をかけたとたん、中から、毛むくじゃらの緑色の手が伸びてその手をひっ掴み棺の中へ引きずり込む。

 そんな話をどこかで読んだ記憶があった。

 ありがたいことに、蓋を半分ほど開けても、緑色の手は伸びてこなかった。

 ほっと全身の力を抜き、棺の中を覗き込む。

 中には何の変哲もない年配の男性が寝かされていた。正確には男性の遺体が。

 見た目はまるで生きているようで、仙族の大広間で見た身動きできない病人とまったく変わらないように見える。

 本当に死んでいるのだろうか? そう疑ったほどだった。

 グドンは男の顔から腹部へと視線を移し、闇の中でさらに瞳を凝らした。

 男の内臓にはやはり何か黒いものが沈殿していた。その量も侵されている範囲も、かつて見た病人の誰よりも状態がひどい。ただそれはどこか、以前見たものと違う気がした。

 どこが違うのだろう? 

 眉根を顰めたグドンは、しばらく考えて、違うのは色だと気付いた。病人のものは色が黒ずんでいたが、この遺体は黒いながらもどこかぼんやりと光っているように見える。

 グドンは、ふと何かに心を突き動かされ動きを止めた。

 これと同じものをおいらはどこかで見た気がする。いったい、どこだろう…?

 ゆっくり手を伸ばし、男の腹部に触れる。

 すると、まるで男の腹が柔らかな粘土に変化したように、グドンの手をすっぽりその中へ包み込んだ。

 グドンは驚かなかった。それが当然のような気さえした。

 彼の手がさらに内部へと沈み込んでいく。そして、ついに内臓に触れた。

 触れた瞬間、グドンは黒い物体をどこで見たかはっと思い出した。

 これは作業小屋の近くに積まれていた黄閃砂(こうせんさ)だ!

 普段はその名に反して黒色をしている黄閃砂が、今はなまえの通りぼんやりと黄色い光を帯びて輝いている。

 手からは、ほんの少しの熱と微かな匂いまでが伝わってきた。

 黄閃砂には熱と匂いがあるんだ!

 新たな情報に感動しながら、グドンは、このことは何を意味するのだろうと考えた。

 これまでは内臓や脳の黒ずみは見えたが、それが何かはわからなかった。だが、黄閃砂とわかった今、問題解決の糸口を掴んだことにならないか?

 黄閃砂が病の原因だとしたら…。

 様々な疑問がグドンの頭を駆けめぐった。

 黄閃砂が体内に溜まっているのはなぜか? 

 原因が黄閃砂だとして、同じ仙族であっても、死ぬほど重症化する者と発病しない者がいるのはなぜなのか?

 それは、町の半妖たちが重症化しなかったことと何か関係があるのか?

 グドンが己の手を男の体内から引き抜いたとき、背後で誰かが、はっと息をのむ気配がした。

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