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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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34 最悪の結果

「いいよ。もう終わったから」

 グドンが告げると、四人が結果を待ちきれないように振り向いた。

「もう終わったのかね?」

「この速さなら、仙族全員を調べてもそれほどの時間はかからないな」

 それぞれ、興奮気味にまくしたてる。皆、心の不安を誤魔化したいのだ。

 ただボウだけは、不安を通り越して嫌な予感がしていた。

 静かで感情の見えない佇まい。これはグドンが何か隠し事をする際に見せる顔ではないだろうか? 

 グドンと何度か話をするうち、彼の性格や考え方、行動の仕方などが、彼女にも少しはわかるようになっていた。

「出来れば、結果は教えたくない」

 案の定、彼はゲゲたちの興奮に水を差すようなことを言った。

「え? 教えたくない? 今さら、それはどういう…?」

「ひょっとして、ボウのこと? ボウの結果が…」 

 思い当たったマキが、ボウに気を遣いつつ、優しい年長者の視線でグドンの顔を覗き込む。ゲゲとドウもボウを振り向いた。

 ボウは何といってよいかわからず、グドンに目を向けた。

「いや、教えたくないけど、隠しても仕方ないし、それですむ話でもないから、答えるのは答えるよ」

 とグドン。

「ただ知りたいと言ったはそっちだし、おいらは責任をとらない。それと、一つ条件があるんだ」

「条件?」

「そう」

 と頷いてから、ボウに顔を向け、

「ボウ、仙族の中で、あなたが一番信用できる仲間をここへ呼んでもらえる?」

 と頼んだ。

「わたしの一番信用できる仲間? 今、ここへ?」

 彼女は訳が分からない。これがグドンのいう条件なんだろうか?

「そう」

「いったい何のために…」

 彼女が目的を訊こうとするのを、時間を無駄にしたくないのか、ゲゲが遮り、

「まあ、いい。ボウ、呼んであげなさい」

 と、彼女へ向け手を振った。

 戸惑いつつも、いったん室内から出ていったボウが、すぐ父親のユンを連れて戻ってきた。実際に呼びに行ったわけではなく、どこか近くにいたようだ。

 来たのがタンタンでないとわかり、少しホッとした顔のグドンがユンへ、

「扉の外側に立って、誰も中に入らないよう見張っていてもらえる?」

 と依頼した。

 ユンは何も訊かず頷くと、部屋を出て扉を後ろ手に閉めた。

「さあ、誰の結果から始める?」

 グドンは改めてゲゲたちに向き合った。

 三人はほっとしたように表情を和ませた。

「わたしの結果から聞こう」

 ゲゲが手を挙げた。

「たとえどんな答えでも、受け入れる心の準備はできている。遠慮なくいってくれ」

 顔にはまだ笑みがある。

「病に罹患してる」

 間髪おかず、グドンが短く答えた。

 一瞬、「え?」となったあと、ゲゲの顔がみるみる蒼ざめた。笑みが顔から零れ落ちるように消え、唇の端が小さく痙攣し始める。

 他の三人はかける言葉もなかった。

 罹患している可能性はあるとわかっていながら、ここにいる四人は誰もが、自分は大丈夫と結果を楽観視していた。そんな根拠のない思い込みが崩れ去ったのだ。

「移住する者たちのことは、ドウとマキに任せるしかないな」

 作り笑いを浮かべると、ゲゲはようやく声を絞り出した。

「次は誰にする?」

 容赦のない声でグドンが先を促した。

「わたしは後にしよう」

 マキと顔を見合わせた後、ドウが自分の弱気を恥じるように言った。

 マキは冗談めかしてドウを睨み、

「じゃ、わたしね」

 と、やはり手を挙げた。

「あなたも罹患してる」

 グドンの声を聞いた途端、マキはこみ上げる涙を抑えきれぬように顔をゆがめた。

 何とか心の動揺を抑えようと唇を噛んで胸を大きく上下させ、

「ごめんなさい。他人の心配をしている場合じゃなかったわね。それに、こんなに動揺するなんて情けない。結果を早く話せと強要しておきながら」

 と気丈に答え、最後に、

「グドン、教えてくれてありがとう」

 と付け加えた。

 グドンに罪はないと知りながら、ボウは彼を小さく睨んだ。もう少し優しい伝え方があるはずだった。お年寄りに気遣いを見せることはできないのだろうか? 彼女は初めてグドンを咎める目になった。

 それに気づいたグドンは、仕方ないよという仕草で肩を竦めて見せた。

 ボウはマキに歩み寄ると肩を抱いて椅子に座らせた。

「わたしは、結果を聞くまでなさそうだな」

 血の気の失せたドウがマキの隣りに腰を下ろした。

「そうじゃないかね?」

 グドンは残念そうに頷き、

「罹患してる」

 とやはり短く答えた。

「計画を一から考え直す必要がありそうだな」

 とゲゲが呟いたが、今、何かを始めることはとても望めそうになかった。

 ほかの二人も黙ったままだ。

 三人を元気づけようと近づくボウに、グドンが声をかけた。

「ボウ、あなたも座ったほうがいい」

 四人すべてが、脳天を棒で叩かれたように体を震わせた。

「そんなの、嘘だわ!」

 悲鳴を上げたのはマキだ。

「ありえないだろう?」

 ドウも縋るような目をグドンへ向ける。

 ゲゲは黙って天を仰いだ。

 三人の罹患とボウの罹患には根本的な違いがある、と彼らにはわかっていた。

 指導者三人は行動範囲が似通っているし、老齢だから病に対する抵抗力も低く罹患率も高い。だが、ボウはまだ若く抵抗力も強いうえに、この土地で過ごした時間も短い。行動範囲も三人とは大きく異なった。そのボウでさえ罹患しているということは、仙族のほとんど全員が罹患している可能性があることを意味している。

 グドンが診たとき、四人の内臓には濃淡の差こそあれ、全員に黒いシミが見つかった。健常な臓器にはあるはずのないものだ。それは明らかだった。黒い何かに侵された臓器は、確実に彼らの生命を蝕んでいる。

「今後はどうするつもり? つまり、検査のことだけど」

 残酷とわかっていて、グドンはあえて尋ねた。

「仙族全員に同じ検査をする? それとも、もうやめる?」

 誰も答えられなかった。

 ドウが大きくふっと息を吐いた。

「病が見えるとわかっていながら、黙っていたきみの気持ちがやっとわかったよ」

 と、グドンへ詫びるような目を向ける。

 ボウとマキも顔を伏せたまま頷いた。

「仲間の皆がこれを知ったら、大変な混乱が起きるだろう」

 とゲゲ。

「世の中には知らないほうが幸せということもある。解決策のない紛争や治療法のない病などは、知ったところで絶望を生むだけだ」

 ゲゲの言うとおりだ、とグドンも老人の考えに賛成だった。

 だが、心配してるのは仙族の混乱や彼らのこれからではなかった。グドンの心配は、自分たちの前には闇しかないと知った仙族が、彼に対しどんな態度をとるかということだ。

 病の原因が誰によって持ち込まれたかという疑問は、もうどうでもよい。すでに理屈をこねている時間は過ぎた。大事なのは、死を前にとにかく一矢を報いたいという強い感情の捌け口が、どこへ向かうかということだ。その対象は現在グドンしか考えられない。

 おいらはお客様じゃないし、ましてや救世主じゃない。ただの処刑の対象だ。検査の結果を告げる際、やや冷酷な態度をとったのもそこに理由があった。

 グドンは歩いていってドアを開けユンを招き入れた。

 入ってきたユンは、室内のただならぬ雰囲気に圧倒され、唖然とした様子でゲゲたち指導者へ目を向けた。この室内でいったい何が起こったのか? 

 仙族の四人はまるで悪魔でも見たように血の気のない顔つきをしている。

「大丈夫なのか、ボウ?」

 と、真っ先に娘のことを案じたのは無理からぬことだった。

 ボウが黙って頷く。

 しかし、内心は父親の胸に縋りついて泣きたかった。

「迷惑だろうと思うけど、今すぐ、おいらを坑道前の小屋まで送り届けてもらえる?」

 グドンがユンの注意を引いた。

「坑道前の小屋?」

「いや、それは駄目だ…」

 ユンが答えるより早く、ゲゲが口を挟もうとする。

「おいらの役目はもう終わったはずだよね?」

 訊いているのではなく、断定だった。

「このために、前もってボウの父親を呼んでおいたのね…」

 初めてグドンの思慮深さに気付いたマキが、驚くと同時に感心した声を出した。 

「今のボウには、この子を送り届ける余力はないからな」

 ドウもグドンを見直す目になっている。

「できれば、結論が出るまで、今晩だけは…」

 仙族の住処に留まってほしい、と尚も言いかけたゲゲをボウの声が遮った。

「わたしが約束したんです」

「約束した?」

「役目が終わったら、すぐに地上に戻してあげると。それを条件に、ここへ来ることを承諾してもらったんです」

 顔は蒼白なままだったが、彼女の声には力が戻っていた。タグと言い合いをしたときと同じ強い目をした、あのボウだ。

「お父さん、この子を地上まで送ってあげて」

 有無を言わせぬ口調だった。

 ユンは戸惑ってゲゲたちの指示を仰いだ。

「この子の言うようにしてあげてくれ」

 束の間、逡巡したのち、ゲゲは仕方なさそうに頷いて見せた。

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