33 罹患者は誰?
ゲゲがずばりというと、ドウとマキだけでなく、ボウも息をのんだ。
「こ、この子に病が見える?」
マキは衝撃に耐えきれず思わず立ち上がってしまった。
ドウはといえば、手が震え、飲むふりをしていたお茶の湯飲みを落としそうになり、ボウは呆然と目を丸くしたまま動けないでいる。
「それは本当なのか?」
ドウはゲゲの顔を睨みつけた。
冗談なら、相手が首長でも許さないぞ、そんな張りつめた緊張感が彼の表情から覗いている。それにしても、これほど大事な情報をゲゲがどうしてこれまで隠蔽していたのか、ドウもマキもとうてい理解できなかった。
「本当なの?」
マキも同じことを言った。
しばらくの静寂ののち、グドンが頷くと、三人はそろって何度も首を振った。
「信じられない…」
マキが呟いたが、信じられないのはグドンにそうした能力があることか、それを黙っていたゲゲの不実か、判然としなかった。
それよりも、ゲゲが彼のそうした能力をなぜ知っているのか、グドンはそのことのほうが気になった。恐らく、ボウと一緒に仙族の罹患者を診察した際、ゲゲにずっと観察されていたのだ、と彼は推測した。
「でも、それが何なのか、どうしてそうなっているのか、どう治せばいいのかは、おいらにはわからない。だから、話さなかったんだよ」
と、グドンは弁解した。彼らに余計な期待をもたせ仙族全体を混乱させたくなかった、と言いたかった。
「君の気持はよくわかる。わたしも同じ理由で黙っていた。話したところで事態を混乱させるだけで、何も得られるものがない、と」
「この子の気持ちがわかるですって?」
マキの声には相手を非難する響きがこもっていた。
「病気の治療に直結しなくても解決の糸口はつかめたはずよ。皆で力を合わせれば、新しい展開もあったかもしれない。それをこれまで隠しておいて、この子の気持ちがわかるとか何とか、そんな言葉で胡麻化そうとするの?」
ドウも同意するようにゲゲを厳しく睨みつけた。
「じゃ、どうして今日はおいらを呼んだの?」
彼らの口論を無視してグドンはゲゲに訊いた。
「状況が変化したからだ」
ゲゲが答えた。
「状況が変化した?」
「計画を変更したといってもいい。我々はここを離れる決心したんだ。つまり、集団移住する」
ドウとマキは驚いてゲゲの発言を止めようとしたが、もう手遅れだった。
「そんなことを話してどうする? 我々の状況がそこまで切羽詰まっているとこの子が知ったら…」
心の動揺を隠せないドウとマキとは対照的に、グドンは落ち着つき払っていて、無表情のままだった。
「驚かないね?」
ゲゲがグドンに訊いた。
「我々が病人を残してここを去ると知っていた?」
グドンが頷く。
「何となく」
ゲゲが問い質すような視線をボウに向けると、彼女は慌てて首を振った。
話したのはわたしじゃありません!
「ボウが話したんじゃないよ。それに、仙族の中には、そのことを知っている仲間がもう少なからずいると思う。皆、家財道具の売却を進めて、ここから離れる準備をしているから」
彼の話を聞いたボウは、サンサンたちのやり取りを思い出し、そういうことだったのかと今さらながらに驚いた。
ゲゲが、同僚であるドウとマキに視線を移すと、二人は内心の後ろめたさを胡麻化すように顔を伏せた。
ゲゲの溜息が大きくなる。
「まあ、それはともかく…」
彼は仕切り直す口調で、
「我々がここを離れる上で、誰が病に侵されていて、誰が健康体なのか調べる必要があるのだよ。だが、我々にそんな力はない。そこで、グドンくん、是非ともきみの協力をお願いしたいんだ」
やっと事態がのみ込めたようにグドンも頷いた。
「そういうことなら、別に構わないけど…」
それなら、確かに自分にも力になれるかもしれないという気がした。ここを離れたはいいが、新たな土地で、ひとり、また、ひとりと患者が出れば、もう取り返しのつかないことになるだろう。そうならないためには、予め誰が罹患者か確認しておく必要がある。
「でも、それは、仙族全員の健康状態を確かめるということ?」
グドンが訊くと、ゲゲが大きく頷いた。
「もちろん、ここを離れる予定のないものは除外される」
グドンは考える顔になった。
それだけ大人数ということになれば、かなりの時間と労力を使うことになる…。
「お願いよ。我々を助けてちょうだい」
やっと平静を取り戻したマキが懇願した。
「頼む」
とドウも頭を下げる。
「もし力になってくれたら…。そうだ、ボウを婚姻の候補者から外してもいい」
何としても協力させたい、そんな焦りから出た言葉だったが、ゲゲが強く舌打ちした。
「何をいう。失礼ではないか。交換条件など出す必要はない」
「いや、わたしは…」
言い訳しようとしたが、羞恥心から目を伏せたボウの姿を見て、すぐ自分の非を認め、
「すまなかった。今の言葉は撤回する」
それをグドンは片手を上げて制した。
「いいよ。おいらで力になれるなら」
「え?」「本当かね?」「本当?」
四人全員がほっと胸をなでおろす。
「誰と誰を診ればいいのか、それだけ教えて。結果が出たあとはそちらに任せます。おいらはそれでお役御免ということで、すぐに地上へ戻してもらえると助かるかな」
「もちろん、いいとも」
ゲゲが請け合った。
「とりあえず、ここにいる四人からお願いできると助かる」
グドンも勿体をつけて時間を無駄にしたくなかった。椅子から立ち上がると、壁の一面を指さし、
「壁に向かって並んで立ってもらえます? つまり、こちら側に背中を向ける格好で。服を着たままで構わないから」
「立つだけでいい? 横にならなくていいのね? それに前から見てもらったほうが詳しくみられるんじゃないかね?」
「その必要はないよ」
彼らの内臓を覗こうとすれば、どうしても裸まで見えてしまう、とはいい辛かった。それに、ボウの裸はともかく、ほかの三人の裸を見るのは、出来ることなら願い下げにしたかった。
四人はいわれるまま壁に向かって立った。
誰もが緊張と興奮を抑えきれないでいる。もし自分が罹患していたらどうすればいい? そんな不安が心の中で渦巻いていた。
万が一にも罹患していた場合は、ほかの患者とともにここに留まることになる。恐らく死ぬまで…。
彼らの思いにはかまわず、グドンは一人ひとり観察を始めた。
ゲゲ、ドウ、マキ、最後にボウ…。
しかし、その目が次第に暗澹となり、最後は全身に緊張が広がった。




