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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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31/59

31 ボウのお願い


「ボウは山の裏側にある沼の近くまで行ったことはある?」

「あるけど…」

 なぜ、そんなことを訊くのかといいかけて、すぐ合点がいったように、

「沼を通って逃げられないかと考えているのね?」

「その通り」

「残念ながらその計画は駄目よ」

 と彼女は容赦なく否定した。

「沼からは有毒ガスが出ているから、あなた方は生きて通り抜けられないと思う。仙族なら影響は受けないけど、迷い込んだ獣の腐乱死体があちこちにあって気味悪いから、わたしたちも近づかない」

「沼は山脈の裏側全体に広がっているの?」

 沼から毒ガスが出ていることは、グドンも話に聞いて知っていた。ただ他人の話と実際は違うことも多い。町で散々噂をたてられてきたグドンは、他人の話を鵜呑みにするのは愚かな行為だと身に染みていた。だから、改めて確認したかったのだ。

「全体とは言えないかも」

 思い出す目になりながらボウが答えた。

「かなり広く沼がつながっている地域もあるけど、大半は小さなものが点在している感じだから。でも、風でガスが広がったりするから、沼から少し離れていても、安全とはいえない。わたし自身経験はないけど、山のこちら側にも、以前は年に一度か二度有毒ガスが流れてきていたらしいわ。毒が薄まっていて、獣たちや植物に大きな被害はなかったようだけど…。それも、あなたたちが来てからなくなった。きっとあなたのお父さんが何かしたのね」

 そんなところにまでセイイツが影響していると知り、グドンは改めて彼の力の大きさに驚嘆した。

「仙族の中に、あの人と話したことのある人は、今もいる?」

「お父さんと? なぜ?」

 彼女はグドンの気持ちを思うやるように、

「自分の出自について知りたい?」

「うん。それもあるけど、半妖の英雄がなぜこんな田舎へ移動してきて隠れていたかを知りたいんだ。町の仲間に何度も訊いたことがあるけど、誰も教えてくれない。それと、なぜ、皆を見捨てて無責任にここを離れたのかも」

 ボウは真剣に少し考え込んだあと、

「わかったわ。年長の人たちに心当たりがないか訊いてみる」

 と真面目な顔で頷く。その姿が妙におかしくて、グドンは笑ってしまった。

「何?」

「いや、何でもない。でも、おいらは訊きたいことは全部訊いたし、今度はそっちが本題を切り出す番かなと思って」

「本題?」

 ボウは戸惑った顔になった。

「おいらに会いに来たのには何か理由があるんでしょ?」

 前回気まずい別れ方をしてから、ずっと遠くから眺めているだけだったボウが、突然、話しかけてきたのにはきっと何か事情があるはずだ、とグドンは睨んでいた。

「きみは、それほど暗い顔をしていないし、おいらを処刑する話ではないと思うけど」

「処刑? 誰かに何か言われたの?」

「いいや。でも。そんな匂いがするから」

「匂い?」

「おいらは町にいたとき、もう少しで処刑されるところだった。いわば経験者なんだよ。その時と同じ匂い、空気かな。そっちは気付いていないだろうけど」

 あっさり言ってのけたグドンは小さく笑った。

 ボウは開いた口が塞がらなかった。いったいどういう状況で、グドンは半妖の仲間から処刑されようとしていたのだろうか? 

 さっき、グドンは、自分の置かれた状況はボウより切羽詰まっていると言った。その理由が今わかった気がした。

 そんな経験を持ちながら、厭世感や悲壮感、他人に対する不信感といったものは、彼からまるで感じられない。むしろ、自分の過去を笑い飛ばしている感じさえする。

 ボウは改めてグドンを見直す気持ちになった。

「処刑なんて、とんでもないけど…」

 と弁解しながら、ボウの声は尻すぼみに小さくなった。

「何? 今度は何をさせようというの?」

 グドンは声を出して笑った。

「以前にも試したことだし、わたしは無意味だといったのよ。それにあなたは引き受けるはずないと…」

 だいたい、拘束し自由を奪うつもりの相手に対し、友好や寛容、ましてや施しを求めるなんてどうかしてる…。

 口の中でモゴモゴいうボウに、グドンは手を差し出した。

「何でもいいけど、協力するよ」

「え? 何?」

「ボウのお願いを聞いてあげる。また、病を治す手伝いをしろとかいうんでしょ? おいらが役に立つとは思えないけど、ボウが困ってるならもう一度試してみてもいい。それと父のことを皆に訊いてもらうお礼かな。交換条件と考えてもいいよ」

「ありがとう」

 彼女は本当にすまなそうに頭を下げた。

「いいよ。でもボウは、どうしてそこまでおいらに気を遣ってくれるの?」

「気を遣う? あなたに? そんな気は全然ないけど…」

「じゃ、特別扱いではなくて、誰にでもこう?」

 やっと気が緩んだのか、ボウは笑顔になった。

「わたしは底なしのお人好しと言われることがあるわ。それに、グドンは優しいから、どんな女の子も無意識に好かれたいと思うはず。気を遣っているように見えるとしたら、わたしもそうなのかも」

「無意識に好かれたいと思う? おいらに? その意見には絶対に賛成できないという女の子を、おいらは一人知ってるよ」

 ホウカの顔を思い出しながらグドンは苦笑いした。

 いっぽう、ボウはグドンに言われたことを真面目に考えていた。わたしがグドンを特別扱いしてる? 気を遣ってる? もしそうなら、それは自分がお人好しだから? それとも、本当にグドンに好かれたいと思ってる…? 

「それで、そのお願いというのは、いつやるの?」

 とグドンが訊く。

 ボウはまたぞろ気まずそうに頬を赤らめた。

「できれば、今すぐ」

「え? 今すぐ?」

 それから思わず笑い出す。それにつられ、ボウもようやく笑顔になった。

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