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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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30 グドンの変化

 グドンは池の畔で大の字に寝ころび惰眠を貪っていた。

 池といっても湖を思わせるほど大きく、源泉から清水が大量に湧き出しているせいで、池底がはっきり見えるほど水は透き通っている。

 寝ころんだ体の下には、池の畔に生えた落葉樹の落ち葉がうずたかく積もり、いわば天然のベッドを形成していた。

 もう晩秋だが、日の光は春のように暖かで、横になり目を閉じていると、それだけで微睡みそうになり、心身ともに癒される気がした。

 ここは鉱山が閉鎖される前、鉱石を分離精錬するための、虚淋酸を含む水をくみ上げていた場所だ。

 池の周辺にはそのための設備もまだ残されている。

 最近、グドンは昼中ここへきて、昼寝をするのが日課になっていた。景色はいいし、獲った獣の肉を処理するにも適している。喉が渇けば新鮮な水がいくらでも飲めた。

 水に含まれる虚淋酸には栄養はないが、といって害もない。含まれている成分が少ないからか、飲んでも味は普通の水とまったく変わらなかった。

 緑金石を精錬する際は、臼で引いたのち、この水を注いでから加熱する。すると、緑金石だけが下に沈殿し、黄閃砂は分離して水面に浮かび上がる。それを掬って除去すれば、あとは水を濾すだけだった。

 グドンが日の光を瞼に感じながら微睡んでいると、落ち葉を踏んで遠くから近づく足音が聞こえた。

 誰だろう? 偶然の通りがかりということはありえないから、ここへおいらを探しに来たのに違いない。だとすれば、ボウかタンタンくらいか…。

 町の半妖かもしれないとは思わなかった。鉱山へきてもう半月以上になるが、彼らは一度として探しにくる様子を見せない。理由はわからなかったが、もうグドンには関心を失ってしまったように思えた。

 だが、来ないなら来ないで構わなかった。どうせ彼に帰る気はなかったし、揉め事にならずにすめばそれが何よりだった。

 なぜか、自分を探しに来る可能性はもうない気がする…。

 彼が体を起こし振り向くと、近づいてくるボウの姿が見えた。

 歩いてきたということは、自分を驚かし警戒させるのを避けたかったのだろう。足音をガサガサたてながら近づく敵はいないから。

 近くまできて、久しぶりに彼の姿を目にしたボウは目を丸くした。

 グドンの外見があまりに大きく変化していたからだ。

 肌が日にやけ精悍になっただけでなく、体格が一回り以上大きくなり、年齢も以前より二三歳は老けて見えた。

「グドン、あなた、本当は何歳なの?」

 掌で日差しを遮りながら、ボウが笑った。

「十八になったばかりかな。でも実際には何歳かわからない。言ったでしょ? おいらは路上で生活していたって。だから、小さいころのことはあまり覚えていない。いつが誕生日かなんて教えてくれる人もいなかったし。だけど、どうして?」

「自分がすごく変わったのはわかってる?」

 グドンは頷いた。

 一日中、山の中を走り回り、食事の制限をせず、崖をよじ登り、池で泳ぐ。

 そうした日常を繰り返していながら、何も変化しなければかえって奇妙といえた。

 だが、自分の変化が常識を超えたものであることもグドンは承知している。十八にもなって半月余りの間に十センチ近く身長が伸びたり。急に体格がよくなったりすることは普通はない。

 変化は外見だけはなかった。狩猟の対象である獣も、中型のものから竜毛熊など大型獣に変化した。初めは動きを封じることさえ苦労したが、今はほとんど精神的な疲れを感じないで制御できる。自然界の獣を制御し操るのだ。

 ボウはグドンの隣りに腰を下ろした。

「ここのところ、毎日ここへ来てるのね?」

「うん。何となく落ち着くし、活動するのに色々便利だから」

 ボウが時折遠くから様子を窺っているのをグドンは知っていた。監視や観察というより、彼の安全確認が目的のようで、ごく短時間だ。近づいて話しに来ないかと期待して待っていたが、彼女は確認が終わって安心するとすぐに姿を消した。

「活動というのは獣の肉を捌いたり、食事したりすること?」

「あとは水も好きなだけ飲めるし」

 ボウがなぜか驚いた顔になった。

「水を飲むの? ここで?」

 言われて、グドンのほうが怪訝そうに彼女を見た。

「この池の水には何か問題があるの? おいらの知っているかぎり体に害はないはずだけど」

 うん、と頷いたものの、ボウは何やらそわそわして顔を背けようとする。

「どういうこと?」

 気になったグドンが尋ねたが、ボウはあらぬほうに目を向け返事をしない。

 グドンはそんな彼女の脇腹を反射的に指で軽く突いた。

「あ!」

 と彼女が悲鳴を上げる。

 なぜそんなことをしたのか、グドンは自分でもよくわからなかった。ただ何かを隠そうとしている彼女の姿が堪らなく可愛らしく思え、揶揄いたくなったのだ。

「ごめん」

 振り向いたボウに、グドンは素直に謝ったが、その声にはどこか彼女の反応を楽しむ響きがあった。

「おいら、出身が下賎だから、つい。でも、この水のどこが問題なの?」

 胸のドキドキが収まらない様子のボウは、それでもしばらく彼を睨んでいたが、仕方なさそうに吐息をつくと、

「わたしたち、ここでよく水浴びをするの」

 と答えた。

「水浴び?」

「そう。沐浴のようなものね。日が沈んだ後、仙族の仲間は皆よくここへくるわ」

 グドンは、裸で水浴びしているボウたちの姿を思わず想像し、それを慌てて打ち消した。それがわかったのか、ボウの頬もほんのり赤らむ。

「驚いたな。仙族にも入浴が必要なの? というか、体を洗ったりする必要があるの?」

 ボウが苦笑した。

「わたしたちの生活は、人族や妖族とそれほど大きくは違わないのよ。グドンが思うよりずっとね。食事だって、食べられないんじゃなくて、食べる必要性が低いだけ。だから、内臓もちゃんとあるわ。実際、果物を時々口にする。以前話したように味覚は劣化しているけど、食べれば、これはこんな味だとはっきりわかる。神経伝達されるんじゃなくて脳がそれを思い出す感じね」

「へえ、すごいな」

 グドンは何だか感動した。

「似ているのは、生活や肉体だけじゃないわ。喧嘩もするし、強欲や裏切り、嫉妬…、何でもある」

 ボウの顔はどこか寂しげだった。

「わかるよ」

 と、グドンは頷いた。

 生きている限り、良い意味でも悪い意味でも競争は避けられない。そして、残念ながら結果として、勝者と敗者がいる。

「ここが嫌なら、逃げ出してしまえばいいのに」

 グドンは思わず彼女を唆すようなことを口にした。

 病のこともあるし、強制された婚姻のこともある。彼女がここを逃げ出すには十分な理由といえた。

 ボウの顔にやっとはにかむような笑顔が浮かんだ。

「わたしはグドンのように強くないから駄目ね。それに、ここを逃げ出したところで、どこへ行っても結局は同じ」

 グドンには、彼女のいう意味が分かる気がした。

 彼自身、それがこの年齢になるまで渉不城を出なかった理由のひとつでもあった。世の中、どこへ逃げても大きな違いはないのかもしれない。

「でも、グドンは勇気があるわ。町から抜け出して新しい世界を見つけようとしている」

「勇気なんてないよ。ボウより少しだけ切羽詰まっているだけかも…」

 それから、ふと思いつき、

「そうだ、ひとつ訊いていい?」

「ふふ、何でもどうぞ」

 ボウが蕩けるような笑顔を見せた。

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