29 移住
仙族の住処にある狭い一室。
誰かを待っている様子のゲゲとドウが、テーブルを前にかけている。
ゲゲは相変わらず穏やかで無表情だが、ドウは露骨に苛立ちを顔に出している。室内に時計はないが、仮にあったら、一分おきに時刻を確認していたに違いない。
焚火の前でグドンがボウたちと会ってから半月近くの時が過ぎていた。
ドアが開き、マキが暗く疲れ切った顔で入ってくると、ドウは待ちわびたように立ち上がり、強い口調で彼女を責めた。
「遅いじゃないか! 大事な話があると、ゲゲが直々に連絡したはずだろう。今は一刻も早く、今後どうするか結論を出さなければならないんだ」
マキも負けていない。溜まった鬱憤を晴らすように、
「亡くなった仲間の家族にお悔やみを言いに行っていたのよ。こんな嫌な役回りをさせられる者の身にもなってごらんなさいよ」
と怒鳴り返す。
「指導者の無能を散々罵られて、それでも言い返せずに頭を下げてきたんだから」
「まあ、まあ」
と、ゲゲが二人をとりなすように両手を掲げ、
「苛々を互いにぶつけあっても仕方ないだろう? ミョウ(卯)のところか? これで今年十二人目だな。家族も怒りの吐き出しどころが見つからないんだ。きみにはそんな辛い役目を押し付けて申し訳ないと思っている」
と、マキに向け深々と頭を下げた。
ドウとマキもさすがに冷静さを取り戻し、恥じ入るように口を噤む。
「それに、指導者であるわたしの判断が遅れた。それも認めるよ」
ここ半月あまり、死者の数が増えたことで、仙族は新たな決定を迫られていた。
渉不城からの移住だ。
ここ十数年、仙族に病が蔓延する中で、ゲゲたちも、決して何もせずただ手を拱いていたわけではなかった。
病因を特定しようと、すべての患者の背景を徹底的に調査し、また分析もした。
性別、年齢、族内での役回り、普段の行動範囲、嗜好…。
だが、そのどれにも特定の一致点を見いだすことができなかった。どれもバラバラで、誰でも罹患する可能性があるいっぽう、なぜか罹患しない者も多かった。
一時は伝染病であることも疑われたが、患者の家族やどれほど親しい友人であっても、必ずしも罹患するとは限らない。むしろ、罹患しないほうが圧倒的に多い。確証はなかったが、伝染性はないのではないか、と一応結論付けられた。
しかも、初めの十年ほどは患者数もごくわずかで、年に多くとも四五人程度。症状はどれも軽く、そのことが結果としてゲゲたちの判断を遅らせることになった。
現在は仙族の十分の一以上が罹患し重症者も日を追うごとに増えている。
「今からでも遅くない」
とゲゲが続けた。
「ドウが言うように一刻も早く行動をとるべきだ。ドウ、頼んでおいた名簿はできているかね?」
「もちろん。ただ、名簿から漏れた者からは不満が出るかもしれんが」
彼らはようやく集団移住する決心をした。
だが、問題は、患者を一緒に連れていくわけにはいかないことだった。行く先々で受け入れを拒絶される可能性があったからだ。伝染性はないというのは、あくまで彼らの推測に過ぎず、証拠はない。
だが、患者を置きざりにするとなると、彼らと一緒にここに残り看病する者が必要になる。元より、患者を置き去りにして逃げることを拒否する家族も多いだろう。
そのため、予め移動する者の名簿を作ることにした。皆には、移動する者の第一弾と説明し、仙族内で混乱と分断が起きないようにする。その名簿をドウが作成し、今夜、それを会議に諮る計画だったのだ。
今は一刻も早く行動をとるべきだった。
「不満が出るのは承知の上だわ」
マキも事の重大さを示すように深く頷いた。
「名簿に入れたのは何人だね?」
とゲゲ。
「四百三十八人だ。病人はもちろん。その家族も全部はずした。過去、ここを離れることに強く反対した者も入れてない。できる限りもめ事は避けたいからね。逆に、こっそりここから逃げ出そうと画策していた者はすべて名簿に入れてある。彼らを満足させるのは癪に障るが、余計な紛糾を避けるためにはそれしかない」
「そうね。そのうえで、考えておく問題は二つね」
と、マキが心配げに指摘する。
「ひとつは、我々がここを離れると知ったとき、病人たちがどんな反応をするか。裏切られたと思うでしょうし、見捨てられたと自暴自棄になる者もいるかもしれない。もうひとつは今症状が出ていない者が、本当に健康体なのかということ。ここを離れたとたん、症状が表れたりしたら、混乱が起きるのは目に見えている。それにどう対処すればいいか」
「一つ目に関しては、無視するほかはないな」
と、ドウが短く答えた。
ゲゲが心ならずも頷く。
「確かに、今はすべての仲間が納得する回答を探している時間はない。二つ目の問題に関しては、私に少し考えがある。うまくいくかどうか自信はないが…」
「何?」「どんなことだ?」
そんな具体案があるのかと、ドウとマキがゲゲに目を向ける。
「いや、その前にもう一つ、確認しておきたいことがある。半妖の町で起きている住民殺しの一件だ。あのことに、仙族の仲間は本当に関係していないんだな?」
「なぜ、今、そんな話を持ち出すんだ?」
ドウが露骨に不快を示した。
実のところ、この件に関しては何度も三人の間で協議していた。
事件の特異さを考えても、犯人として一番先に疑われるのは仙族の仲間だったからだ。
鉱山のことがあり、仙族には町の半妖に恨みを持つ者が少なくない。副城主の一人が犠牲になり、今回、グドンが仙族の仲間に襲われてからは、その疑いがさらに深まった。
「前回も話したろう? わたしは改めて調査をした。しかし、半妖殺しが起きた夜、仲間で、この住処を離れた者はいない」
とドウが断言した。
仙族の風紀、治安に関しては彼が責任を負っている。
「疑わしい者、可能性のある者はとくに徹底して調査したから、間違いない」
「例外はないと?」
とゲゲ。
「ない。まあ、ボウのような子が、裏の顔を持っていたら保証の限りではないがね」
ドウの回答に、やっとゲゲも笑顔になった。
「でも、今、なぜその話を持ち出すの?」
とマキ。
「それはすぐにわかる」
ゲゲが思わせぶりに答えたとき、部屋の扉を誰かがノックした。
「ああ、噂をすれば影だな」
扉を開けるため自ら席を立ったゲゲに、ドウとマキは顔を見合わせる。
この爺さんは何を企んでいるの? 噂をすれば影? いったい誰だろう? 随分もったいをつけるけれど…。
ゲゲに促され、部屋に入ってきたのは外ならぬボウだった。
「何だ、待っていたのは本当にボウか?」
ドウとマキが怪訝そうにゲゲを見る。ボウも呼ばれた理由を知らないらしく、不安そうに会釈すると、ゲゲに勧められるまま椅子にかけた。
ゲゲは自分の席に戻るなり、
「彼女が先ほど話していた、二つ目の問題点の回答だよ」
と言った。
「どういうことかな?」「どういうこと?」「何ですか?」
三人が同時にゲゲに問いかけた。
「ハハ、実はきみに力になってほしくてね、ボウ」
「わたしがあなたの力になる?」
ボウはまるで狐につままれた顔つきだ。
「正確にいえば、きみが気にかけている半妖の少年グドンくんの力を借りたい」
ドウとマキが慌てて何かいおうとするのを、ゲゲは手で制し、
「我々は、仲間を連れてこの土地を離れることを決めたんだ。病人を残したままね。その前に、グドンくんの力を借りてやりたいことがある」
ボウは雷に打たれたように椅子から腰を浮かせかけた。
ドウとマキも驚いて口を挟もうとする。
先ほど、ゲゲが半妖の話を持ち出したのも、彼の計画にグドンが関わってくるからだと気付いた。
「今、この子にそんな話をするのはまずいんじゃないか?」
「そうよ」
「いや、今しかない。どうだろう? ボウ、助けてくれるかね?」




