28 グドンの失望
「この子にそんなことを訊いても仕方ないじゃないの!」
ボウが割って入って厳しい声を出した。
「今さら、隠す必要があるの?」
タンタンも強い声で反論する。
「仙族はこの子の助けを必要としてるんでしょ? だったら、すべてを話すべきよ。もしかすると、本当に何か病気を治す方法が見つかるかもしれない。あなたも見たでしょ? この子は特別なのよ」
「おいらにもわかるようにちゃんと説明して」
グドンはタンタンを無視して、ボウに視線を向けた。
理由もわからぬまま、他人の勝手な事情で振り回されるのはもう飽き飽きしていた。巻き込まれるなら、そうなった背景だけでも正確に把握しておきたい。
それでも、ボウは散々逡巡したあと、
「仙族の婚姻は肉体的なものじゃなくて、魂の結合が主だと知ってる?」
と、やっと決心したように切り出した。
グドンは黙って頷く。
ボウは、仙族が置かれている現状について詳しく説明した。不妊や啓示、婚姻に関する新たな試みについても。
話を聞くうち、グドンもタンタンが何をムキになっているのか理解できた気がした。
「そのために、ボウやわたしたちは啓示のない相手と結ばれようとしているの」
ボウの話が終わると、タンタンは最期にそう付け足した。
グドンはボウから目を離せずにいた。
ボウは話し終えたあと、居たたまれない様子で視線を逸らせている。まるで裸のままグドンの前に立たされている感じだった。
だが、そんな彼女の態度とは対照的に、グドンは冷めた目で事態を把握し、心のどこかで失望さえ感じていた。
こんな聡明に見える女性が、理屈に合わないことのために自分を犠牲にしようとしている。でも、なぜ? これじゃ、親に言われて、好きでもないグドンと結婚しようとしていたホウカと変わらないじゃないか。
誰かの満足や不安解消のために、ほかの誰かを犠牲にするのは馬鹿げている。いや、本当に不安解消になるかどうかさえ怪しかった。
ボウたちは一時凌ぎをするためのただの道具に過ぎない。皆が感じている恐怖や鬱屈をちょっと麻痺させるだけのスケープゴート。都市生活者が日々の憂さを闘獣で紛らわせようとするのと同じだ。
残念なのは、そんな意味のない儀式にボウまでも加担しようとしていることだった。
正直いって同情する価値もなかった。
「まず第一に」
短い沈黙ののち、グドンは大きく胸を上下させ切り出した。
自然と突き放すような口調になった。
「おいらに、仙族の病を治す能力はない。そう思うだけじゃなく、実際に病人を診たとき何もわからなかったから、そう断言できる。治し方もわからないし、病の原因もその仕組みもすべてまったくわからない」
タンタンは口をへの字に曲げて聞いている。
「第二に、同情はするけど、仙族の病はおいらの責任じゃない。仙族は、町の仲間が病の元凶を作ったと思ってるのかもしれないけど、証拠があるわけじゃない。仮にそうでも、鉱山ができたころはおいらはまだ生まれてもいない。鉱夫の仕事をしたこともないしね。それでも仙族は、仲間がやったことだからおまえが責任を取れ、というかもしれない。でも、おいらは責任を取る気はないよ。それはおいらに怪我をさせたのが仙族でも、あなた方二人が責任をとらないのと同じ理由だ。ひょっとすると加害者本人でさえ、何の懲罰も受けていないかもしれないけどね」
ボウとタンタンはともに気まずそうな顔になった。
「第三、あなたたちの婚姻のことはおいらとは関係ない。そんな言い方でおいらに協力させようとしても無駄だよ。はっきりいって気の毒だとも思わない。自分の犠牲の上に仲間の幸せを築こうとする考え方も、そんな愚かな行為に協力しようとする者もおいらは嫌いだ」
タンタンが少しだけ固い表情を緩めた。その考え方には彼女も大賛成だったからだ。
「第四、あなたたちに、おいらと友達になりたいという気持ちがないなら、毎日、こっそり後をつけてくるのはやめにしてほしい。正直、苛々してる。他人に四六時中生活を覗かれるのは、誰だって嫌じゃないかな。宙に浮いて隠れていても、それは同じだよ」
ボウとタンタンは顔を見合わせ肩を落とした。自分たちが愚かで無意味な努力を続けていたことに、やっと気付いたからだ。
「わかってもらえたのなら、もう放っておいてもらえるかな?」
グドンは引導を渡すように二人に告げた。
ボウは腰を上げようとしたが、タンタンは尚も食い下がろうとした。
「でも、あなたには、確かに能力があるでしょ? 今は駄目でも、わたしたちと一緒に努力してもらえたら…」
「おいらの能力なんてこども騙しだよ。あなたが凄いと思ったとしたら、それは元々おいらを見下していたからだ。人族や半妖がことばを話しても誰も驚かないけど、獣が話せば驚くでしょ、それと同じ理屈。宙に浮いたり、地下へ潜ったり出来るほうが余程すごいと思うよ」
引き下がろうとしないタンタンを、
「いいたいことは、もう全部喋ったでしょ?」
と、ボウが腕をとって無理やり立たせた。
タンタンはようやく諦めたように立ち上がったが、それでも最後に、
「あなたがボウを見殺しにするなんて信じないわ」
と捨て台詞を吐いた。
遠ざかっていく二人の背中を目で追いながら、グドンは改めて長々と吐息をついた。殊更厳しい言葉をボウに投げつけた自分にも嫌気が差していたし、これで仙族の監視から逃れられるとも思っていなかった。きっと今後も、自分たちの問題に彼を巻き込もうとするだろう。
なぜ、これほど多くの者が自分に執着するのか、グドンには理解できなかった。
町の住民、とりわけムダイやホウカも同じだ。
決して自分に好意を持っているとは思えないのに、付きまとって離れない。おいらに何か彼らを引き付けるものがあるんだろうか? 仮に引き付けるものがあるとして、問題は、それがただの幻想、誤解の産物に過ぎないことだ。
ボウを助けてやれるのなら助けてやりたい。でも、無理なんだ。おいらに、そんな能力はない…。
グドンは再び肉の串を手に取ったが、食欲はもう完全に失せていた。
グドンの視界を外れたボウは、やっとタンタンの腕を放した。
「グドンの能力をゲゲやマキに話すべきよね?」
悪びれたところも見せず、タンタンは自分の腕をさすりながら無垢な顔でしれっと言ってのけた。
「よくいうわね。次から、どんな顔をしてグドンに会ったらいいの?」
本心から腹を立てた様子でボウが彼女を睨む。
「大丈夫よ。わたしが悪者であなたは善人。この役回りでうまく演じ続ければ、きっとあの子も気を許すわ。能力があるなら、その気になるはず」
「じゃあ、もし、能力がなかったら?」
厳しいボウの声に、タンタンは薄ら笑いを消した。
「どういう意味?」
「あなた、あんなに一杯話したけど、一つだけいわなかったことがあるわよね?」
と真剣な目をタンタンに向ける。
「能力がなければ、いずれグドンを拘束するつもりだってこと。あの子には、病気を治すか、一生拘束されるか、二つに一つしか道がないんでしょ?」
「まさか、それを話すつもりじゃないわよね?」
「どうかしら? でも、あなたも言ったじゃない。わたしなら仲間を裏切っても、グドンを守ろうとするはずだって」
素っ気なくいうと、ボウはタンタンに背中を向けた。
その背中に向け、タンタンが大声を出す。
「忠告したじゃないの。お人好しも度を超すと痛い目を見るって」
ボウは冷たい顔で振り向き、
「痛い目? あなたといるときのほうが、ずっと心に痛みを感じるのは、なぜかしら? それともう一つ、あなたも気を付けたほうがいいわよ。皆が思うほど、グドンは弱くないかもしれない。森で殺された獣と同じように、あの子に睨まれたら、仙族の仲間も動けなくなるかもね」
それだけいうと、あっという間にタンタンの前から遠ざかった。
タンタンの視線を痛いほど背中に感じながら、ボウはこれからのことを考えていた。彼女も、仙族の計画をグドンに話すつもりはなかった。仲間を裏切るのが嫌だったからではなく、そうすることが却って、グドンに不利になるかもしれないと考えたからだ。
グドンが鉱山から逃げ出したり、仙族に攻撃的になったりすれば、彼らは容赦しないだろう。
それなら、どうすればいいだろう?
残念ながら、何もよい考えは思い浮かばなかった。少なくとも、グドンが自分を守れるだけの力を持っていることを願うしかなかった。
ボウは暗澹たる思いで再び深く溜息をついた。




