26 新たな能力
山中でのサバイバル体験は、単調といえば単調だったが、グドンには新鮮で飽きることのない経験となった。日々、自分の体が頑強になっていくのを実感できるのもよい励みになった。
ほかにも、森の中での活動には小さいながらも様々な発見があった。
その一つが、獣の動きに対する感覚だった。
山中にわけ入ったばかりのころ、グドンには、出会った獣の動きがまったくよめなかった。それどころか動きを目で追うことさえ困難で、あっという間に相手の姿を見失っていた。
それが何日かして、相手が何を考え、次にどう動くつもりなのか予測ができるようになった。逃げだそうとしているとか、己に向かってくるとかいった曖昧なものではなく、どちらの足から踏み出して、一秒間にどちらへ何メートル移動するか、非常に正確にわかるようになったのだ。
試しに小石を適当に拾い、獣が次に動くと予測した場所へ投げてみた。
一度目はもう少しのところで当たらなかったが、二度三度と繰り返すうち、正確に相手をとらえることができるようになった。
獣も驚いたろうが、グドン自身はもっと驚いた。
夢中になって何度か繰り返すうち、石が体に当たった際、獣がどう感じたかさえわかるようになった。
それはまるで、相手の脳をナイフで切り開いてのぞき込むような感覚だった。覗かれた獣は、抵抗することなく、観念してグドンに身を任せようとする。それこそ、彼に対する隷属を認めたかのように。
グドンが脳の縛りをといて解放してやると、獣はやっと生き返ったように動き出す。解放しない限り、獣はいつまでも自由を失ったままだった。
そんなとき、獣は目が白濁し、幻覚の世界に囚われているように見えた。
小石を当てる当てないは関係ない、とグドンも気付いた。
ただ獣の目をのぞき込んで“動くな”と命じると、獣は自分の意思を失ったように動きを止める。両者の視線が合ったとたん、必ずそうなった。
たまたま山中を駆け抜けていたとき、三十メートルほど先の樹木の陰から、羊頭鹿がひょっこり姿を見せたことがある。体長一メートルほどの鹿系の中型獣で、動きが俊敏なことで有名だった。しかし、グドンと目が合うと、羊頭鹿は、その場で固まったように動かなくなった。
「そのままじっとしていろ」
グドンはそう命じ、近づいていって小剣でその首元を切り割いた。
獣は抵抗することもなく、血を流し、やがて崩れるように地面に倒れた。
これが、グドンが初めて狩りで手にした獲物だった。
こうした光景を、上空の二人の少女は愕然とした表情で見つめていた。
グドンは何の道具も使わず、手や足で触れることさえなく獣を動けなくすると、あっさり捕獲し仕留めて見せたのだ。これはまさに奇跡といってよかった。
ボウは驚きのあまり、開いたままの口を手で覆い、タンタンは目の前の光景が信じられない様子で何度も首を振った。
グドンは用意していた縄で獣の足を縛り、まず傍らの樹木の枝に逆さに吊り下げて、体内に残った血を抜いた。
しばらくして羊頭鹿が息絶えたのを確認すると、枝から解いて片手でぶら下げ、胴体を引き摺るようにして近くを流れる小川へ向かった。
いったん活動を休止し、初めての獲物を調理してじっくり味わうつもりだった。
川では獲物を一渡り洗ってから、樹木のあるところに戻ってもう一度今度は頭から枝に吊るす。引き摺ったことで汚れてしまった毛皮は剥いで処分した。
手足、頭部を切り取り、胴体の肉を汚さぬよう内臓も取り除く。
最後に枝から降ろし、食べやすい大きさに肉を切り分け、炙るため、折った枝に串刺しにした。
火を起こして準備がすべて整ったとき、グドンはやっと不思議なことに気付いた。
おいらは獣の捌き方など学んだことはない。もちろん実地でやってみたこともない。なのにまるで経験豊富な猟師みたいじゃないか。
だが、今の彼は、そうしたことに以前ほど驚かなくなっていた。
自分には何か特別な能力がある。ここまで来てそれに気づかぬようなら馬鹿だった。恐らく、彼の中で、町の仲間の誰もが心配していた能力の覚醒が起こり始めているのだ。
それが、ソウエイの墓の前で何かに噛まれてことと関係しているのか、喜ぶべきことか、心配すべきことかかはわからなかったが、彼は事実を事実としてそのまま受け入れた。
利用できるものはすべて利用させてもらう。羊頭鹿の捌き方を知っているからといって、それを悩んだところで仕方がない。ましてや、現時点で己が住民殺しの化け物になるのを恐れるのは馬鹿げでいる。
自分が初めて仕留めた獲物だからか、肉はこれまでに味わったことがないほど美味だった。
肉はグドン一人では食べきれないほどの量があったが、それでもあっという間に三分の一が消えてなくなった。
「おいしそうな匂いがするわね」
突然、女性の声が聞こえ、振り向いたグドンは驚いた顔になった。




