25 監視
木立の間を歩きながら、グドンはここでも自分の予測が正しかったことを知った。
山中の植物は、足元の雑草から樹齢千年と思える巨木に至るまで、どれも既知の情報の範囲内にあった。
もちろん、樹木の名前がわかったところで、それが直接役に立つわけではなかったが、果実や草花が食用に適するかどうか知ることは、直接命にかかわるだけに重要だった。
グドンは移動を続けながら、食べられそうな果実を手あたり次第にちぎって口に運んだ。体に害がないことはわかっていたから、大事なのはその口当たりと味だった。それは好みに関することだから、必ずしも情報とは一致しない。
実際、美味と情報にあった果実が甘すぎたり、食用可だが常用されないとあった果実が、思いのほかグドンの口に合ったりした。
そしてもう一つ、果実を大量に摂取したのは太るためだった。
町なかでのグドンは食事を制限されていたから、ひ弱で、体も実際の年齢より小さかった。それを改善し強靭な体を手に入れるためには、まず食べることが最優先になる。
しかも、仙族の住処へ来て以来、というか、ソウエイの墓で何かに噛まれて以来、彼の食欲はまさに底なしだった。いくら食べても満腹にならなかったし、暴飲暴食で腹を壊すこともなかった。
そのせいか、ここ数日で自分の体が一回り大きくなった気さえした。
通常ならそんなことはありえないが、実際、山中を流れる小川に自分の姿を映したとき、それが自分ではなく、横に立つ別人の姿だと錯覚したほどだ。
おいらはこんな顔をしていたろうか?
これが遺伝というものか、顔がどんどんセイイツの石像に似てきている気がした。それを喜ぶべきかどうかわからなかったが、いずれにせよ、彼に選択の余地はなかった。
水辺に座って休憩をとっていると、時折小動物と出会うことがあった。彼らも水を飲みにやってくるらしく、警戒しつつも、水面に顔をつけていた。
グドンは何度かそれを捕獲しようと試みたが、予想どおりうまくいかなかった。
獣の本能は侮れず、腰に差した小剣に彼が手を伸ばそうとした瞬間、危険を察知し、視界の彼方へ姿を消してしまう。
グドンは昼間はずっと山林の中で過ごし、夜は鉱夫が使っていた小屋へ戻って眠った。
夕暮れを過ぎ、夜の帳がおり始めると、辺りは急激に気温が下がり肌寒くなった。季節はこれから、晩秋へと移っていく。
時折、小屋の近くで火をおこして温まりながら夕食用の果実を食べていると、火で炙った獣の肉を手に、ボウが姿を見せることがあった。
そんなときは強がりを言わず、素直に礼をいって汁の滴る肉に齧りついた。
何度かお喋りに誘ったが、毎回、彼女は首を振り、申し訳なさそうな視線を投げると、そのまま黙って立ち去った。
グドンとの接触を避けているのは明白だった。
これは彼女の意思だろうか? それとも、誰かにそう指示されているのか?
そんな疑念を裏付けるように、彼女にはいつも同伴者がいた。ボウと同じ年頃の少女だ。彼はその少女に見覚えがあった。初めて山の中へ入る際、坑道の入口近くで彼を見つめていた、あのきつね顔の少女だ。
ボウは少女の名をタンタンと告げたが、詳しく紹介しようとはしなかった。
タンタンはグドンの傍に近寄ろうともせず、いつも、遠く離れて二人のやり取りを眺めていた。
グドンは二人がずっと自分を尾行しているのを知っていたし、とりわけタンタンという少女は、自分の監視役なのだろうと察していた。
ボウ一人なら彼の身を案じてということもあるだろうが、常に二人一緒、それも一人は口さえきかないとなると、監視以外はあり得なかった。それがわからないほどグドンも能天気ではない。
おいらは誰からも信用されず、いつも監視される存在だ。
内心、失望を禁じ得なかった。自分を監視している相手が外ならぬボウであるなら猶更だった。
それでも、自分が尾行に気付いている、と二人には悟られないようにした。ボウに余計な気を遣わせ、これ以上仙族との関係をギクシャクさせたくなかったからだ。
二人はおいらが尾行に気付いてると知らないはずだ。だったら、そのままにしておこう。おいらの存在に害がないとわかれば、仙族も少しは気を許すかもしれない。
彼女たちの行動は常に慎重で、決してグドンの視界内に入ってくることはなかった。
尾行する際、ボウとタンタンはいつも宙に浮いていた。
上空四五メートルの高さから、大木の枝の茂みに身を顰めるようにこちらの様子を窺っている。仮に、ソウエイの墓の前で何かに噛まれる前だったら、彼は、二人の存在にさえ気付かなかったろう。
彼らは本当に仙人の末裔か、仙人そのものかもしれない、グドンはふとそんなふうに感じた。だが、その仙人も病に苦しみ、下等な種族であるグドンに助けを求めている。そう思うと何やら皮肉な気もした。
もちろん、仙族にとっては決して皮肉どころの話ではなかったろうが…。
「今、鏡を見たら、そこに何が映っているかわかる? 当ててみて」
炙り肉をグドンに届け戻ってきたボウへ、タンタンは笑顔でそう話しかけた。
「何の話?」
また自分を揶揄っていると察したボウは、彼女に白い目を向け無視を決め込んだ。
「母親の顔よ」
タンタンが彼女の答えを待たずに言った。
「初めて旅に出る可愛いわが子を、陰からそっと見守る母親の顔」
言われたボウは顔をほんのり赤く染めた。
「馬鹿なこといわないで。グドンとわたしたちは何歳も違わないじゃないの」
仙族の寿命が千年と長いことから、グドンは誤解していたが、ボウの実年齢は十八歳で、彼とほとんど変わらなかった。
「同じ仙族ならそうね」
タンタンがしたり顔で言った。
「でも、相手がペットか何かなら違うでしょ? 同い年でもペットはペットだもの。飼い主の保護が必要よ」
「あの子を侮辱するの? それ以上いったら本気で怒るから」
ボウが真剣な顔で怒った。
「だいたい半妖の人たちを見下す資格がある? 病に苦しんで、助けを求めているのはどっちなの?」
「わたしは助けなんて求めてないけど」
そう言いつつも、タンタンは降参するように両手を掲げた。
「それに、見下すなんてとんでもないわ。ほんの少しだけど、あの子を見直しているところよ」
「見直す?」
ボウは疑う表情を見せた。
「そう。森の中にいる間、あの子がどれくらいの食料をお腹に入れたと思う?」
「見直したというのは大食いの話?」
「違うわよ」
とタンタンは吐息をつき、
「ボウは気付かなかった? あの子は、あれだけ大量の果実や植物を採取しながら、その際、一度も迷ったことがないのよ。どの果実に毒があって、どれなら安全か、全部知ってるみたいだった。でも、あの子が山に入るのは初めてのはずでしょ? もちろん、町にいる間に学習した可能性もあるけど、知識はあくまで知識で、実際の経験とは違う。少しも迷いを見せないのは変よ」
「だったら…」
ボウも指摘されて初めてそのことに気付き、驚きを見せた。
「考えられるのは、あの子には本当に何か特殊な能力があるということよ。あの子の父親は半妖の英雄だったんでしょ? 何でもできる超能力者。広大な土地を湖に変え、鉱山に何十キロも続く坑道を穿つ。わたしたち仙族にもそんな能力はないわ。もしかしたら、あの子もそうした力を受け継いでいるのかも」
ボウは改めてグドンの方へ視線を向けた。
確かに、半妖でありながら、自分たち仙族の姿が見えるだけでも、十分奇跡的なのだ。あの子を見下し侮っているのは、自分のほうなんだろうか? グドンには仙族を助ける能力がある。助けてくれないのは、彼自身がその能力に気付いていないか、何かの理由で助けたくないと思っているから?
ボウは、もう一度グドンの傍へ行ってじっくり話をしてみたい衝動にかられた。
「もう少し様子を見てみましょうよ」
ボウの逸る気持ちをよんだようにタンタンが言った。
「あなたの大事なグドンちゃんがどんな子で、何を考えているのか、少なくとも仙族に悪意があるのかないのか、見極めることが大切よ」




