24 ごみの山
翌日から、グドンは採掘現場の施設へ戻り、食料を得るための準備を始めた。
地上へ戻る際、また苦しい思いをするのではないかと心配したが、それは杞憂に終わった。仙族はあっという間に彼を地上まで送り届けてくれた。
仙族の手を借りる必要があるが、地下から出入りするための専用通路があり、そこを通れば、呼吸に困ることもなかった。
それはともかく、山へ入るための準備はまずゴミあさりから始めることになった。
食料探しは、獣を狩ることができれば一番良いが、武器や狩猟技術を考えると現実的には難しい。実際は、果実やきのこ等植物採取が中心となるはずだった。
それでも、偶然、山で獣に出くわす可能性もあるから、そのときのことを考え、山中にどんな獣がいるか把握しておく必要がある。
グドンは、かつて鉱夫たちによって捕獲され、さらに食用にされたあと廃棄された獣の骨を調べることにした。
心配だったのは、骨が腐ることだった。とりわけ、ほかの残飯等と一緒に廃棄されたものは、腐敗菌が発生するから溶解の速度が早くなる。鉱山が閉鎖され、すでに五年以上たっている。どれほど骨が残っているか、グドンにも自信がなかったが、意外にも多くの骨が原型を留めていた。
問題は、獣の骨格などまったく知識のないグドンが、そうした骨をどう見分けるかだった。だが、その点に関しは、何とかなるのではないかとの目算があった。鉱山の中で、彼はそれまで見たこともない鉱石を瞬時に特定できた。獣の骨に対しても、それと同じことが起こるのではないかと予測したのだ。
そして、予測は見事的中した。見る骨見る骨、グドンはそれが何という獣の骨で、骨格のどの部位に当たるものか、正確に判別することができた。
それは知識が湧いて出るというより、元々あったものが蘇る感覚だった。
こうした知識を、おいらはどこかで学んだことがあるんだろうか? ふと呟いたグドンだったが、もちろん、そんなはずはなかった。路上生活していた時はいうまでもなく、渉不城へ来てからも、何かを秩序立てて学んだ記憶はない。それどころか、学習自体を厳しく制限されていたのだから、生来所持していた能力と思うほかはなかった。
だが、知識がどこから来たかは大事ではなかった。今はそれを実際の生活に役立てることが何よりも重要だ。
ゴミとして残された骨を見るかぎり、大型の肉食獣はいないように思えた。雑食や草食の中小型動物が大半で、皆、食用や毛皮をとるために捕獲されたものだ。元々、鉱夫たちが猛獣に襲われたという話も聞いたことがなかったし、森へ入ったとしても、すぐ身に危険が及ぶことはなさそうだった。
グドンはそのことがわかって一安心した。
ゴミ廃棄用の穴から這い出すと、居住用の小屋から坑道の入口前を通り過ぎ、さらに作業用施設の脇を通って、山のほうへ向かった。
途中、山林へと入る手前には、鉱石を選別、精錬する際に出た廃棄物が、作業用施設の隣りに山と積まれていた。
渉不城の住民がここへ移住したばかりのころ、セイイツが掘り出した大量の岩石が坑道の入口周辺に山積みにされていた。そうした岩石は、坑道を掘る際に出た廃棄物でなく、セイイツが採掘したいわば宝の山だった。住民たちはそうした宝の山から有用な鉱石等を選別、精錬するだけでよく、自ら山に入って採掘する必要はなかった。その選別、精錬を行っていたのがこの作業小屋だ。
のちにセイイツによって掘り出された資源が枯渇したため、住民たちはやむを得ず自ら坑道に入り採掘するようになった。今、作業小屋の脇に山と積まれている廃棄物は、そうしてセイイツがいなくなったあと排出されたものだ。
廃棄物は主にホルライトと黄閃砂。ホルライトは紫鉄砂鉱を、黄閃砂は緑金石を、それぞれ選別、精錬する際に出る。
どちらの鉱石を選別する際も、まず不純物を含んだ岩石を臼でひき潰して粉状にし、その後、紫鉄砂鉱の場合は溶磁石を近づけ、緑金石の場合は虚淋酸という成分を含んだ水につけて熱する。そうすると、それぞれホルライトと黄閃砂だけを分離することができた。残念なのはホルライト、黄閃砂ともに、鉱物としての価値がなく、ただのゴミでしかないことだった。
脳内に湧きだすそうした知識に驚きながら、グドンは半妖の手の入っていない山中へと歩を進めた。
最後にもう一度坑道の入口の方を振り返ったとき、少女が一人、離れたところからじっとグドンを見つめているのに気付いた。
一瞬、ボウかと思ったが、実際にはまったく知らない顔だった。
体が透き通っているところを見ると、やはり仙族なのだろうが、彼に近寄ってくる気はないようで、それどころか、挨拶しようと踝を返しかけた彼に、慌ててそっぽを向くと拒否する素振りを見せた。
仙族の中には半妖に悪感情を持っている者もいるから、彼女もその中の一人なのだろうと判断し、グドンは苦笑すると、そのまま少女に背を向け山中へと分け入った。
グドンが山中に消えるのを見送ったタンタンは、いつの間にか彼女の傍に現れたボウに、わけ知り顔で、
「ついていかなくていいの? 大事なお友達が怪我でもすると困るでしょ?」
と笑った。
「グドンをずっと見張ってるの? それはタグの指示? それともあなた個人が何か特別な関心を持ってやってるの?」
厳しい口調ではなく、むしろ長年の友人に対する穏やかな物言いだった。
「どっちだったら、あなたは嬉しい?」
平然と返すタンタンに、ボウは呆れた様子で首を振った。
「お試しの候補者に、あなたが選ばれたことは本当によかったと思うわ。他の誰かだったら、今頃は泣いたり喚いたり、大騒ぎだったでしょうけど」
「それはお互い様ね」
悪びれた様子もなくタンタンが返した。
「それに私の場合はまあ因果応報よ。父が苦しんでいる仲間を見捨ててここを離れようとしたから、代わりにわたしが罰を受けたの」
笑顔でそんなことを言うタンタンを、この子はどこまで本気なのかしら、とボウは訝った。
「でも、あなたについていうなら、お人好しも限度があると思うわよ」
真面目な顔に戻ってタンタンが忠告した。
「自分の一生がかかってるのに、他人のために進んで犠牲になるなんて馬鹿げてる。そのうちに痛い目にあうから」
「わかってる」
ボウは素直に頷いた。
「いいえ、あなたはわかってないと思う。底なしのお人好しだから」
「どういう意味?」
「ボウ、あなたは本当にわたしがあの子を見張っていたと思うの?」
「まさか偶然ここにいたわけじゃないでしょ?」
笑うボウの目をタンタンは黙って見つめた。
とたんにボウも真顔に戻り、眉間に皺を寄せる。
だって、ここにはグドンとあなたしかいないじゃないの。グドンを見張っていたのでなければ、何を見張っていたというの?
「これも何かの冗談?」
と、笑おうとしてボウははっとなった。
違う。タンタンとグドン以外にも、ここにはもう一人いる…。
「わたしを見張っていたのね?」
彼女は驚きを隠せなかった。でも、なぜわたしを見張るのだろう? 誰の指示で?
「あの子がここを逃げ出すとか、逃げ出せるとか、誰も心配していない。でも、どこかのお人好しさんが、仙族の計画をベラベラ喋って、あの子を逃がそうとすれば話は別よ」
「わたしを疑ってるの? 仲間を裏切るかもしれないって?」
ようやく状況がのみ込めたボウは、さすがに不満を隠せなかった。
「あなたなら、あの半妖を逃がしたとしても、仲間を裏切ることにはならないと考えるでしょ? いいえ、違うわ。たとえ裏切ることになっても、あの子の自由には代えられないと思うはず。そうじゃない?」
残念ながら、それはタンタンのいう通りだ、とボウも認めた。
「わかったわ。わたしは、あなたやタグよりグドンの味方」
と、今度は真剣にボウも答えた。
タンタンはため息をつき、
「あの子が逃げ出せば、面倒なことになる可能性があるのよ。あなただって、それはわかるでしょ? 軽はずみな行動は慎むこと。それと…、そのお人好しをあまり顔には出さないことね。バレバレだから、皆に警戒されるの。時には他人を欺くことも大切よ」
そう言ってタンタンはにこりと笑った。




