23 仙族の思惑
仙族の間に病が蔓延して以来、こどもが一人も生まれていなかった。
いや、こどもを授かるかどうか以前に、互いに伴侶を見つけることすら出来なくなっていた。
ボウがそのことをグドンに内緒にしたのは、話したところで無意味だとわかっていたからだ。それに、自分たちの恥部を晒すようで強い抵抗を感じたためでもある。
仙族は一生に一度伴侶を選ぶ。その相手は天からのお告げの形で互いの心に知らされる。直観よりもっと強く、間違いようのない絶対的なものだ。にもかかわらず、その啓示をこの五年以上誰一人感じていなかった。まるで魂が錆びついてしまったように。
仙族の人々は底知れぬ恐怖と危機感を感じた。
そんなとき、ある者がひとつの提案をした。
伴侶を見つける方法については、別のやり方があるのではないか、啓示に頼らず、自分で自由に相手を選び、魂の結合を試みても何も問題はないかもしれない、と。
実際、かつて啓示を通さず婚姻した者もごくごく少数だがいた。
多くの者が内心抵抗を覚えたが、他に現状を打破する方法も思いつかなかった。
とりあえず、何人か若い男女を選び“お試し”をすることになった。
だが、お試しといっても自分の一生がかかっている。一生に一度しかない伴侶を選ぶ権利を放棄することになるのだ。誰がその任を担うか? 当然、ほとんどの者が拒絶した。大激論の末、結局はくじを引くことになった。
そして選ばれたのが、タグの娘タンタンを含む数名だった。
ボウだけは、くじを引くことなく、自から進んでその役を買って出た。もちろん、実験台になりたかったわけではなく、ほかの者が悲嘆にくれて泣き叫ぶ姿を見たくなかったからだ。
しかし、当然ながら、選ばれた者やその家族には内心不服な者も多かった。試みそのものが馬鹿げていたし、たとえ成功したとしても問題の根本である病については何の解決にもならない、とわかっていたからだ。
とりわけ、元々、病人を見捨て鉱山を離れることを主張していたタグは怒り狂った。
彼は、密かに家族を連れて山から逃げようとした。
だが、それを長老であるドウやマキらに阻止された。万が一、お試しの候補者に選ばれながら山から逃げた者は、病の第一保菌者としてすべての仙族に通達する、と決めたのだ。もし、そんなことをされたら、逃げた者はどこへも行けなくなる。少なくとも仙族の社会からは完全に追放状態だった。
そうした中で、鉱山に突如半妖の少年が現れた。タグの怒りの矛先が、グドンへ向かったのは当然の成り行きだったかもしれない。
「俺はあの小僧の速やかな拘束を求める」
と、タグが主張した。
「小僧を釈放して我々の存在が町の者たちに知られれば、状況は今よりはるかに悪くなる。病人たちをゆっくり休ませることさえできなくなるだろう」
「タグはいつから病人に対してそんなに優しくなったの?」
ボウが皮肉った。
「だいたい、我々が見えもしない彼らに、どんな危害が加えられるというの?」
「小僧には見えてる」
「だから?」
「何でもできるさ。あいつがここでのことを話せば、大ぜいでやってきて山に火を放つかもしれない。奴らだって病が伝染するのは怖いだろうからな」
「ちょっと待って」
マキが疑問の声を上げた。
「ここの病は半妖には伝染しないんじゃなかったの?」
「伝染しないなんて誰がいった? 伝染はする。重症化しないと言われているだけだ」
タグがいい返す。
「しかも、問題は実際に重症化するかどうかじゃない。その可能性があるのを、奴らが恐れるかどうかだ」
「確かに、それはいえているかもな」
とドウ。
「そうなれば、極端な行動に出る者もいるかもしれない」
「でも、鉱山で働いていた半妖が重症化しなかったのは、彼らも知っているはずよ。わたしたちのことを知っても、半妖が攻撃的な態度に出るとは限らない」
ボウの母親ラクが、冷静な口調で指摘した。
「その低い可能性のために、こどもを拘束するというのは、どんなものかしら?」
「我々の恐れや動揺を他人にぶつけるようなことがあってはいけない」
と、ユンも妻に同調する。
「確かに、どちらの意見にも一理あるが…」
ゲゲが思案する顔で意見をまとめようとした。
「もう一つ忘れてはいけないことがあるわ」
結論を出されてしまうのを恐れるように、ボウが慌てて口を挟んだ。
「グドンには町へ帰る意思がないことよ。皆、思い出してほしいわ。あの子は鉱山へ逃げてきたの。理由はよくわからないけど、仲間に捕まりたくなくて隠れてる」
何人かが黙ったまま頷く。
「でも、わたしたちの病気のことを知った今は違うかもね」
タンタンがやや茶化す口調で言った。
「とくに暴力を振るわれて、仙族に恨みを持ったかもしれないし」
同席した者が皆振り向くと、彼女は小さく肩を竦めて見せる。
「娘のいうとおりだ」
とタグ。
自分がその暴力を振るった当事者であるくせに、よくいえばものだ、とボウは睨みつけた。
「とりあえず、あの子が鉱山にいる限りは面倒を起こす心配がないわけか」
ゲゲが言う。
「それなら、こうしてはどうだろう? 半妖の子が山にいる間は様子を見守る。もし逃げるような素振りを見せたら、すぐに手を打てばいい」
「逃げるつもりはなくとも、いつまでも山にいるわけじゃないだろう?」
タグが食い下がる。
「だから、猶予は、半妖の子が山を下りる決心をするまでという意味だ」
「そのときには、確実に小僧を拘束するわけだな?」
「そうだ」
やっと納得したらしく、タグも頷いた。
「でも、拘束するっていつまで? まさか、この病の一件が収束するまで延々と拘束するわけにはいかないわ。違う?」
ボウの問いにゲゲが聞こえぬ振りをすると、タグが勝ち誇った表情で彼女を嘲笑った。
ボウは信じられぬ思いで何度も首を振る。
「今、仮定の話をしても仕方ない。それは、グドンくんを拘束するときになったら、また話し合おうじゃないか」
ゲゲは苦し紛れに結論付けた。
「でも、もう一つ…」
議論に決着がついたと思ったとき、マキが手を掲げた。
「そのグドンという半妖は、英雄セイイツの息子さんなんでしょ? その子を拘束して、セイイツが黙っているという保証はあるの?」
「セイイツはもう死んだと半妖は考えている」
とドウ。
「でも、もし生きていたら?」
「そんなありえない可能性を議論して何になる?」
タグが吐き捨てるように割って入った。
「半妖ですら、そんな話は誰も信じていない。もっと現実的な話をしてくれないか。もう数十年も姿を見せていない奴の議論をするなんて、どうかしてるぞ」
マキが黙ると、ゲゲが改めて決をとった。
「それでは、先ほどのやり方に賛成する者は?」
ボウや彼女の両親のほか数人を除き、それ以外の者は皆、賛成の挙手をした。
「こんなの不公平よ!」
ボウが思わず声を上げた。
「何の罪もない子を、どんな権利があって拘束するというの?」
ゲゲが目配せすると、ユンとラクが娘に近寄り、慰めるように肩を抱いた。
「大丈夫。まだ時間はあるし、自由を奪うと決まったわけじゃない」
とユン。
「それに、あの子には、本当に病を治す力があるかもしれないでしょ?」
ラクも優しく娘の目をのぞき込む。
「そんな気休めを言わないで。信じてもいないくせに!」
娘の激しい口調に、ユンとラクは嘆息した。
「今日の会議はこれまでとしよう。状況を少しでも改善できるよう、皆で協力し合おうではないか。いいね?」
ゲゲが宣言すると、その場にいた全員が頷いた。
ボウを除いて…。




