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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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21/56

21 透視

 目の前の男に変化が表れた。

 それまでは、ボウをはじめすべての霊族は、体が透けて見えるといっても服を着たままだった。それが今は、着衣が消えて男性の素肌そのものが見えている。

 簡単にいえば、男性は今、裸だった。

 気が動転した彼は、助けを求める思いで咄嗟に隣りのボウを振り向いた。

 だが、向き直って彼女と顔を見合わせたとたん、それが間違いだったとすぐに気付いた。隣りに立っているボウも裸だったからだ。

 あ、この女の子も服を着ていない…!

 グドンは狼狽を隠せず、慌てて視線を男性に戻したが、そんな彼にボウは異状を感じたようだ。

「何かわかったのね? どんなこと? 病の原因が分かったの?」

「違う、違う!」

 彼は手を振ったが、ボウはまるで信じていなかった。

「嘘よ。あなた、顔が真っ赤だもの」

 グドンはもう一度首を振る。

 返事をしなくていい。それに絶対に隣りを振り向くな! 

 グドンは自分にいい聞かせると同時に、彼女の視線を無視し、男性の裸にだけ意識を集中しようとした。

 すると、今度は男の素肌ではなく内臓が見えた。

 霊族にも内臓があるんだ! 

 グドンはそのことにまず驚いたが、相手の内臓、とりわけ心臓が異様に黒ずんでいることに気付いた。通常の内臓がどんなか知らない彼にも、それが異常だとすぐわかった。

 まるで内臓に何か黒いものが沈殿しているみたいだ…。

 次は試しに男の頭部へ視線を移す。

 脳も同じだ。全体にひどく黒ずんでいる。

 だが、それがなぜなのか、病とどう関係しているのか、どう治療すればいいのかは皆目見当がつかなかった。

 それでも、何か手掛かりはつかめないかと、心臓や脳へ何度か視線を往復させた。しかし、得られたものは何一つなかった。

 これがおいらの限界なんだ。グドンはそれ以上考えるのを諦めた。

 視線をボウに戻す前に、彼は瞳に込めていた力を緩めた。何かの術がすっと解けるように、男の姿が元に戻る。今の男はまた衣服を身に着けていた。

 彼はほっと胸を撫で下ろすと、一拍おいて、できるだ限り落胆と慚愧の表情を取り繕いボウを振り向いた。

「申し訳ないけど、おいらは何の助けにもなれない。この人たちの病が何なのかわからないし、治す能力はないよ」

 黒ずんだ内臓が見えたことは黙っておくことにした。中途半端なことを言って余計な期待を持たせるのはかえって罪だ。それが失望や絶望を大きくする可能性がある。

 もちろん、霊族の裸が見えることは絶対に知られたくなかった。とりわけボウには。

 彼女は何か言いかけたが、大きく胸を上下させると、気持ちを切り替えるようにグドンに微笑んだ。彼に過度な重圧を与えたくないと思ったようだ。元々彼には霊族を治療する義務などないのだから。

「お若い人よ、きみが力になってくれると知って、我々仙族は皆、喜んでいる」

 突然、グドンの耳元で年老いた男性の声がした。

 驚いて振り向くと、白髪の、生きているのが不思議なくらい年老いて痩せこけた老人が笑顔で立っていた。

 仙族? 

 その名称にグドンはまず強く注意をひかれた。

「今、仙族と言いました?」

 ボウは自分たちのことを霊族と言わなかったか? いや、違う。彼女は妖族が自分たちを霊族と呼ぶと言ったのだ。己が何族に属するのか正確には話していない。

「皆そうだけど、どの種族も、自分たちが他者より優れていると思いたいのよ。つまり優越感を持ちたいの」

 ボウが気まずそうに口をはさんだ。

 仙族。つまり仙人の種族か…。

 どうりで、霞を食べて生きている感じがしたわけだ。

 ボウは、上から目線で自分たちが仙人とは告げたくなかったのだろう。

「優越感ではない。これはただの事実だ。我々はずっと以前から仙族と呼ばれている。ここへ来る前も、ここへ来てからも」

 年長者の寛容さを保持したままの笑顔で老人が訂正した。

「ゲゲ(霞々)は我々の首長のような存在よ」

 ボウが老人を紹介した。

「あ、グドンです」

 いつもの癖で手を差し出すと、ゲゲは当然のように彼の手を握った。

「何かわかったかね?」

 老人が訊いた相手はボウだ。視線を落とし首を振る彼女に、ゲゲは落胆した様子も見せず、

「まあ、焦ることはない。時間はまだあるし、必ず治療法は見つかるよ」

 と励ました。

 時間はある? 大ぜいの仲間が死にかけているのに? わたしたちには病気のことが何一つわかっていない。五里霧中で迷っているだけ。なのに、どうしてそんな見え透いた気休めが言えるの? 彼女の顔にはそうした焦りと不審の色がありありと見てとれた。

 ひょっとすると病人の中に彼女の大事な人がいるのかもしれない、とグドンは想像した。それなら余計、部外者の自分がここにいても、気を遣わせるだけで何の役にも立たない。

 彼は居たたまれない思いで重い口を開いた。

「薄情な言い方をするけど、おいらにできることはもう全部やったと思うよ。だから…」

 出来る限り軽い口調を心掛けたつもりだったが、沈んだ重い空気を振り払うことは出来なかった。

「ここから解放してもらいたい?」

 ゲゲが驚いた顔になった。

「申し訳ないけど…」

 ゲゲとボウは顔を見合わせた。これはどういう状況かね、とゲゲが目でボウに問い質している。

「でも、あなたには、わたしたちの姿が見えるでしょ?」

 と、ボウがグドンへ縋るような目を向ける。

「そんなこと、できるひとはほかにいないのよ。もちろん、あなたに何かを強制する気はないの。ただ病に苦しんでいる仲間を見ていて、気付いたことがあれば、教えてほしいだけ」

「でも、それじゃ病気は治せないよね?」

 グドンは正直に答えた。

 ボウにとって自分は藁なのではないか、と彼は思った。

 溺れている者が助けを求めて藁に縋ろうとしている。だが、藁は何の助けにもならない。ボウにとっても、グドンにとっても痛みが増すだけだ。それに、ボウはまだほかに何か隠している気がした。

「グドンくんは何か誤解をしていると思う」

 とゲゲが言った。

「誤解?」

「そうだ。我々はきみに対して何の期待もしていない。おそらくボウの説明不足で間違った印象を与えたのだと思う」

 ボウが何か言い返そうとするのを、ゲゲは優しく制した。

「きみはなぜ閉山された坑道にいるのかね? グドンくん」

 思いもしなかったことを訊かれて、彼は戸惑った。

「もしかしたら、誰かから逃げてきたんじゃないのかな?」

 図星を差されてグドンは黙った。

「この季節、きみの年齢の少年が一人で鉱山にやってくるというのは普通ではないからね。しかも、今、町では半妖が何人も殺されていると聞く。そんな中で、一人、町なかを離れ、坑道に隠れるというのは尋常ではない。きっと何か並大抵ではない事情があるのだろう。だから、我々は、罪滅ぼしの意味も含めて住むところを提供できないかと考えた。坑道で寝るよりましだろうとね。食料も少しなら提供できる。もちろん、助けてもらえれば、こちらもそれに越したことはないが」

 グドンはボウへ目をやった。

 この老人の話が本心から出たものかどうか彼女の反応を知りたかった。

 彼女はじっとゲゲを見つめている。不審や不満の色はない。ただ老人の真意を彼女も測りかねているようだ。

 グドンは小さく笑った。

「それなら、今すぐここを出て行っても構いませんよね?」

「もちろんだとも。だが…。きみはここを離れてどこへ行くつもりかね? 町へ戻る? それとも坑道での生活を続けるつもりかな?」

「坑道で眠るつもりはないけど、山には残るつもりかな。やりたいことがあってここへ来たから、今はまだ離れられない」

 二人がほっと安堵するのがグドンにも分かった。

「やりたいこととは?」

 ゲゲが興味深そうに訊く。

「おいらはここ…渉不城から出ていくつもりなんだ。それにはまず自分を鍛えないと。こんな痩せっぽちでは、すぐ行き倒れになるのが目に見えているから」

 老人はあははと声を上げて笑った。

「だったら、わたしたちと一緒にいたほうがいいんじゃない?」

 ボウもすかさず提案する。

「食料を手に入れるのだって大変よ」

 グドンにも彼女と一緒にいたい気持ちはあったが、誘惑に負けそうになる自分を叱りつけるように首を振った。

「それじゃ、町にいたときと何も変わらない。町の仲間に何か不満があって出てきたわけじゃないし」

 それは本心ではなかったが、ボウたちに町の仲間を誤解してほしくなかった。

「では、こうしたらどうだろう?」

 ゲゲが折衷案を出した。

「数日に一度、ボウがきみの様子を見に行く。何か困ったことがあれば彼女に相談するといい。食料を少し分けてほしいとか何でもいい。きみの方も、我々の病について、何か思いついたことがあれば教えてほしい。それでどうかな?」

 グドンは本心から頷いた。

「数日に一度じゃなくて、毎日でもいいのよ」

 ボウが優しい笑顔を見せる。

「ありがとう」

 何か温かいものを感じ、グドンも思わず笑顔になった。

 だが、悪い癖というべきか、心のどこかで、この人たちの言っていることには裏がないのだろうか、と疑う声もした。

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