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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第四章 再びの渉不城
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201/203

201 卑怯者

 それはまるで、グドンがやられたときの再現映像を見ているようだった。

 ドミアールは驚愕の表情で、自分を見下ろすグドンを上目勝ちに見た。

「どう? 五分五分でしょ?」

 グドンが薄ら笑いを浮かべると、ドミアールはセイイツの背中へ目を向け、

「セイイツね。彼があなたに教えたんでしょ?」

 と食い縛る歯の隙間から声を絞り出す。

「セイイツ? 彼は関係ないよ。だいたいそんな時間もなかったでしょ? おいらとボウは、あんたと一緒に幻覚を見てたんだから」

「だったら、どうして、こんな力をもってるの!」

 グドンはボウに目を向けると、にっこり微笑んだ。

 ドミアールの能力を学んだのは、もちろん、ボウを通してだ。幻覚の中で、彼女が彼に対し何度も放った攻撃から多くを学んだ。と同時に、ボウと魂が繋がったことにより、彼女がドミアールから学んだすべてを知り把握した。だから、間接的ではあるが、グドンはドミアール自身から能力を授けられたといってもよかった。

 しかし、ドミアールに対してはそんなことはおくびにも出さず、

「それが重要? それより、もう痛みに耐えられないんじゃない? やっとボウの苦痛がわかった? ひとに痛みを与える専門家が、痛みに弱いなんて笑えるよね」

 実際、彼は小さく声を出して笑って見せた。

 ドミアールが何か言い返そうとしたが、グドンはその隙を与えず、再び瞬間移動すると、彼女の背後に現れ、左右の肩甲骨の中央あたりを指で突いた。

 ドミアールが絶叫と共に体を痙攣させ、堪らず地上へ落下していく。

 彼女の感じた激痛は、グドンの痛みをはるかに上回っていた。右半身はすでに痺れて自由が利かなくなっている。

 彼女がもう一つ衝撃を受けたのは、グドンの移動する速度だった。

 瞬間移動の速度がどんどん速くなっている。初めてグドンが瞬間移動したときは、それを軽く避けることができた。それなのに今は、相手の動きを把握するのが難しくなっている。そんなことはありえないと思っても、この短い時間に、グドンが能力を向上させているとしか思えなかった。

 この子、いや、ジュウイツの肉体が持つ潜在能力はそれほど高いものなのか?

 そう感じたドミアールは、益々グドンを殺さずにはいられなくなった。

 グドンを殺してもジュウイツはきっと生き残る! この奇跡的な肉体は元々ジュウイツのものだったのだから。

 だが、悲しいのは、自分の勝ち目がどんどん少なくなっていくことだった。

 時間をかければかけるほど、グドンの力は強まり、自分は弱くなる。

 それでもドミアールはグドンへ攻撃を仕掛けようとした。まだ勝負は決まっていない。

 そのとき、彼女は自分の動きが遅くなったように感じた。まるで、周りの空気の粘力が高まったようだった。水の中で泳いでいたら、突如、その水が泥沼に変化したように。

 見ると、グドンが笑みを大きくしている。

「おいらはもう、昔のおいらじゃないよ。でも、これはあなたが言ったように、セイイツのお陰かもしれない。彼がおいらを幻覚の世界に閉じ込めてくれたお陰で、いろんなことがわかったし、いろんなことが出来るようになった。幻覚の中で、おいらは寝たきりだったけど、あなたやボウを傷つけることができたでしょ? これもそれと同じだよ。あなたに触れることなく、あなたを傷つけられる」

「嘘よ、こんなの…」

 ドミアールは現実を受け止めきれない。

 そのとき、彼女の目の端に、ボウの姿が映った。

 思わずドミアールの口元が嫌悪の感情で歪む。彼女にとってボウは裏切者だった。あれほど熱心に手ほどきしてやったにもかかわらず、平気で自分を裏切った小娘。幻覚の世界では、ジュウイツが自分の命より大事だという振りをしていたくせに、現実に戻れば、あっさりすべてを忘れている。これが裏切りでなくて何だろうか?

 ドミアールが地上へ落ちたあとも、グドンの攻撃は容赦なく続いた。

 グドンが彼女に触れるたび、ドミアールは激痛でのたうち回った。今はもう目も霞み始めている。

「どう? 痛い? ボウがどれほどの痛みを感じていたか、わかった?」

 その痛みが強まるだけ、ボウに対する彼女の恨みも募った。

 この小娘が裏で何かしたに違いない。ドミアールはやっとそのことに気がついた。気がつくと同時に、自分に残されているのはこの娘を利用する道しかないと悟った。

 今はグドンに歯が立たない分、ボウに対する憎しみも募る。

 ドミアールは、最後の力を振り絞って瞬間移動した。次に現れたときは、ボウの背後に立っていた。

 彼女はすかさずボウの急所を指で突いて動きを封じると、鬼の形相でグドンを振り向いた。

「一歩でも動けば、この娘の頭を吹き飛ばすわよ」

 グドンは動きを止め、ドミアールの顔を睨みつける。

「勝てないとわかると、卑怯な手を使うんだね? ジュウイツはやっぱりあなたのこどもだ。彼の不幸は、あなたから卑怯者の血を受け継いだことだ」

 血走ったドミアールの目からは今にも本物の血が流れ出しそうだ。

「その汚い口をもう一度開いたら、まずこの小娘の右腕を吹き飛ばす」

 グドンは顔色を変えず、セイイツに視線を向ける。

「こんなことになっても、あなたはドミアールを放置するの?」

 セイイツはあらぬほうを向いたまま返事をしなかった。

 グドンは思わず失笑した。

「おいらはさっき間違ったことをいったよ。ジュウイツが屑だったのは、母親がドミアールだったからじゃない。両親があなた方二人だったからだ」

 はじめて、セイイツがグドンに目を向けた。

(おまえのいう通りだ。だから、わたしはおまえを助けない。畜生の息子を持った、畜生の父親として)

 グドンは、それ以上何もいう気が起こらず口元を歪める。ボウは軽侮の籠った目でセイイツを睨んだ。この男性は本当に半妖の英雄と呼ばれた人だろうか?

 グドンは改めてドミアールに目を向ける。

「それで、おいらにどうしろというの?」

 今度はドミアールが失笑した。

「どうするべきか、わたしに訊かないとわからない? そうね。確かに難しい問題ね。できれば、ジュウイツの肉体は傷つけたくないし…。でなければ、まず両手足を切り落とすことから始めてほしいけど。体を傷つけず、あなたの息の根を止める方法。何かない?」

「駄目よ!」

 ボウが大声で叫んだ。

「あなたが死んだところで、この人はわたしを絶対に生かしておかない。結局二人とも死ぬことになるのよ。二人が犠牲になるより、一人でも生き残る道を選ぶべき。わたしはグドンが敵を討ってくれると信じてる」

 それを聞いたドミアールは口をへの字に曲げたが、

「残念ながら、あなたが犠牲なって死ぬのを見て見ぬ振りをする度胸は、この子にはないわね」

 と哀れむように言った。

「生きるか死ぬかの戦いで、卑怯な手がどうとかいっているようじゃ駄目。自分の命より良心を選ぶなんて愚の骨頂よ。だけど、悲しいことにこの子はそう生まれついているのかもね。目の前であなたが死んでいくのに耐えられない」

「グドンは愚か者じゃないわ」

 ボウは断言した。

「二人とも死ぬとわかっていながら、あなたの汚い手に乗るほどこどもでもない」

 ホホホと、ドミアールは本当におかしそうに笑った。

「じゃ、この子がどうするか見てみましょう。本当なら、賭けをしたいところだけど、どうせ、あなた方は二人とも死ぬことになるから、賭けても意味がないのが残念ね」

「おいらが、ボウを犠牲に出来ないと思う?」

 ドミアールの自信を嘲笑するように、グドンは頬を緩める。

「出来るというの?」

「出来るよ」 

 あっさりいってのけた彼の言葉は、はったりのようには聞こえなかった。とたんにドミアールの顔が強張る。

「あなたに出来るはずがない」

「それを聞いて、おいらは喜ぶべきかな? ボウも言ったでしょ? 二人とも死ぬより、一人生き残る道を選ぶべき。それにボウにかまけている間は、あなたは攻撃も防御もままならない。これほど簡単な選択はないよ。あなたはボウを殺すのに時間をかけていればいい。おいらはその隙を利用させてもらう」

 ドミアールが迷いを見せるのと同時に、ボウは蒼ざめた顔で目を伏せた。

 自分でもそう言ったし、理屈ではグドンのいう通りだとわかっている。それでも、実際に彼の口からこうした言葉を聞くのは辛かった。

 でも、わたしたち二人には、今、そうする道しか残されていない。自分を慰めるようにそう考えようとしたが、心の奥底にどうしようもない痛みが走った。

 彼女は血の出る思いで首を振り、

「グドン、短い間だったけど、あなたといられて幸せだった」

 と心の中で呟き、自分の弱い心を封印した。

 その表情を、グドンは心に焼き付けるように凝視している。

 彼女は自分を恨んではいない。ただどうしようもなく悲しくて堪えられないだけだ。できれば、二人一緒に死のうと言ってほしかった。そう思っているのが顔に出ている。そして、それを必死で覆い隠そうとしているのもわかった。

 ボウ、おいらは誰よりもきみが好きだ。これまでも、これからも…。

 グドンは瞬間移動の体勢に入った。

 ドミアールもそれを敏感に感じ取り、ボウの体を盾にする。

「あなたの体が貫くのは、わたしではなくて、このお嬢さんよ!」

 必死で叫び、ボウを盾にしたまま、自分もグドンへ向けて突進する。

 ボウを傷つけず、ドミアールを仕留めることは無理だ、と誰にも見てとれた。

 次の瞬間、ボウの体が何か強い力で撥ね飛ばされた。

 彼女は何メートルも吹き飛ばされたあとで、何とか体勢を立て直し、慌てて背後を振り返る。

 彼女の目に空中に佇むグドンの姿が映った。

 何が起こったかわからず、グドンに声をかけようと口を開きかけたとき、彼の後ろにドミアールの姿が見えた。

 ドミアールは二人を見ると、大声で笑い始めた。

 その笑い声はすでに常軌を逸していた。けたたましく耳障りで、女性の笑い声とはとても思えない。

 そのとき初めて、グドンの胸に大きな穴が開いているのが見えた。

「嫌ああッ!」

 見えた瞬間、ボウの口から絶叫があがった。

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