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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第四章 再びの渉不城
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198/203

198 普通の母として

 グドンはセイイツを探し続けると同時に、時間を遡る修練も続けた。

 身動きもできず、他にやることのない彼にとって、脳海や霊府に関する修練はまたとない暇つぶしになった。

 さらに、ドミアールとボウによる虐待が、日に日に数を減らし始めていることもそれに拍車をかけた。虐待は、グドンの勢力縮小に役立たないばかりか、考え方によっては、ジュウイツの病状をさらに悪化させる原因にもなっていた。それに加え、グドンによる攻撃で、彼女たち自身が負傷することも多くなった。ドミアールは、グドンに対する対応を根本的に変える必要に迫られたのだ。

 こうして二人が現れる機会が激減したことについて、グドンは皮肉にも寂しく感じていた。とりわけ、ボウが何日も彼の前に現れないと、何かあったのではないかと心配になりさえした。

 グドンは、今の状況をボウがどう感じているかぜひとも訊いてみたくなった。

 あるとき、彼の傍で眠る彼女が、悪夢に魘されたように悲鳴を上げ飛び起きたときは、もしかして、幻覚の中の彼女が正気を取り戻したのではないかと淡い期待を抱いた。なぜなら、直前のボウは、寝言で何度もグドンの名前を呼んでいたからだ。そのときの声は、かつてのように彼に対する慈愛に満ちていた。

 ところが、残念なことに、目を覚ました彼女は、憎しみの籠った目でグドンをひと睨みすると、一時たりともその場にいたくないといった嫌悪の表情で部屋を出て行ってしまった。グドンの夢を見たことは、彼による策略か何かと勘違いしたようだ。

 彼女も、現実と幻覚の区別がつかず、二つの自分の狭間で苦しんでいるのではないか? グドンは期待を込めてそう想像した。

 彼女にとって、この体は今ジュウイツなのだろうか、それともグドンなのか?

 グドンからの反撃でボウとドミアールが怪我をしたとき、彼女は、怒りに任せてグドンの頬を何度も殴打した。あのとき、殴打したのは、愛するジュウイツだったんだろうか? それとも、憎むべきグドンだったのか? 

 愛するジュウイツを怒りに任せ殴打するというのは、何とも不合理な気がする。もしかすると、ボウは心の中に矛盾を抱えていて、それがこうした形で外へ表れたのではないか? グドンにはそう思えた。

 つまり、殴打している対象は、グドンと見えて、実はジュウイツだ。彼女は、自分が愛すべき対象がジュウイツではなくグドンだと気づいている。殴っている相手がジュウイツだとわかっていてボウは殴った。それが矛盾に見えたのだ。 

 もしそうだとしたら、どれほどいいだろう、とグドンは夢想した。

 グドンはもっと彼女を観察したいと期待した。だが、残念なことに、ドミアールとボウによる治療は減るいっぽうだった。ボウが彼に触れる機会も減少した。

 当然、その分、グドンの修練に費やす時間は増えることになった。

 修練は遅々として進まず、成果も上がっていなかったが、グドンは出来る限りボウが現れたときを選び、時間を遡る修練を続けた。彼女が傍にいるときが、自身の感情のふり幅を最大限にできるし、修練の成果を最も上げることができると気づいたからだ。憎悪だろうと憤怒だろうと、彼女の感情がグドンに向けられたとき、その表情が、その視線が、その口調が、グドンの脳に鮮明に記憶され、時間を遡る役に立った。

 それでも、時間を遡ることは容易ではなかった。ボウが憎悪の籠った目で彼を睨んだ瞬間を選んで時間を巻き戻そうとした際は、それがほんの十秒ほど前のことであったにもかかわらず、戻ることに成功したあと、そのまま意識を失ってしまった。

 これが十秒や二十秒でなく、半日、一日という単位で遡るとしたら、どれほどの能力が必要になるのだろう?

 セイイツやゴウイツがそうした能力を身に着けているかどうか、グドンはぜひ訊いたみたい気がした。そして、もし可能であるなら、その方法を伝授してもらいたい。そのためなら、一度だけセイイツに土下座をしてもいいとさえ思った。

  

 こうして、寝たきりの生活は一か月、二か月と過ぎていった。だが、その間、グドンがずっと室内で寝かされたままだったかというとそうではない。

 グドンという邪魔者に侵されてはいるものの、ドミアールにとってこの体は、愛するジュウイツであることに変わりはなかった。

 それゆえ、治療や虐待以外にも、彼の傍に付き添い、共に時間を過ごすことがしばしばあった。

 むしろ、グドンの存在を意識している時間のほうが稀で、普段は、病気でこん睡状態に陥った息子を気遣う普通の母親だった。

 ドミアールは、グドン、いや、ジュウイツを特殊な車いすに乗せ、頻繁に戸外へと連れ出した。

 そんなときのドミアールは何とも朗らかで優しく、息子と時間を共有できることを心から楽しむ母親のように見えた。こうした時間こそが、人生の中で彼女が一番求めているものだという雰囲気さえあった。

 景色の良い湖畔で一緒に過ごしたときなどは、飽きることなくずっとジュウイツに話しかけていた。

 そうした一方的な会話の中で、グドンはジュウイツがどんな幼少期を送ったのかを知った。

 正直言えば、ドミアールの話すジュウイツはあまりに美化され過ぎている気がした。彼女の中でのジュウイツは聡明で誰にも優しく、英雄である父セイイツをも凌ぐ才能を持ちながら、それをいっさいひけらかすことはない謙虚なこどもだった。彼は常に周囲の模範であり、少女たちの憧れの的だった。

 グドンの毒牙にかかろうとしていたこどもたちを救うため、自らの命の危険も顧みず彼のアジトに乗り込んだが、念願敵わず、もう少しで命を落とすことになった。一度はセイイツに救助され新たな肉体を与えられたが、グドンの影が残ったことで、結局は自分をこん睡状態へ追い込むことになった。

 彼はまさに良心の塊であり、ドミアールの誇りだった。

 彼女は深夜密かにグドンの病室を訪れ、その体を抱きしめて一晩中泣き明かすことが何度もあった。

 そうした光景を目の当たりにするたび、さすがにグドンも複雑な思いを抱かずにはいられなくなった。

 現実世界において、もし、セイイツがジュウイツを殺さず、意識を失わせたまま生かし続けていたら、どうなっていたろう? グドンの魂を憑依させることがなかったとしたら、結果は違っていたろうか? もしかするとドミアールは、ボウが出会ったときの正気を失った女性ではなく、優しい普通の母親のまま生涯を終えていたかもしれない。

 もちろん、ジュウイツやドミアールの犠牲者は、そうした仮定を受け入れないだろう。現実のジュウイツは、罪のない大勢のこどもを殺害し、遺体を損壊した畜生であり、悪魔のような少年だった。こん睡状態になったからといって、生き続けることを許されるわけではない。当然グドンも許さない。

 だが、そうとわかってはいても、グドンに複雑な思いが込み上げた…。

 こうした毎日を繰り返すうち、グドンは、なぜ、セイイツがこうした幻覚を作るに至ったか、その理由が多少なりとも理解できた気がした。

 先に考えた三つの仮定はすべて誤りで、セイイツは、ただ単にドミアールに普通の母親としての生活を経験させてやりたかっただけなのではないか? それが正解であるとグドンは思うようになった。

 結果として、グドンの能力は高まったが、それは副産物であり、いわば付録で、グドンがジュウイツに同情するかどうかなど、端から期待していなかったに違いない。セイイツは、自分とドミアールのために時間が必要だと言った。それは言葉通りの意味で他意はなかったのだ。

 だが、こうした作り物の世界でいつまでも生活を続けさせるわけにはいかない。幻覚での生活に終止符を打ち、ドミアールを現実へ引き戻すときが来る。

 そのとき、セイイツはどんな気持ちになるだろうか?

 それはグドンにはわからない。

 ただわかるのは、ドミアールはこれまで同様、自分を殺そうとするだろうということ、そして、自分もドミアールを殺してすべてに終止符を打つつもりということだ。

 幻覚で何を経験しようと、それが変化することはない。

 幻覚の世界では愛し合いながら、現実の世界では、それにはまったく引きずられることなく、今を生きているボウとリンタロウのように。

 そのことは、セイイツも分かっているはずだった。わかっていて尚、こうした幻覚を見せているということは、セイイツがドミアールとの離別を決意したからではないか、と思えた。こうした幻覚はそのための儀式なのだと。

 いずれにせよ、グドンにとってそんなことはどうでもよかった。

 彼にとって大事なのは、ドミアールとのことに決着をつけ、ジュウイツを消し去り、セイイツに対しボウや己にこうした苦痛を与えたお返しをすることだ。

 今は、彼にとってもそのための準備期間だった。

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