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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
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19/53

19 病

「見る?」

「そうよ。一緒に来て、見てもらいたいの」

 グドンの答えを承諾と受け取ったのか、興奮を抑えきれない様子で、ボウはグドンへ近寄ろうとした。

 そこでようやく何か思い出したらしく、

「ごめんなさい。怪我をして、さっきまで意識のなかったあなたに、こんなことを言うなんて失礼よね? まだ痛むでしょ? ここへ連れてこられた時よりは随分よくなったと思うけど、動くのが辛いようなら、今すぐでなくていいの。すっかりよくなったら教えて」

 そう言ったものの、彼女は、何か焦りのようなものを隠しきれていなかった。

 グドンは、

「今すぐでも大丈夫だよ」

 と言いかけて言葉をのみ込んだ。

 体の痛みは、もうそれほどでもなかった。ゆっくりであれば、寝台を離れて歩いていくこともできなくはない。だが、その結果はどうなるだろう?

 結局は何も出来ず、ボウを失望させることになるのは目に見えていた。そうなれば、自分はもう用済みで、ここを離れるしかない。この美しく優しい少女とも二度と会えない可能性が高かった。グドンはそれを少しでも先送りしたいという欲望にかられた。

「傷は問題ないけど、先に何か食べさせてもらえるとありがたいな。凄くお腹がすいてるから」

 ボウがぷっと小さく笑い声をあげた。

「そうね。気が付かなかった。すぐ何かもってくるわ。大丈夫よ。ここにもあなたが食べられそうなものが少しはあるから」

 その後、しばらくしてボウが運んできた食べ物を、グドンは殊更時間をかけてゆっくり咀嚼しながら食べた。腹が減っているというのは嘘ではなかった。思い返してみれば、鉱山にたどり着いて以来、自分の小屋から持ち出した食料を少し口にしたなりで、何も食べていない。気を失っていた間は当然食事などできなかった。体は栄養を必要としていたのだ。だが、そんなことよりも、少しでもボウと一緒にいたかった。

 食べ物は植物の粉を練って発酵させたものが主だったが、火であぶった獣の肉もあった。こうしたものを霊族が普段から口にしているとは思えないから、グドンのために特別に用意してくれたのは間違いなかった。

「あなたの回復力は、わたしの想像をはるかに超えているわ」

 彼が食事をする様を横で眺めながら、ボウは感嘆する声を出した。

「きっと、あなたは特別なのね。ここへ運ばれてきたときは、もう助からないと心配したけど、今は食事をする体力までついてる。体を何か所も骨折して、脳を損傷している心配もあったのよ。それなのに、怪我の痕跡さえほとんど残っていない。本当に奇跡よ」

 彼女が嬉しそうに話すのを見て、グドンは食事の手を止め、束の間視線を落とした。

 ボウが自分を褒めれば褒めるほど、グドンの気持ちは重くなっていく。彼女が自分をセイイツと重ね、同じ能力を期待しているのがわかるからだ。

 残念なのは、グドンにはそんな力がないことだった。

 グドンは溜息をつきながらも、視線を上げ、再び食事を再開した。

 結局はなるようにしかならない。だいたい彼女とは知り合ったばかりで特別な関係でも何でもない。能力についていえば、コウギシたち町の住民も、彼の力の覚醒を恐れる一方で、いつまでたってもまったく力の表れない彼に失望し続けてきた。そこに、あと一人ボウが加わったところで、どうということはないではないか。

 グドンは自分にそう言い聞かせ、ボウの美しい顔に目を向けると、内心の苦悩を胡麻化すようににこりと微笑んだ。


 食事を終えたグドンがボウに連れて来られたのは、先ほどまでの病室の数十倍もあろうかと思える巨大な施設だった。

 ここも病室同様に地下にあるようで、その佇まいから見るに倉庫のようでもあり、屋内運動場のようにも見える。

 元々は、屋根を支える太い柱以外何もないがらんとした空間なのだろうが、今は、そこに無数の簡易寝台が並べられていた。

 その寝台の一つ一つすべてに、霊族の男女が寝かされている。その様を目にしたグドンは、ここはまるで野戦病院のようだと感じた。

 最初に見たときは、男女がすべてもう死んでいるのではないかと疑った。それほど彼らはまったく身動きせず、少しの生気も感じられなかったからだ。

 それから「ん?」と眉根を寄せた。

「この人たちは皆、おいらと同じ半妖? それとも、人族か妖族なの?」

 隣りに立つボウに、グドンは慌てて尋ねた。

 寝台に横たわる者たちの肌はどれも透けていなかった。彼らはグドン同様に実体があり、触れれば確かな感触があるように思えた。今回ばかりは、これが自分の能力のせいではなく、仮に今ここにいるのがムダイやホウカたち町の仲間であっても、きっと寝台の上の男女が見えたに違いない、と断言できた。

「この人たちはすべてわたしの仲間よ」

 とボウが答えた。

「仲間って霊族?」

「そう」

 さらにグドンが何か言いかけるのを制して、

「でも、重い(やまい)にかかっているの。死にかけているといってもいい。姿が見えるのは病気のせい。病状が進むにしたがって、霊族らしくなくなり、どんどん実体化してくるの」

 そんな病気は聞いたことがない、と言おうとして、グドンは思わず内心自嘲した。

 霊族に会うことすらこれが初めてなのだ。彼らの病のことなど一つとして知っているはずがない。

「わたしたちも、こんな経験は初めてなのよ」

 彼の心を読んだようにボウが言った。

「どうしてこうなったのか、理由もわからない。ある日、何だか体調が変だと感じるようになって、気付いたときには重症化している。彼らの多くは今、身動きすることも話すこともできない」

「でも、病がおいらの仲間と関係していると思うんだね?」

「ええ」

 グドンは首を傾げた。

 霊族はなぜ両者をつなげて考えているのだろうか? 町の仲間に霊族を苦しめる力があるとは思えない。それどころか、彼らの存在そのものに気付いていない者も多いはずだ。だからこそ、幽霊を恐れ、鉱山を捨てる決心をしたのだ。

 さらにもう一つ、病気をもたらしたのが町の半妖とわかっているなら、なぜ、霊族は報復しようとしないのか? 

 確かに、グドンに暴力をふるったように、一部には快く思っていない者もいるのだろう。ボウでさえも半妖によい感情を持っているようには見えない。だが、それは恨み、憎しみといった強い感情ではない気がする。でなければ、グドンを治療し解放しようなどと思うはずがない。これは、いったいどういうことなのか?

「今の状況が始まったのと、あなた方が山に来て坑道を掘り始めたのが、時期的にちょうど一致するの」

 彼の疑問に答えるように、ボウが説明した。

「時期が一致する?」

「そう。わたしたちがこの山に住み着いて以来、一度もこんなことは起きなかった。あなた方が鉱山にくるまでは」

 この山では、ボウたちが先住民でグドンたち半妖は新参者だ。病を持ち込んだ者がいるとすれば、グドンたちだと考えるのが自然だろう。だから、霊族は半妖に良い感情を抱いていない。しかしその一方で、故意に霊族を傷つけようとしたわけではないともわかっている。だから感情が中途半端なのだ。

「鉱夫の中にも、ここを去る前、体調を崩した者がいたと聞いたことがある」

 ふと思い出して、グドンはそんなことを口にした。

「知っているわ」

「知ってる?」

 訊き返したグドンは、あることに思い至り、あっと口元を掌で覆いそうになった。

 ボウのいう通りなら、これは伝染病じゃないのか!? 霊族だけじゃなく、半妖にも感染する伝染病…!

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