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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第四章 再びの渉不城
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185/203

185 異変

 誰かに激しく体を揺さぶられ、グドンは意識を取り戻した。

 意識を取り戻したとたん、再び後頭部に耐えられないほどの鋭い痛みが走る。

 自分を揺さぶっているのが誰かはわかっていた。ボウだ。目を閉じたままでも、体臭で彼女だとわかる。

 それ以上揺らさないで! 叫びたかったが、声が出なかった。

 出会ってから初めて、彼女を嫌いになりそうだった。 

 病気や怪我で倒れた相手を揺さぶるなんて、最低だよ、ボウ。たぶん、おいらの脳はもう取り返しのつかないことになってる。こういうときは、優しく口づけするのが決まりでしょ? そういう童話を読んだことがないの? だいたい、治療師になりたかったはずなのに…。

 それでも、意識を取り戻したとわかったのか、彼女のグドンを揺さぶる手が止まり、

「本当にもう…」

 と、とても優しいとはいえない口調で太い息を吐く。

 痛む頭を抱えながらも、グドンはようやく顰めた顔で目を開け、

「おいら、きみに何か悪いことした?」

 と不満を口にした。

「グドンは、どうしてそんなに気絶ばっかりしてるの? その度に、わたしはおかしな夢を見ることになるのよ」

 ようやく彼女の不機嫌な理由がわかった気がした。

 自分が気を失っている間に、ボウはまた何か見たくない夢を見たのだ。それが、自分のせいだと思っている。

 どうりで、自分を揺さぶる動作に悪意が籠ってると思った。気のせいじゃなくて、実際そうだったんだ。

 それでも、仕方なく大きく息をついて、

「またリンタロウを見たの? だったら、謝るけど…。でも、わざとやったわけじゃないよ。今回はそんなことになる理由もないのに…。前回は、ジュウイツがやったことだと思い込んでいたけど」

 リンタロウの名前が出たことで、ボウの顔が真っ赤になった。

「リンタロウさんの夢を見たなんていってないでしょ!」

「じゃ、今回は、誰? 周りにほかの男性はいないし。いや、まあ、誰でもいいけど…。どうせ、夢なんだし、そんなに気にすることはないよ」

 グドンは何とか立ち上がると、着衣についた土を払った。

 ボウはまだグドンを睨んでいる。

「とにかく、ごめんよ。次から修練をするときは、きみからもっと離れることにする」

 謝るのも変だったが、今は謝るのが一番被害を小さくできる予感がした。

 予想どおりというか、彼女は胸を大きく上下させてようやく怒りを治め、

「今回は何の修練だったの? 気を失うほど体と心に強い負担をかけるなんて無茶よ。大丈夫なの? どこか痛くない?」

 と、やっといつもの優しい彼女に戻る。

 きみに揺さぶられた頭が痛いとは言えず、グドンは小さく頷くと、

「まあ、いつものことだから。でも、修練のほうは全然うまくいってない。おいらの能力が低すぎるからだ」

「何の修練?」

 彼女はそれほど好奇心も見せずいう。

 考えてみれば、病の治療法以外、彼女に役立つ能力を見せたことがない。相手を打ちのめす能力ばかりでは、彼女が無関心なのも当然だった。

「今はまだ内緒だよ。ものになるかどうかわからないし…。でも、ものになったら、ボウに報告するから」

 ボウは黙って頷くと、それ以上深く追求しなかった。

「じゃ、渉不城へ入るのは、その能力にある程度目星がついてからにする? それとも、すぐ入る?」

「すぐに入ろう。ここでうろうろしていても仕方がない。でも、わざと脅かすわけじゃないけど、町の人たちには、あまり歓迎されないかもしれない。その覚悟はしておいて」

「そうね。グドンが戻ったと知ったら、皆、大騒ぎかも。それに、ホウカさんが何ていうかも気になるわ」

 と、揶揄う表情を浮かべる。

「たぶん、きみに感謝するよ。おいらから解放してくれてありがとうって。でも、ムダイの手前、外見上は不機嫌そうに見せるかもしれない。そういう女の子だよ」

 グドンが苦々しげに言うのを見て、ボウは思わず頬を緩めた。

「ホウカさんの話になると、グドンはまるで別人ね。こどもみたい」

「違うよ。ボウと一緒にいるときだけ、おいらは別人なんだ。嫌なことを全部忘れて、素直になれるんだよ」

 お世辞とわかっていても、ボウは嬉しかった。満更でもない顔になった彼女は、

「嘘ばっかり」

 と心とは裏腹なことを言った。

「本当だよ。天妖都の牢獄に囚われているとき、きみが危険に陥っていることもあって、おいらは頭がどうかなりそうだった」

 あの頃は、ジュウイツの誘惑に負けそうになっていた。力に対する欲求が強まり、とにかく力がなければ何もできないと思い込んでいた。そのためには誰かを傷つけても平気だった。

 そうした衝動は、ボウが戻ってきて以来、一度も起きていない。力をつけたいとは思うものの、それはあくまで自分とボウを守るためのもので、力に対する絶対的な崇拝ではなかった。

 今はボウと一緒にいられればほかには何もいらない。グドンにとって、彼女は心の安定剤のような存在だった。

 そうした心の内をグドンはすべて彼女に話した。

 聞いていた彼女は、グドンの腕をとって寄り添い、

「このままドミアールのことは忘れて、どこかへ行って二人だけで静かに暮らすことは考えてみた? もちろん、ジュウイツのことは何とかしなくては駄目だけど」

 グドンは頷く。

「考えたよ。でも、駄目だ。セイイツはおいらに手を貸してくれないと思う」

「でも、あなたの脳からジュウイツを追い出せるといったわ」

「そう。追い出せるとは言った。でも、追い出してやるとはいってない」

「そんな…」

 ボウは、信じられないといった表情になる。いったんは自分で殺しておきながら、今さらどんな未練があるというのだろう。

 だが、考えてみれば、彼にはジュウイツを完全に始末する機会がいくらでもあった。それを今まで放置してきたのは、セイイツにその気がないからだろう。

 ボウは改めてセイイツとドミアールの夫婦に強い憤りを覚えた。

「それに、ここで逃げたら、前へは進めない」

 とグドンが続ける。

「何としてでも、ドミアールとのことに決着をつけるんだ。セイイツが気にしてるのは、ジュウイツではなくて、ドミアールだ。少なくとも、彼女がジュウイツのことを諦めないかぎり、セイイツは手出しできない」

「本当に、セイイツさんは何を考えているのかしら」

 と、思わずボウの口調が厳しくなる。

「もうドミアールとは一緒に暮らしてさえいないのに…」

「それでもまだ、ドミアールのことが好きなんだ、きっと」

「あんな女性のことを?」

 彼女は、ドミアールの悪魔のような顔を思い出し、

「世の中に、あれほど邪悪で気味の悪い女性はいないと思うわ」

 グドンは苦笑し、

「おいらの心の影がホウカなら、ボウの影はドミアールだね?」

 言われて、彼女は眉を顰めた。

「全然違うでしょ? ホウカさんは単にグドンと相性が悪いだけ。ドミアールは悪魔よ」

 グドンは大笑いしたい気持ちをやっと抑えた。

「でも、セイイツの気持ちもわかる気がするんだ。仮にボウが別人のようになってしまったら、どうだろう? おいらはやっぱりきみを嫌いになれないと思う。いつかは元に戻るんじゃないかと、いつまでも期待を捨てられない。ましてや、自分の手にかけるなんて絶対に無理だ。それに、ジュウイツを殺したことも仕方なかったとはいえ、母親であるドミアールに対しては、申し訳なさを感じているんだと思う。だから、態度が曖昧に見えるんだ」

「随分、あの夫婦の肩を持つのね? わたしが同じ立場なら、すぐグドンを嫌いになると思うけど」

 澄ましていう彼女に、グドンは小さく苦笑した。

 ボウなら、誰よりも強い意志を持っておいらを立ち直らせようとするだろう。その時の姿が思い浮かぶ気がした。

「冗談じゃなくて本気よ」

 彼女は尚も言い張った。

 グドンなら必ず何か言い返してくると期待して待ったが、相手は何も言ってこない。不思議に思って顔を向けると、グドンは、彼女の存在など忘れてしまったように湖の遥か彼方をじっと見つめていた。

「どうしたの?」

「誰か来る」

「誰か来る? 渉不城の住民?」

 言われて、彼女もグドンの視線の先を凝視したが、何も見えない。

「小さな船だよ。でも、おいらとボウが湖を渡ったときと同じで、途中で動けなくなっている」

「え?」

 驚いてさらに目を凝らしたが、それでもボウには何も見えなかった。

 ただ、湖の上空の雲行きが急に怪しくなりつつあった。どこからともなく湧いた黒い雲が空一面を覆い、冷たい風が水面を渡って吹き付けてくる。

 その風があっという間に嵐のような暴風に変わった。

 穏やかだった水面に波がしらが立ち、そのうねりはどんどん巨大化して、湖の中央では津波のように変化している。

「船が沈みそうだ」

「わたしたちのときと同じ? 船の人たちも、勾玉を持っていないの?」

 グドンは首を振り、

「わからないけど、何か変だ」

 とボウに顔を向け、

「ボウはここにいて。少し湖岸から離れたほうがいいかかもしれない。おいらは、行って様子を見てくる。すぐに戻るから心配しないで」

 そう言いおくと、返事を待たず上空へ飛び上がる。

 彼の体はあっという間に黒い点に変化し、やがてそれも視界から消えた。

 そのときになってはじめて、彼女は、湖の水があふれ自分の足元を濡らしていることに気づいた。

 慌てて後退りしながら、グドンが姿を消した上空に目をやり、何も危険なことが起こりませんようにと心中祈った。

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