181 真実2
「話を少し前へ戻すけど…」
とグドンが続ける。
「町の半妖たちを殺したのはドミアール?」
(違う。殺したのはわたしだ)
「あなた?」
セイイツの返事を疑うように、グドンは眉間に皴を寄せた。
「どうして?」
(おまえを解放する手助けをしようとしたからだ)
「だけど、おいらを解放しようとした張本人はドミアールだよね? なぜ、ドミアールを殺さずに、それに加担した半妖を殺すの?」
セイイツは黙った。
グドンはそれですべてわかった気がした。セイイツはまだドミアールに感情を残している。だから、彼女は殺せない。代わりに、怒りの捌け口として町の半妖を殺したのだ。
「まさか、コウギシもあなたが傷つけたの?」
(あれはわたしではない。恐らく彼女はドミアールのことを知り、その計画を阻止しようとしたのだろう。見つけたときには、すでにこん睡状態にあった)
「じゃ、なぜ、倉庫へ隔離したの? ドミアールから彼女を守るため?」
(そうだ。同じ理由で治療を施さなかった)
「つまり、ドミアールの悪事は、コウギシから訊かなくとも、あなたにはわかっていたからだね?」
セイイツは返事をしない。グドンは嘆息し、
「コウギシの怪我は治せるの?」
(治せる)
「じゃ、似た質問をもう一つするけど、あなたが実際においらの中にジュウイツの欠片を見たのはいつ?」
(おまえが丘の上の墓参りに来たときだ)
「おいらがあそこで虫に噛まれて気を失ったとき?」
(そうだ)
それはグドンがはじめてセイイツの夢を見たときだった。あのときから、セイイツは少しずつ事情を説明しようとしていた。グドンはいったい何者なのか。どうして、今の姿で生きていて、ここにいるのか…。
「そのとき、ジュウイツの欠片を完全に消し去ろうとは思わなかった? というより、あなたはこの欠片を消し去ることが出来るの? もちろん、おいらを殺さずにという前提だけど」
(出来ると思うが、わからない。それに、欠片が消えれば、今のおまえが大きく変化してしまう可能性がある。高い能力も失われる可能性が高い)
ボウは再びはっと息をのんでグドンを見た。
グドンが今とは別人になってしまう? グドンはそんな試練に耐えられるだろうか? そして、そんな彼をわたしは変わらずに愛せるか?
「だから、実行しなかった?」
(それもある)
「ほかの理由は?」
訊いたものの、セイイツが答えない気がして、グドンは自ら答えを出した。
「もしかして、さっきのドミアールの件と同じ? 息子をもう一度殺すのは忍びなかった?」
セイイツは返事をしなかった。
こんなにわかりやすい人はいない、とグドンは感じた。と同時に、セイイツが少し哀れになった。恐らくこのひとは、生まれてからずっと二枚舌を使ったり建前を言ったりする必要がなかったのではないか? それゆえ、何かを嘘で誤魔化すことに慣れていない。だから、嘘をつくかわりに、いつも口を噤むのだ。
しかし、今、そんなことよりずっと大事なのは、彼自身の将来だった。自分の内部に残るジュウイツの欠片をどうするか、彼は決断を迫られるときが必ず来る。そのとき、おいらは、ジュウイツを抹殺するため、今の自分を捨てる覚悟ができるだろうか? 可能性は低くとも、死ぬ危険さえ覚悟せねばならない。仮に死ななくとも、一度手に入れた力を放棄し、渉不城で虐げられていたときの自分に戻ってしまうかもしれない。ひょっとすると、ジュウイツに殺される前の、愚鈍な自分に逆戻りする可能性さえある。そんな自分を見て、ボウは何と思うだろうか?
そうした怖れや迷いを、グドンはいったん頭の端に追いやった。
「改めて、ドミアールのことを訊くけど…」
言いかけたグドンを、
「ちょっと待って」
と、ボウがはじめて遮った。
グドンが彼女に優しい目を向ける。仕方のないこととはいえ、自分とセイイツばかりが喋っていることに、彼は後ろめたさを感じていたからだ。
「あの女性は本当は誰なの? わたしにはドミアールと名乗り、セイイツさんの母親だと言っていたけど」
(ドミアールはわたしの妻だ。ジュウイツの母親でもある。名前に嘘はないが、わたしの母親というのは嘘だ)
「彼女は魔族なの?」
(そうだ)
「治療師の能力を備えている?」
(そうだ)
ボウがグドンに向けて小さく頷く。それを受けてグドンは話を続けた。
「ドミアールは、おいらをどうするつもりだったの? つまり、なぜ、おいらを天妖都に引き留め、ゴウイツに会わせようとしたの?」
さらりと質問したように見えたが、グドンはこのとき、セイイツとの会話の中で一番緊張していた。これこそ、問題の核心だと感じていたからだ。
セイイツは返事をしない。
正直、グドンは強い苛つきを感じた。
この男は、嘘をつくより無言を貫くほうがマシだと信じているのだろうか?
「都合が悪くなると、あなたは喋れない犬になるみたいだから、勝手においらの推測をいわせてもらうけど…」
抑えようとしても、思わず侮蔑の言葉が口をついて出る。
「ドミアールは、さっきの話の逆をやろうとしたんだ。違う?」
「さっきの話の逆?」
訊き返したのはボウだ。
「そう。ジュウイツの欠片を抹殺するんじゃなくて、おいらのほうをこの世から消してしまおうとした。そうだよね? そうすれば、ジュウイツはこの体を取り戻せると考えた。少なくともその可能性はあると」
「あ!」
今回も声を上げたのはボウだ。小犬は沈黙を続けている。
その小犬を見るボウの目に憎しみが籠った。グドンのいう意味がわかったからだ。ドミアールがグドンを殺そうとしただけでなく、セイイツもそれを黙認した。いわば二人は共犯だ。
「あなた、それがわかっていて黙って見ていたの?」
小犬は尚も無言を貫く。
「このひとはずっとそうだよ。誰にとっても公平だと、紳士を装っているけど、実際はすごく利己的だ。渉不城での件でもそうだし、この町でのドミアールの行動に対してもそうだ。ただ、ひとつ庇う点があるとすれば、ドミアールの代わりに、自分で直接手を下さなかったことだね。ドミアールはおいらを殺せない。もちろん、普通に殺すことはできても、それじゃ、肝心のジュウイツも死んでしまう。だから、このひとに頼んだ。でも、たぶん、拒否された。それで、ゴウイツを利用しようと考えたんだ。ゴウイツなら、孫のために手を汚してくれるんじゃないかと期待した。残念ながら、期待外れだったけどね。もうひとついえば、おいらを情報局へ入れて大量の情報を送り付けたのも、それでおいらの脳が一部でも破壊されて力が弱まれば、ジュウイツがこの体を乗っ取れるかもしれないと考えたからだ」
ボウの瞳から静かに涙が零れ落ちた。
「どうすれば、そんな残酷なことができるの? わたしは今、グドンがあなた方のこどもでなくてよかったと本気で思えるわ」
きつく噛んだ唇から今にも血が流れ落ちそうだ。
ボウが憤りを激しくした分、グドンは逆に冷静さを取り戻したように見えた。
「笑えるのは、そんなあなたが、おいらをずっと観察していたことだよ。あなたが恐れていたのは、おいらがジュウイツの体に毒されることだった。彼の醜い心に侵されて、自らも犯罪に手をそめるかもしれない。もしそうなったら、すぐに抹殺する必要がある。そうでしょ? もちろん、その場合、ドミアールとは違いジュウイツ諸共殺す気だったろうけど…。実のところ、おいらは常にあなたの視線を感じてた。今ならわかるけど、あなたは、新たな命を与えたことに間違いがなかったか確かめようとしてたんだと思う。これまでのおいらは、あなたの試験を何とか通過した。それどころか、あなたのお眼鏡に叶ったときはご褒美ももらえた。渉不城を出る際、一度失ったボウの腕が元に戻ったことだよ」
ボウが思わず自分の腕に視線を落とす。
「でも、感謝はしないよ。だいたい、ジュウイツやドミアールと五十歩百歩のあなたに、誰かを評価したり、裁いたりする資格があるの?」
黙ったままの小犬にかまわず、グドンは別天袋を取り出し、中からコウギシの木箱を運び出した。
「もう渉不城まで運ぶ必要はないよね? ドミアールがコウギシを狙う必要もなくなった。惨事の根源がドミアールだとおいらにはもうわかったし、これから、渉不城へ行ってそれを皆に拡散するつもりだから」
言い終わると、まるで小犬の存在がこの世から消えてなくなったように笑顔でボウを振り向いた。
「どうしようか? 今晩はここで眠って、明日の朝、渉不城へ向けて出発する? それとも、今すぐここを離れたい?」
ボウは少し考え、
「もし危険がないなら、今晩はここで泊まりたいかも。グドンはどうしたい?」
「ボウの思う通りでいいよ。渉不城へ着くのが半日遅れたところで、どうという違いはないし、それにちょっとボウと一緒に試してみたいことがあるんだ」
ボウは小さくグドンを睨むようにした。
「わたしと一緒に? でも、グドンの試したいことって、危険なことばかりよね?」
「今回もかなり危険かもしれない」
グドンが思わせぶりたっぷりに言う。
「それは誰にとって、どう危険なの?」
「もちろん、ボウにとって、自分が壊れちゃうくらいに」
その淫靡な口調に、ボウは思わず顔を赤らめ体をくねらせた。
「嘘ばっかり」
二人は気づかなかったが、いつの間にか、セイイツと木箱が消えていた。
「それは、どこで試すの? 馬車の中?」
ボウが期待を込めて訊く。
「別においらは、ここでもいいけど…」
「グドンはやっぱり恥知らずね」
彼の腕を抱き、体を相手にあずけたボウは、自分がとんでもない勘違いをしていることに気づいていなかった。




