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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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178 待ち伏せの相手

 馬車に乗り込んだボウは、このままグドンと渉不城へ向かうものと思い込んでいた。だが、意外にも、グドンは馬車を天妖都のほうへ向けた。

「この道は、天妖都へ戻る道でしょ? ケンシさんたちを追いかけるの?」

 訝しむ彼女に、グドンは首を振る。

「いや、戻らない。でも、ひとつ試してみたいことがあるんだ。うまくいくかどうかわからないけど、試してみる価値はあると思う」

「どんなこと? 勿体ぶるのは、わたしを巻き込みたくないから?」

 いったん笑顔を見せたボウだが、嫌な予感に襲われ、

「ひょっとして、それは危険なこと?」

 と眉を顰める。

「どうかな。危険と思ったらすぐにやめるつもりでいるけど…。詳しく話さないのは、自分でもどうなるかまったく自信がないからだよ。五分後に天が落ちてくる、と予想したのはいいけど、何も起こらなかったら馬鹿みたいでしょ?」

「そういう話なの?」

 戸惑いを隠せないボウに、グドンも苦笑した。

「それに、少し時間がかかるかもしれない。だから、のんびり構えていてほしい。もし、そのときが来て危険と思ったら、すぐおいらの傍を離れて」

 二人は馬車を天妖都の近くまで進めた。

 町の城壁が見える小川の畔までくると、馬車を止め、馬に水をやってから、自分たちも適当な場所を見つけテントを張った。

 テントはケンシたちが馬車と一緒に残して行ってくれたものだ。車の中には、ほかにもかなりの量の食料と水が積んであった。

 飲食の必要のないボウは、テントの近くに起こした焚火に当たりながらぼんやりしていたが、グドンは久しぶりに携帯用の食料を腹に詰め込んだ。

 二人がテントを張った場所は、城壁からは数キロ、街道からも一キロ近く離れていた。街道側には常緑樹の林があるから、よほど注意してみないとグドンたちには気づかない。

 グドンはここで誰かくるのを待つつもりらしい、とボウは推測した。

 それは誰だろう? 焚火に当たりながら、ボウはなぞなぞを解くつもりで想像してみた。

 まず考えられるのはドミアールだ。彼女がここへ戻ってきて、手下と合流する可能性は十分ありそうだった。天妖都の最高幹部たちに命じてグドンを町に引き留め、ボウを誘拐したのはドミアールの仕業に違いない。

 グドンは、ここでその仕返しをするつもりなのだろうか?

 グドンがドミアールと対決する場面を彼女は想像してみた。

 だが、結果がどうなるかはまったく予想がつかなかった。それはドミアールの力がどれほどのものかまったくわからないからだ。ボウ自身に対しては絶対的な力を持っていたが、それがグドンにも通用するかはわからない。

 ほかに誰か候補になる者がいるだろうか?

 そこまで考えたとき、グドンがやって来て彼女の隣に腰を下ろした。

「寒くない?」

 訊かれた彼女が首を振るのを見て、

「というより、仙族は寒さを感じるの?」

「感じるわ」 

 失笑した彼女は肩をグドンにぶつけた。

「わたしを何だと思ってるの? 何も感じられないんじゃ、生きてる甲斐がないじゃないの」

 そういったボウだったが、それは半分本心で半分は嘘だった。

 渉不城の山の中で生活していた頃の彼女は、自分たち仙族の肌感覚が他種族よりも劣っていると感じていた。たとえば、半妖ほど暑さ寒さを感じないし、食べ物をとることにも大きな喜びは感じないといったことだ。

 究極は、伴侶との肉体的な繋がりを重視しないのも、それが原因だろうと考えていた。

 だが、渉不城を離れ、半妖や人族、妖族と暮らすようになって、自分がこれまで己の感覚を誤魔化していただけだと気づいた。

 今ではグドンに触れることは魂に触れるのと同じくらいの喜びをもたらす。

 こうして寒い屋外で焚火に当たるのも、これまでに経験したことのない心地よさと安らぎを与えてくれた。

 仙族は感覚が鈍いのではなく、必要がない場合は、それを制御できるのだ。

 それを知った今は、温かさや肌寒ささえ細やかな充実感を彼女に与えてくれた。

 そんなことを考えている彼女の肩をグドンが優しく抱きしめた。

 何とも形容しがたい温かなものが彼女に伝わり、やがてそれは全身を包み込んだ。

 グドンの体は今、炎に包まれているのかもしれない、とボウは思った。グドンが本気なら、わたしの体は今頃真っ黒焦げね。

 そう思った彼女は、何やらおかしさが込み上げてくすりと笑ってしまった。

「何?」

 怪訝そうにグドンが訊く。

 彼女は首を振り、

「今ここで、あなたは誰を待っているんだろう、と考えていたの」

 と誤魔化した。

「答えは出た?」

「可能性の一番はドミアールね。でも、どこか違う気もする。ここでドミアールと対決する気なら、あなたは、渉不城へ帰るとは言わなかったでしょうし」

 グドンは彼女の頬に唇を寄せた。

「やめてよ。真面目な話をしてるのに」

 その言葉とは裏腹に、ボウの頬がほんの少し赤らむ。

「称賛のキスだよ」

「じゃ、やっぱりドミアールじゃないのね?」

「違う」

 グドンはあっさり否定した。

「きみは、牢獄でドミアールから逃げたとき、小犬の妖獣が助けてくれたといったでしょ?」

「そう。一番大事なときにわたしは気絶していたから、結果がどうなったのかわからないけど、あの妖獣がいなかったら、わたしは今もドミアールに連れ去られたままだったと思う、間違いなくね」

「その小犬はたぶんセイイツだよ。そうでなければ彼が全幅の信頼を置いている手下かも」

 ずばりといってのけたグドンに、ボウは目を丸くした。

「セイイツ? あの小犬がセイイツかもしれないと思うの?」

 頷いたグドンは、渉不城を離れる以前から何度も小犬を目撃していることを話した。

 渉不城を離れる際、コタンフが操っていた妖獣、蟻巣島で幻覚の中に現れた大蟻の指揮官、それ以外にも、蟻巣島から逃れる際、隧道で生き埋めになりそうになった彼を横面から突き飛ばすように救ってくれた柔らかな物体、さらに夢の中で彼の能力の覚醒に何度も手を貸してくれた毛むくじゃらの生き物…。

 彼女は信じられないとばかりに何度も首を振った。

「それじゃ、セイイツはやっぱりあなたのお父さんじゃ…」

「違う。セイイツの息子はジュウイツだ。彼がなぜおいらを助けてくれるのかはわからないけど、理由はおいらが息子だからじゃない」

 ボウは少し考えてはっとなった。

「あなたがここで待っているのはセイイツ? 彼がここに現れると思ってるの?」

 そういったあと、すぐ警戒するようにグドンを睨む。二人の間に掌をかざし、

「称賛のキスはやめてね。そうしていつもずるずるいくのは嫌だから」

 グドンは思わず笑い声をあげ、

「半分正解で、半分間違い。だから、ご褒美はあげられないよ」

「半分正解? それはどういう…」

 言葉の意味を訊こうとしたとき、グドンの体が緊張で強張るのがわかった。

 彼の視線の先を見ると、上空を城壁のほうへ近づく幾つかの影が見える。

「運がいい。何日も待たずにすんだようだ」

 グドンはそう言って、彼女に顔を向け、

「きみはここで待っていて。向こうがどんな反応を示すかわからないから」 

 ボウが何か答えるより早く、グドンは宙に飛び上がり、あっという間にその場から消えた。

 彼女が再び目にしたグドンは、すでに城壁の真上にいた。


 突然、目の前に現れた人影に、城壁を越えようとしていた三人は、思わずギョッとして身構えたが、相手がグドンとわかるととたんに体の緊張と解いた。

「何かする前に、少しだけ話を聞いてくれ」

 老人の姿に戻った麒麟もどきが、低姿勢でおもねるような声を出した。以前四対一で戦ったとき、小僧、小僧と侮辱していたのとはまるで別人のようだ。

「わたしたちも騙されたのよ」

 と、大蜘蛛女も慌てて言い訳する。

「あなたがセイイツの息子さんだとは知らなかったの。知っていたら、あんな馬鹿な真似はしなかった」

 情報局から教えられたのか、三人はグドンとセイイツの関係を知っているようだった。

 どんな方法を使ったのか、なくなったはずの蜘蛛女の片腕が元に戻っている。グドンはそれを至極残念に思った。

「あなたの言い訳は?」

 グドンは軽蔑の表情でゴリラに視線を向ける。もちろん、彼も今は人族の姿に戻っている。

「すべてはドミアールという女の仕業だ。あの女は自分がセイイツの妻だと言った。嘘をついたんだ。彼女は、その、何というか、少し痛めつけたい相手がいると…。だから、やむなく手伝うことにした。だが、相手がセイイツの息子さんと知っていたら、協力などしなかった」

「よくわからないけど、嘘をつかれたとか騙されたとか、どこが嘘で、どう騙されたと、あなた方は思ってるの?」

 尋ねるグドンに、三人は戸惑う表情になり、それから互いの顔を見合わせた。

「まず、あの女がセイイツの妻だと言ったのは嘘だろう?」

 麒麟もどきが言った。

「いいや。ドミアールはセイイツの妻だよ、きっと」

「ああ?」

 グドンの答えに、三人はぽっかりと大口を開けた。今ならスイカでもまるごと口にねじ込めそうな馬鹿面だった。

「でも、彼女がセイイツの妻なら、あなたの母親のはずでしょ?」

 と大蜘蛛女。

「わが子を痛めつける母親なんて…」

「いるはずがない?」

 グドンが訊くと、三人は何度も大きく頷いた。

「おいらはセイイツの息子じゃないよ。だから、痛めつけたいと思っても不思議じゃない。それに、ドミアールもおいらが息子だとは言ってないでしょ? 違う?」

 大蜘蛛とゴリラは口を噤んだが、麒麟もどきは少しだけ狡猾そうな表情をのぞかせ、

「本当にセイイツの息子じゃないのか?」

 と確かめる。

「違うよ」

「ドミアールはセイイツの本物の妻だと?」

「それをおいらに訊くのはどうかと思うけど、たぶん間違いないよ」

 麒麟もどきはそれを聞いて小さく笑った。

「それじゃ、話はまた違ってくるな。小僧」

「え?」

 グドンは呆れて相手の顔を何度も見直した。

 これほどわかりやすく、何度も態度を豹変させる輩を見たことがなかった。土下座しそうな雰囲気から、今度はいきなりまた小僧呼ばわりだ。

「それはつまり、おいらを痛めつけようとしたことに間違いはなかった、という意味? おいらの友達が辛い思いをしたのも当然の報いだったと?」

「その通り」

 と、麒麟もどきはグドンを嘲笑する。

「残念ながら、おまえはぺらぺらと余計なことを喋りすぎたな。戦う前に喋り過ぎる奴は弱い奴だ、と聞いたことはないか?」

「ないよ」

 麒麟はふんと鼻を鳴らし、

「まあ、いい。おまえの望みを聞いてやろう。おまえの要求は何だ? 要求があるから、ここで我々を待ち伏せしていたんだろう?」

 大蜘蛛女とゴリラは固唾をのんで二人のやり取りを眺めている。麒麟もどきを止めるべきかどうか、考えあぐねている様子だ。

 確かに目の前の青年がセイイツの息子でないなら、それほど恐れる必要はないかもしれない。むしろ、ドミアールに対し、ここで胡麻をすっておくのも悪くない。

 二人の気持ちが揺れているとき、

「おいらの望みは、まずあなたたち三人を殺すことだよ」

 とグドンが答えた。

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