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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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164/203

164 二人の苦難

 グドンは暗闇の中で目を覚ました。

 自分はまだ牢獄の中にいる、とわかった。

 しばらくの間、それまで見ていた夢の余韻に浸り、動かないままでいる。

 何か変だ。

 目覚める直前、夢の中のグドンはそう感じた。

 何が変なのか?

 夢に見ていたのは、天妖都の最高幹部たちと戦ったときの再現シーンだった。正確にいえば、夢というより、過去の記憶を観客としてもう一度観賞させられている感覚だった。

 肝心なのは、過去を絵として見ていただけでなく、当時の感情や周囲の匂いまでが鮮明に蘇っていたことだ。

 たとえば、センザンコウの脳に侵入し相手を制御したときだ。あのときは気づかなかったが、グドンは、以前なら感じたはずの胸糞悪さをまったく感じていなかった。それどころか、小さな快感すら味わっていた。

 センザンコウを仲間の剣先に飛び出させたときもそうだった。剣が頭部に刺さったまま空中から落ちていくセンザンコウに、グドンは露ほどの同情も感じなかった。むしろ、ほぼ苦痛なく相手が死んだことを不本意にすら思っていた。女幹部の右腕がなくなったときはもう少しで笑い出しそうだった。

 これは本当に自分だろうか?

 誰かが故意に偽の過去を自分に見せているのではないか? 

 戦闘の最後、結局は最高幹部たちに敗れたときも、ボウを助けられず死んでいくことを申し訳なく思ういっぽう、なぜ、これまでもっと能力を高め、敵を倒す術を磨いてこなかったのかと強く後悔した。もし自分に力があったら、幹部全員を殺し、細切れにしてやれたのに、と。

 だが、それはいつもの自分らしくなかった。これでは力がすべて、力がなくては自分や愛する者を幸せにできないといった、チンスやほかの者たちと何も変わりがないではないか。

 今の自分は、以前よりももっと強く力を求め、相手を力でねじ伏せることに喜びを感じているのだろうか? でも、なぜ?

 このときほど、ボウに傍にいてほしいと思ったことはなかった。ぜひ彼女に、「おいらはもう別人のように変わってしまったの?」と訊いてみたい。

 もしかして、自分の中にいる悪魔、ボウが恐怖に戦慄し、魂で繋がることを拒絶した悪魔が、少しずつ自分の心を蝕み始めているのだろうか?

 グドンは言葉に出来ない怖れを感じた。

 だが、それはそれとして、彼が目を覚ます直前、何か変だと感じたのは、そのことではなかった。

 覚醒の直前、映像が一瞬停止したように見えたのだ。それどころか、ほんの少しだけ巻き戻った感じがした。

 あれはいったい何だったのだろうか? 夢が巻き戻る? 巻き戻った時点に、何か彼自身が気づかなかった重大な秘密が隠されていたということか?

 その場面がどこだったか具体的に思い出そうとしたが、どうしても出来なかった。

 あの時点で、戦闘の優劣はもうついていたし、特別に大事な点があったとも思えない。それなら、なぜ、あの場面へ巻き戻ったのか?

 考えるのをやめ、グドンは上半身を起こすと大きく息をついた。

 見たところ、牢獄には何の変化もなかった。

 寝ている間に誰かがやってきた様子もない。ここには、囚人にはつきものの、食事の時間もなさそうだった。

「腹が減ったよ!」

 グドンは大声で叫んだが、返事はなかった。

「ボウはまだ生きてるの? おいらをいつまでここに閉じ込めておくつもり?!」

 やはり反応はなく、彼の声は壁で反響することもなくそのままどこかへに吸い込まれた。

 相手はなぜ自分をこんなところへ閉じ込めておくのか? 繰り返し気になるのはそのことだった。いっそ殺せばよかったのに! こんな生殺しのような真似をして、どんな意味があるの?

 グドンは再び、壁をすり抜けようとし、風の礫と炎で壁を破壊しようとし、どこかへ瞬間移動しようとした。だが、どれも失敗に終わった。

 大きく溜息をついたグドンは、再び仰向きに横になった。

 渉不城の牢獄にいたころの自分にまた戻った気がした。

 おいらの生涯は大半が牢獄の中だ。そう思うと、抑えきれない怒りが込み上げた。こんなことを仕組んだのが誰にしろ、そいつを必ず捕まえて後悔させてやる。いつか、死ぬほどの苦しみを与えてやる…。

 そう思っている自分に気づき、グドンははっと冷静さを取り戻した。

 どうやら本当に自分の中の悪魔が目を覚ましかけているようだ。

 そのことに思い至ったグドンは、深く、深く失望の溜息をついた…。


 病名と病の原因を言いあてたボウは、一日ぶりで死ぬほどの苦痛から解放された。

 解放された刹那、仮面を自らの顔から剥ぎとると、そのまま床に投げ捨てた。彼女の姿がパッとその場から消え去る。まるでこの世から完全に消失したようだった。

 その光景をボウの前に立っていたドミアールが冷ややかな目で眺めている。

 しばらく何も言わずに室内を見回したあと、ゆっくり屈んで、ボウが投げ捨てた仮面を手に取る。それから、ついてもいない埃を仮面の表面から払うと、いきなり、何もないはずの空間へ投げつけた。

 仮面は少し飛んで急停止すると、垂直に落下し、小さな音を立てて床で弾んだ。

 突如、目に見えない柔らかな壁に行く手を阻まれた感じだった。

「面倒だから、早くもう一度その仮面をつけてちょうだい。でないと、今度は本当に痛い思いをさせることになるわ。病気ではなく、怪我でね」

 何かが仮面を床から拾い上げた。

 次に現れたのは、愕然とした表情のボウ、いや、ホウカだ。

 自分の居所がドミアールに知られてしまったことが、彼女には信じられなかった。ドミアールは仙族の姿が見えないはずじゃなかったの?

「愚かな子ね。いえ、浅はかというべきかしら。あなたの姿が見えないまま、何の策も講じないで放置していたと思うの?」

 老婆に指摘され、ボウは自分の思慮のなさを恥じるようにうなじを垂れた。目には見えないが、ドミアールはきっと、仙族を可視化できる眼鏡か何かをかけているに違いない。

 あの小さな妖器店でも手に入ったのだから、ドミアールが持っていたとしても何の不思議もない。むしろ、彼女の言うように何もせず見過ごすほうが変だろう。なぜ、そのことにもっと早く思い至らなかったのか…。

「それと…」

 ドミアールが続ける。

「その顔はあなた本来のものではないんでしょ? だったら、本当の姿を見せて。仮面を使って、そうすることも出来るんでしょ? ここにいる間、別人の振りをする必要もないじゃないの」

 ボウは言われるまま、自分本来の容姿に姿を変えた。

 そんな彼女の顔を値踏みするように見ていたドミアールは、少しがっかりしたように苦笑した。

「どちらも大して変わり映えしないお顔ね。だけど、まあ、これであの子の好みはわかったわ」

 屈辱に耐えるように、ボウは顔を赤らめ拳を握りしめた。

「あなたは、わたしを騙そうとした。そうよね?」

 続けてドミアールが言う。

「これが躾けである以上、躾けに背いた者は罰を受ける必要があるわ。それに、一つ一つの病の解決に時間をかけるのも、もう飽きたし」

 思わずボウが身構えると、ドミアールは一二歩歩み寄りまず彼女の頬に触れた。

「ぎゃっ!」

 鋭い痛みにボウが悲鳴を上げる。

 それにはかまわず、ドミアールは次いで右腕に触れた。そして、右の太ももへ、左の脇腹、後頭部、左の目…。

 次々に十数か所の部位に触れたあと、やっと作業が終わったという表情で動きを止めた。

「今日は、この程度にしておいてあげる。明日はこの倍に増やすから、自分の能力を高める努力をすることね」

 そして、白い幕の向こうへ消えようとし、そこで立ち止まってもう一度ボウを振り向いた。

「この幕も、もうそろそろお役御免ね。邪魔になるだけだし」

 次の瞬間、幕がふっと消え去った。

 もう立ってはいられず、床に崩れ落ちて体を折ったまま痛みに耐えていたボウは、ドミアールが牢獄から出ていくのを目の端で眺めていた。

 ドミアールが牢獄を出ていった?

 彼女は今見た光景が信じられなかった。

 そしてようやく理解した。この牢獄に閉じ込められているのはドミアールと自分の二人ではない。自分一人だけだ。白い幕は、プライバシーを守るためのものではなく、ドミアールが牢獄を離れ、いなくなっていることをボウから隠すためのものだった! この牢獄で起きていることは、何もかもドミアールが仕組んだことなのだ。

 そのことにようやく気づいたボウだったが、今はそんなことにかまっている余裕はなかった。

 体の奥底からわき上がる激痛に耐えることで、彼女は必死だった。

 我慢しきれず、瞼から大粒の涙が零れ落ちる。

 グドン、助けて! お願い、助けて!

 彼女にはもう、心の中でそう叫ぶことしかできなかった。

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