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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第一章 渉不城
16/20

16 化け物

 感じたのは何かの視線だった。

 その何者かは、それほど遠くないところから、じっとグドンの背中を睨んでいる。

 ムダイやホウカたちだろうか? もう見つかってしまったのか? それとも別の誰かが自分を追ってやってきた? 

 振り向くには勇気がいった。

 仮にムダイたちなら、声もかけず黙って彼を観察してはいないだろう。であれば、この山に住む獣か何かか? まさか、鉱夫たちが噂していた坑道に住む化け物ではあるまいが…。

 身震いするほどの恐怖を感じながら、それでもグドンは振り返らずにはいられなかった。

 相手への刺激を最小限にとどめようと、あくまでもゆっくりと、振り向いたのは偶然だという振りを装おうとした。そんなことは馬鹿げていたし、不可能だったが…。

 あーあ、とひとつ小さく背伸びをしてから、来た道を戻る素振りで何気なく背後を振り返る。

 そしてグドンは全身が固まった。

 彼から五メートルほど離れたところに、中年の男が立っていた。

 瞬き一つせずじっとグドンを睨んでいる。

 見知らぬ男だが、身なりにどこといって変わったところはない。町の住民たちと同じで、あえていうなら鍛冶屋の職人といった風体か。

 ただ男の体は半ば透明で、体の向こうに坑道の岩壁が透けて見えていた。

 グドンは愛想を振りまこうと笑顔になろうとし、失敗した。緊張で固まった頬は、ほんの少し引き攣ったように動いただけだった。

 男は尚も微動だにしない。

 あたかもグドンが見えていないか、グドンのほうに自分が見えているはずはないと確信している様子だ。

 グドンはゆっくりと体の向きを元に戻し嘆息した。

 どうすればいいだろう? 走って逃げるか? それとも戦うか? 

 腰には手に入れたばかりの剣がある。

 しかし、どちらも現実的でない気がした。

 考えあぐねて、最後は、何も見なかったことにすると決めた。

 おいらは何も見ていない。すべてはただの気のせいだ。向こうも無反応で敵意もなさそうだし、無視を決め込めば、このまま見逃してくれるかもしれない。

 今回は本当に来た道を戻るつもりで振り向いた。

 そしてまた固まった。

 相手の人数が増えていた。

 合計四人。老人と中年の婦人、それに十代半ばの少年の姿もあった。

 ぎゅっと目をつむり、何も見ないし何も見えない、と念じながら動き出そうとしたとき、それを察したように男が動いた。

 正確にいうなら、グドンが気付いたとき、相手はもう彼のすぐ横にいた。

 男は何もいわず、自身の髪に軽く触れたように見えた。

 次の瞬間、その白髪交じりの髪がみるみる伸びてグドン目掛けて迫ってきた。

 攻撃してきた!

 本来、防御のために彼は身構えるべきだった。だが、自分でも驚いたことに、気付いたときには顎を反らしふんと鼻を鳴らしていた。相手の愚かさに我慢ができないというように。

 言い訳めくが、こうした反応を示したのには理由があった。

 グドンはかつて、死者の霊がこの世に戻ってくるという話を聞いたことがあった。戻ってくるのは往々にして現生に心残りのある者たちだ。大事な家族をこの世に残しており、完全には成仏できないでいる。

 霊が戻ってきたとき、家族は大喜びし、奇跡に感謝しながら相手を抱きしめようと咄嗟に手を差し伸べる。ところが、無慈悲というべきか、手は相手の体をすり抜け指一本触れることは叶わない、という話だ。

 この男も成仏できない霊に違いなく、髪もきっと自分には触れられない、グドンはそう確信めいたものを感じていた。

 ところが、信じられないことに、男の髪はさらに伸びて実際にグドンの体に巻き付いた。

 え? 巻き付いた? そんなはずは…。

 これは何か変だと気付いたときにはもう遅かった。

 髪は容赦なく、グドンの体をぎゅうぎゅうと締め付けてくる。

 その瞬間、彼もようやく、愚かなのは鼻を鳴らした自分のほうだったと気付いた。 

 自分を嘲笑ったグドンに仕返しをするように、男はふんと鼻を鳴らし片頬を歪めた。

 その仕草には強い自我と皮肉が込められていた。

 こいつらは実体があるだけでなく、知性もある。相手の仕草の意味を理解し、それを皮肉るだけの知性が。

 髪はグドンの体全体に巻き付いて完全に彼の自由を奪い、さらに首から上へと伸びて、彼の口を塞いだところで止まった。

 その間、グドンも必死で抵抗しようとしたが、すべては徒労に終わった。

 腕は体の側面にぺたりと張り付いたまま、まるで力が入らず、逃げ出そうと駆けだした際には足を取られ、もんどりうって頭から地面に転がった。

「こいつをどうする?」

 倒れて唸っているグドンを見下ろし、老人が鍛冶屋男に訊いた。

「切り刻んで山の獣の餌にするか?」

「いや、まずは自分たちがどんな間違いを犯したか教えてやるのが先だろう。それから解剖して、何か役に立つ臓器がないか調べる」

 間違いを犯した? 解剖? 誤解だよ。おいらは初めてここへきたんだ。

 反論したかったが、今は口を開くことさえ難しかった。

 どこからかナイフを取り出した男は、髪を自分の首の後ろでバッサリと断ち切った。まるでロープか何かを切り取るようで、一瞬の迷いもなかった。

「ぼくにこいつを引っ張らせてよ。皆のところまで連れていく役をやらせてほしい」

 少年が玩具をねだる口調で言った。

 男があっさり髪の端を少年に手渡すと、興奮した悪ガキは歓喜に声を弾ませた。

 「ほらほら、いくぞ、覚悟しな!」

 まずい! グドンは嫌な予感がしたが何も出来なかった。

 少年は握った髪を手に巻きつけ、力任せにぐいとグドンの体を引き寄せる。

 少年の年齢からは想像できないほどの強い力に引かれ、グドンの体が宙へ舞い上がった。

 風も吹いていないのに、グドンは自分が凧になった気がした だが、凧になったのは一瞬だけで、重力には勝てず、次の瞬間、頭から地面に激しく叩きつけられた。

 彼がはっきり覚えているのはそこまでだった。

 口の中で何か金属臭のようなものがしたのを最後に、グドンは意識を失った。


 運ばれていく途中、グドンは何度か意識を取り戻した。

 一度は坑道の中をとんでもない速度で引きずられていた。

 すでに衣服は破れボロボロで、皮膚も引き裂け、ところどころ肉が見えている。

 地面に段差があると、そこに体を打ち付けて何度かバウンドし、最後はまた頭を打ち付けて気を失った。

 呼吸できないまま、水中を引かれていたこともある。

 水の中とわかっていても呼吸を我慢できず、口は塞がっていたから鼻から息を吸い込もうとして、酸素の代わりに大量の水を吸い込んだ。

 何度も噎せたが、口からは水も空気も吐き出せず、そのまま肺に逆流させることになった。もの凄い苦痛で、まるで体が膨張したようになり、今にも血管が張り裂けそうだった。

 そして、彼はまた意識を失った。

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