158 ジョフウコ2
「あの扉は全部で何か所に行けるの?」
グドンは質問を変えた。
「四か所だ。人工の広く長い通路、鍾乳石のある洞穴、木箱の一杯積まれた部屋、石造りの牢獄だ」
人工の広く長い通路とは隧道のことだろう。同様に、ほかの二か所は鍾乳洞と倉庫。問題は牢獄だ。牢獄? ボウが送られたのはどこかの牢獄なのか? もしそうなら、そこで愉快な生活が待っているとは思えなかった。
「鍵も鍵穴もない状態で、その牢獄へ行くことは可能?」
「どう思う?」
皮肉な口調で訊き返したジョフウコは、グドンをあざ笑うように頬を緩めかけ、相手の真剣な目つきに気づいて途中で笑みをひっこめた。
「だけど、その四か所というのは、実際ある場所だよね?」
とグドンが粘る、
「だったら、扉を使わずに行く方法があるはずでしょ? たとえば、隧道…あなたのいう人工の通路だけど、あそこへは渉不城や蟻巣島からも行くことができた。それなら、牢獄へは? どんなに時間をかけても行けないの? 直接牢獄の中へ入れなくても、牢獄のある場所の近くとか。それがどの辺りにあるかもわからない?」
ジョフウコは残念そうに首を振った。
「少なくともわたしは知らない。力になれなくて申し訳ないが…」
今度はグドンが首を振った。
扉はジョフウコが強制されて作らされたものだし、鍵なしで出入りできないのは、彼の責任ではない。
「しかし、扉の中へ入ることはできないが…」
とジョフウコは言うべきか否か迷う様子で言葉を濁した。
「何?」
あまり期待を持たずにグドンは訊いた。
「各目的地へ通ずる入口には、表示のようなものがついているのを知っているか?」
「表示?」
言われたグドンはすぐに、扉の前で、漆黒の闇へと繋がる鍵穴と表示のようなものが見えたのを思い出した。
「見たことがあると思うけど、それがどうしたの?」
見えたところで役に立たないし、牢獄の入口は見えもしなかった。
「四か所すべてが見えたか?」
「牢獄は見えなかったけど、見えれば、入る方法があるとか?」
ほんの少しグドンの心に希望が生まれたが、ジョフウコの答えでそれも吹き飛んだ。
「いや、入れはしない。だが…。中を覗くことなら出来るかもしれない」
「中を覗く?」
「うん。あの表示は窓でもある。扉が何か所にも繋がっている場合、利用者本人でも、それがどこか、何か所に繋がっているか混乱することがある。ましてや、鍵を誰かに貸す場合には猶更だ。そのため、わたしは窓をつけ、目的地が何か所あってどんな目的地に繋がっているか、一目でわかるようにした」
それがもし本当なら、あの表示はやはりジョフウコが自らつけたものだったのだ。グドンを揶揄うために誰かが即席でつけたものではない。
「だけど、おいらには、牢獄の入口だけが見えなかった」
「それは多分、鍵を持っていなかったからだ。ほかが見えたのは、鍵と鍵穴を持っている奴が故意に見せたんだろう」
それは当時グドンが感じた印象と一致した。相手は三か所だけ入口を見せて彼を揶揄っているように思えた。
「つまり、結局は、鍵を持っていないと、扉を入ることも、その入口を見ることもできないわけでしょ?」
「そうだが。違う」
グドンは思わず失笑した。この人は思ったほど悪い人ではないが、やはりどこか頭がいかれている。
ジョフウコはそれを感じたのか、
「扉の出入りには鍵穴が必須だ。だが、入口を見るだけなら、鍵さえあれば大丈夫」
「でも、鍵もないよね?」
「鍵はある」
ジョフウコが得意満面で頷いた。まるで両親に秘密を告げるこどものような顔だった。
「鍵がある?」
「廃墟の扉に限らず、扉を作る際には必ず合鍵を作っておくんだ。鍵穴を複製することは信義にもとるからやらないが、合鍵はいざというときのために作っておく。廃墟の扉も例外じゃなかった。まあ、扉を開閉できるわけじゃないから、役立たずかもしれないが、それがあれば、牢獄の中を覗けるかもしれない」
グドンは何やら宙ぶらりんの気持ちのままその話を聞いた。
「その鍵はどこにあるの?」
「木箱に横たわったわたしの靴の中にある。一見中敷きに見えるが、実は納戸袋だ。その中に、すべての合鍵が隠してある。わたしが作ったものだから、そこらで売られている納戸袋とはわけが違うぞ。どこが違うかは、使っているうちにおいおいわかってくる」
「それをおいらに貸してくれるというの?」
「貸すというより、くれてやるよ」
グドンが戸惑った目を向けると、ジョフウコは皮肉な目で、
「どうせ、わたしはもう一生ここから出られない。違うか? それなら、何を持っていても宝の持ち腐れだ。廃墟の扉は別にして、ほかの妖器は元々、誰かのためになればと思って作ったものだ。少しでも役に立つなら、使ってくれ」
グドンは何と返事をすべきかわからなかった。ジョフウコの行動に感謝感激したわけではなく、これには何か裏があるのではないかと疑ったのだ。
今回のジョフウコの行為は、妖器の研究開発のために何十人も殺した凶悪犯のイメージとはあまりにかけ離れ過ぎていた。
納戸袋を開けたとたん、中から何かが飛び出して自分の命を奪うのではないか? 彼の靴に触れることで、ジョフウコが目を覚ます可能性は? いずれにせよ、相手が単なる厚意からこんな申し出をしているとは信じられなかった。
グドンの逡巡を、ジョフウコは敏感に感じとったようだ。
「気が乗らないのなら、無理にとはいわない」
ジョフウコはそう言うと再び目を閉じた。
「あなたは、どうして、おいらにこんなによくしてくれるの?」
グドンの問いに、ジョフウコは目を開け、詰まらなそうに鼻を鳴らす。
「では、訊くが、わたしたちの立場が逆なら、おまえはどうしていた?」
束の間考えてから、グドンは答えた。
「たぶん、自分の脳へ入ってきたあなたに返事すらしないと思うよ」
ジョフウコが薄く笑った。
「正直だな」
「だって、あなたをここに閉じ込めたのはセイイツでしょ? おいらはセイイツの息子だとあなたは疑った。普通なら、助けるどころか、恨んで当然だよ」
「本当にセイイツの息子なのか?」
ジョフウコはまだ疑いを残した目で言った。セイイツの息子と言ったのは、半ば口から出まかせだった。
グドンは頷く。
「皆はそう言ってるよ。でも、おいらは一度も会ったことがないし、最近まで、もう死んだと聞かされていた」
ジョフウコは溜息をつく。
「おまえの境遇も、わたしに劣らず哀れなものだ。だが、そのほうが、何となく納得できる気がするな」
嘲笑するでもなく、むしろ、グドンに同情する表情でジョフウコは言った。
「話すうち、おまえが誰にしろ、セイイツの使いではないと感じた。それどころか、わたしと同程度にも奴のことを知っていないと」
「だから、親切にしたくなった?」
「それもあるかもしれないが、本当にただ手助けしてやりたいと思っただけだ」
「でも、あなたは凶悪犯ですよね? 何十人もの犠牲者を出した」
「それは、考え方ひとつだ」
「考え方ひとつ? 大ぜいの犠牲者を出しておきながら、そんな言葉で片付けるの?」
さすがに我慢がならず、グドンは厳しい口調になった。
「信じてくれるかどうかは別にして、わたしもはじめから犠牲者を出そうと思ってやったわけじゃない。ただ結果的にそうなった」
グドンが何かいい返そうとするのを、ジョフウコは手を挙げて遮った。
「何か新しいことを始めるときには、そういうことがあるんだ。どんなものにも犠牲は付き物だ。たとえば、おまえは体の具合が悪くなったらどうする? 自分で何ともできないとなったら、治療師のところへ行くだろう? だが、その治療法は、どうやって生まれたものだと思う? おそらく、はじめは治療法がわからず、何人もの犠牲者を出したはずだ。色々試して、ようやく正しい治療法を見つけた。薬草の使用法もそうだろう。経験なしには何も生まれない。そして、経験には犠牲が伴う。食い物だってそうだ。毒のあるものとないものはどう見極める? きっと以前に毒のあるものを食って死んだ奴がいるんだ。そこから学んだ。犠牲を恐れていたら、何一つ前に進まない。要はその犠牲を日頃意識するかしないかの違いにすぎない。違うか?」
「あなたのいうのは詭弁だよ」
グドンは首を振った。ジョフウコのいう意味は理解できたが、納得できなかった。
「自分の作った妖器を試すとき、あなたは、その実験台になる人に、そのことをちゃんと説明したの? 死を覚悟で妖器を使うかどうか、本当に本人に選択させた? そうでないなら、公平じゃない」
ジョフウコも黙ってはいない。
「ほう。では、訊くが、おまえはこれまで治療を受けた際に、自分は新人で知識も経験も乏しいが本当に自分で大丈夫か、と治療師に訊かれたことがあるか? ないだろう? 仮にもし訊かれたとしたらどうだ? 失敗すれば自分の手足がなくなる可能性があるのに、それでもその新人にみてもらうか? きっと断るはずだ。だが、名医も、初めは新人だった。新人だからといって忌避していたら、名医は生まれない。それどころか、いつか、新人さえ出てこなくなるだろう」
黙ったグドンを見て、ジョフウコはさらに続けた。
「世の中は、おまえの想像以上に人柱でできている。犠牲なしには社会は動いていかない」
グドンは嘆息した。
「それなら、最後に一つだけ教えて。あなたが犠牲にしたのは、どんな人たち? その町の有力者? あなたと同じで、何か特殊技能を持った者? 違うよね? きっと、無名の、社会的に価値がない者たちだ。少なくともそうあなた方が見做した者たちだよ。犠牲になるのはいつも弱者。強者は犠牲にならず、犠牲は必要悪だと強弁する。違うの?」
ジョフウコは何度か首を振った。
「こういういい方は卑怯だがおまえはまだ若い。実際には弱者も強者も違いはないが、おまえは若いから、それがわからない」
「わかるかどうかではなくて、大事なのは、それを受け入れるかどうかだと思うよ」
反論すると思われたジョフウコが、なぜかあっさり頷いた。
「おまえはやはり父親と似ているな」
そう言った相手の声は同情の響きに満ちていた。




