157 ジョフウコ
これで、木箱の住民と意思疎通が可能であるとわかった。
老人の脳から出たグドンは休憩をとらず、ジョフウコとの対話にそなえた。
ジョフウコの脳が老人の脳と同じ状態であることを、グドンは祈った。もし、彼との対話が叶わなければ、とりあえず、倉庫内でグドンが出来ることはなくなる。あとは、チンスの上司たちに直接あたる以外になかった。だが、それは対話ではなく、彼らとの力の対決に繋がる気がした。負ければすべてお終いだ。
不安と期待の入り混じる中で侵入したジョフウコの脳の内部で、彼の分身を見つけたとき、グドンはホッとして暫しぼんやりしてしまった。
ぼんやりすると同時に、あることに気づいて小首を傾げた。
今の自分は他者の脳へ侵入しても、以前のように不快に感じたり、嘔吐を催したりしていない。変態老人の脳内でもそれは同じだった。なぜだろう? 何か変化が起きたのだろうか? それは、良いことか、それとも悪いことか?
「戻ってきたのか」
ジョフウコの声にグドンは現実へ引きこ度された。
「今度は何の用だ? わたしに何をさせたい?」
その場に胡坐をかいて座り瞑想状態だったジョフウコは、グドンを誰かと勘違いしたらしく、そんなことを言った。
初めて見るジョフウコは、情報にあった肖像画どおりの容貌をしていたが、グドンが想像していたより穏やかで、ごく平凡な男のように見えた。
これは、凶悪犯罪者の手配書が、えてして犯した犯罪の凶悪さを風貌に反映してしまうせいかもしれなかった。手配書の犯人が天使のような雰囲気では、捕まえてお上に突き出そうとする者がいなくなる。
「あなたは、誰のことをいってるの? セイイツ?」
グドンが答えると、ジョフウコははじめて目を開け彼のほうへ顔を向けた。
目を細め、しばらくグドンを観察していたが、また黙って目を閉じる。
「おまえが誰でも同じことだ。どうせ、あいつの使いだろう? 息子だろうが孫だろうが違いはない。さあ、早く言え。何の用だ?」
グドンが驚いたのは、相手が自分をセイイツの息子と呼んだことだ。渉不城の者は別にして、一目で彼とセイイツの関係を見抜いた者はこれまで誰もいなかった。蟻巣島のリョクギダンでさえ、グドンが息子とは気づかなかった。そうした経験から、セイイツと自分が瓜二つという渉不城の者たちの発言は眉唾物だ、と思うようになっていたのだ。
「おいらがセイイツの息子だと、どうしてわかったの?」
ジョフウコはもう一度目を開いて彼を見ると、これほど愚かな質問はないとでも言いたげに、ふんと鼻を鳴らし口を歪めて見せた。
「くだらないことを訊くな。要件は何だ? 言わないなら瞑想の邪魔だ。とっとといなくなれ」
グドンは頷き、本題を切り出した。
「廃墟の扉を作ったのは、あなただよね? あの扉の使い方を教えてほしい。あの扉の行き先は何か所あって、どうやってそれを使い分けるの?」
「廃墟の扉?」
ジョフウコの顔にはじめて戸惑いの表情が広がった。
息子であるにしろないにしろ、セイイツの使いなら、なぜそんなことを訊くのか? セイイツに訊けばすぐにわかるではないか。こんなところまでやってきて、わざわざわたしを煩わせるのは、何かの嫌がらせ…。
そこまで考え、彼ははっと何やら思いついたように顔色を変えた。
「セイイツに何かあったのか? あいつはまだ元気なんだろうな?」
グドンは内心、心が震えていたが、何気ない振りを装い尋ねた。
「あなたが最後にセイイツに会ったのは、いつ?」
「いつ? ひと月ほど前か…。そういえば、奴も廃墟の扉のことを訊きたがっていた。扉の鍵をもう一組作れるかとか何とか…。奴は今も元気なのか?」
ジョフウコは訊いたが、グドンは彼の話を途中から聞いていなかった。
セイイツは今も生きている。いや、少なくとも最近までは生きていた。そのことで頭が一杯だった。
扉のことや変態老人との会話から、まだ生きている可能性が高いと予想はしていた。だが、変態老人がここに囚われたのは遥か昔だし、扉を制作、利用しているのもセイイツとは限らなかった。だから、セイイツの生存を疑いつつも、絶対的に確信するまでには至らなかったのだ。それが、今回のことで彼が生きていると確認された。
グドンはしばらくしてやっと一時の興奮と混乱から抜け出し、ジョフウコが最後にいった言葉の意味について考えた。
扉の鍵をもう一組?
「あの扉には、鍵が必要なの?」
「当たり前だろう。どんな扉にも鍵が必要だ。でなければ、誰でも開け閉めできてしまうではないか」
「じゃあ、その鍵がないと、行きたい場所へは行けない?」
「鍵が開いた状態なら、誰でも行き来できる。閉まった状態なら鍵が必要だ」
つまり、グドンたちが開けたとき、隧道や鍾乳洞に通じる扉は鍵が開いていたのだ。グドンはふと思いつき、
「あの扉は、誰か特定の人だけが開閉できるようにすることは出来るの?」
現在、扉は隧道以外の場所には繋がらない。その例外はグドンとボウが扉に触れた場合だ。であれば、開閉を特定の利用者に限定できていることになる。
「鍵を持っていないのにか? それは無理だな」
とジョフウコは断定した。
この答えに、グドンの頭は混乱した。
「だって、実際、おいらは倉庫へ繋がる扉を開けたけど、ほかの者は駄目だったよ」
「それは鍵を持った者がどこかでおまえを見張っていて、おまえが扉に触れたときだけ、扉を開放したんだ」
とジョフウコ。
「だけど、あのとき、おいらの周りには誰もいなかったし…」
いたのはチンスたち情報局の連中だけだった。それも、扉に触れられるほど近くにいたわけではない。
「違う、違う」
と、ジョフウコは手を振った。
「あの扉には鍵穴などない。あの扉の利用者は鍵だけでなく、鍵穴も持っているんだ」
「鍵穴を持っている?」
グドンは益々混乱した。
「それはつまり、小さな扉の模型のようなものがあって、その鍵穴に鍵を差し込んで開閉するということ? そうすれば実際の扉の鍵も開閉される?」
「少し違うが、まあ、そういうことだ」
グドンはようやく扉の利用法がのみ込め大きく吐息をついた。それで心に余裕が出来たからか、さらに、ジョフウコがいった別のことにも意識が向いた。
セイイツが鍵をもう一組作れるかと訊いた、と彼は言った。ということは、元の一組は誰かセイイツとは別の者が持っていて、今も利用しているということだろうか?
そうした疑問をグドンは直接ジョフウコにぶつけた。
「そうだ。あのとき、わたしが受けた印象では、セイイツはもう元の鍵を持っていないように思えた」
「それは、具体的に、どうして?」
「正確にいうと、奴は、もう一組できるかといったんじゃない。元の鍵を利用不能にして、新しい鍵をもう一組作ることはできるかと訊いたんだ。もし、元の鍵を自分で持っているのなら、そんな奇妙なことを訊くか?」
ジョフウコの話が本当なら、ボウを石造りの空間に閉じ込め、グドンを天妖都に足止めしたのはセイイツではない。別の誰かだ。
そのことを知ったグドンは複雑な心境になった。
セイイツなら、何といっても彼の父親だから、強い悪意を持っている可能性は低い。だが、相手が別人なら、どうだろう? グドンやボウに激しい敵意を抱いていてもおかしくない。もちろん、グドンにはそんな相手は思いつかなかったが…。
「で、あなたの答えは?」
「無理だと答えた。廃墟の扉を壊して、新たに扉を作り替えないことにはとな」
「セイイツはそれに対して、何て?」
「そのことも含め、考えるといっていたが、あまり乗り気ではなさそうだった」
グドンは、聞いたことを一度頭の中で反芻し整理し、
「あの扉の鍵穴のほうを変えることはできる?」
と訊いた。
「それは、あの扉に対し、鍵だけでなく鍵穴も一緒に作り直すという意味か? それは無理だ。そんなことができるなら、鍵の存在そのものに意味がなくなる」
ここまで聞いたグドンは、どう考えても、彼やボウには不都合な答えしか出てこない気がして、暗澹とした気持ちになった。
扉の製作者であるジョフウコに会っても、状況は何一つ改善していなかった。




