156 変態老人
グドンは、二十三個目の木箱の蓋を元へ戻すと、ふっとため息をつき、その場に腰を下ろした。
これでもう四日目。今回も目指す木箱は見つからなかった。
だが、目指すものは必ずこの中にある、とグドンは確信していた。
探しているのは、妖器師ジョフウコの入った木箱だった。
グドンはこの倉庫にある数多くの木箱の中に必ずジョフウコがいると考えていた。廃墟の扉を作ったのはきっとジョフウコだ。ジョフウコはセイイツによってここへ強制的に連行され、扉の作製を強要された。
セイイツがどんな理由で扉を利用しようとしたのかはわからない。普通に考えるなら、一か所にいながら、複数の重要な場所を監視管理できるようにするためだ。
扉の行き先は少なくとも四か所。倉庫、鍾乳洞、隧道、そして石造りの空間だ。そうした扉を作製したあと、ジョフウコはここに監禁され、箱詰めにされた。扉の存在は、セイイツにとって誰にも知られたくない秘密だったろうし、凶悪犯であり信用のおけない者を、自由にするわけにはいかなかっただろうから。
ジョフウコは死刑になってもおかしくない凶悪犯だ。いなくなったところで誰も悲しまない。それどころか、ここに隔離すれば、今後は被害者を出さずにすみ、世間からは感謝されてもおかしくない。セイイツは良心の呵責にまったく苦しまずにすんだろう。
そう推測したグドンは、木箱の中身を確認することに決めたのだ。
それにより、収容された別の怪物が目を覚ます危険性は十分にあったが、あえて無視することにした。仮に、ボウを救い出すためでなかったら、倉庫へ近づくことさえしなかったろうが、彼女のためなら、何でもするつもりだった。
だが、ジョフウコ探しは思いのほか難航した。
木箱の中身に対し、グドンが、一体一体、素性を丁寧に確認していたためでもある。グドンは、被収納者の姿かたちと脳内にある情報を逐一照合した。その結果、中には確かに情報と一致する者もいたが、大半は、情報にない者たちであることがわかった。
これは、グドンの予想を大きく裏切るものだった。ここに収納されている者は全員が凶悪犯かセイイツに敵対する実力者で、それならば必ず何らかの情報が残されている、と先入観を持っていたからだ。
それどころか、さらにグドンを仰天させたのは被収容者の中にコウギシがいたことだ。
渉不城でこん睡状態にあるはずの彼女が、なぜ、木箱の中に収容されているのだろうか? これはまさに青天の霹靂といってよかった。
しかも、セイイツがコウギシをここに収容した理由はともかく、より重要なのは、これで収容された者がすべて悪人である、という大前提さえ危うくなったことだ。
ここに収容されているのは、いったいどういう者たちで、なぜ、ここに収容放置されることになったのか? 事態はまさに五里霧中の状態で、グドンは混乱し、わけがわからなくなった。
それでも、とりあえず疑問点は棚上げにして、ジョフウコ探しに意識を集中するしかなかった。
そして、さらに二日が経ち、ついにジョフウコが見つかった。グドンは、ボウの失踪以来、はじめて会心の笑みを浮かべた。
次の問題は、どうやってジョフウコを覚醒させるかだ。
これは、ここ数日、被収容者を目覚めさせはしないかとびくびくしながら作業を続けていたグドンにとっては、何とも皮肉な話だった。何と今は、ジョフウコが永遠に目を覚まさないことを心配している。
まず二、三発叩いてみようか、とも考えた。それとも、この部屋から連れ出してどこかの河に放り込んでみるか? 実際、彼はどちらもやってみたが、残念ながら、まるで効果がなかった。
効果がないのは、当然といえば当然だった。
これらの木箱をセイイツが残したとすれば、何かの弾みで目を覚ますようないい加減な仕事をしているはずがなかった。グドンが心配していたのは、万が一であり、実際には万が一にも自然覚醒するようなことは起こりえない。
だとすれば、どうすればよいか?
考え得る方法の一つは、これらの木箱を情報局に差し出すことだ。そして、彼らの財力や経験知識をもって、ジョフウコを覚醒させる。
だが、この選択肢をグドンはすぐに否定した。
なぜなら、情報局はもちろん、この天妖都の誰にもジョフウコたちを覚醒できるとは思えなかったからだ。
人口百三十万の町の最高幹部の能力など多寡が知れている。グドンよりはマシかもしれないが、セイイツには遠く及ばないだろう。
さらに、彼らがジョフウコの覚醒に同意する確証がどこにもない。むしろ、無暗に覚醒させることには強く反対するはずだ。彼らにとって、ボウの安全などどうでもよい。そのために、危険を冒す価値や必要性はまるでなかった。
彼らに頼れないのであれば、どうすればよいか?
ふとあることを思いつき、グドンは、これまでに素性を確認した被収容者の中から一人を選んで、木箱からとりだした。
名前は…、この際どうでもよい。とにかく、凶悪犯で、グドンの脳海に情報があった者の一人だ。人族で、六十代の老人。これまで三十人以上の少女を襲い手にかけている。
一瞬の躊躇もなく。グドンは老人の脳へ入り込んだ。
表面上、老人は昏々と眠り続けている。だが、被収容者は本当にまったく意識がないのか、意識はあるが反応行動できないだけなのか、そのことを調べてみることにしたのだ。
脳に入る以上、ある一定の危険を伴う。相手を傷つけたり、殺してしまう可能性は低かったが、万が一、そうなっても、後悔しない相手を選ぶ必要があった。
無論、ジョフウコもその条件に当てはまるが、彼は、ボウを救い出すための貴重な手がかりだ。万が一にも脳を破壊したりすれば取り返しのつかないことになる。そこで、別の実験台を確保することにした、というわけだ。
ここに収容されている以上、セイイツには、彼らを生かしておく何らかの理由があったと思われる。だが、そんなことには、グドンはかまっていられなかった。
死に値する凶悪犯。そこに間違いがないなら、ほかのことには目をつむることにした。元より、実験台を傷つける可能性はすこぶる小さいのだ。
老人の脳内に侵入した瞬間、グドンは自分の試みが成功したのを知った。
脳内に、老人とそっくりの小さな意識の塊を見つけたからだ。
外見上、老人は眠っているが、意識は覚醒したままだった。ひょっとすると、グドンが木箱を開けたことも感じとっていたかもしれない。
老人は侵入者に気づくと、全身を慄かせて大声で叫んだ。
「き、貴様は、誰だ!」
老人の誰何にはかまわず、グドンは老人の脳内を見回した。
脳内には得てして、その者の趣味趣向が現れることがある。この老人の場合は、まさにその典型例だった。周囲一面に、まるで装飾のように少女の衣服が飾られている。中には、衣服を身につけない少女の肖像画もあった。
グドンは、唇を歪めると軽蔑の目で老人を睨んだ。
「あなたは今、眠らされて木箱に収納されている。そのことは知ってる?」
余計なことは一切話したくなかった。
老人は震える指先をグドンに突きつけ、
「すぐにここから出ていけ。出ないと後悔させてやるぞ!」
と凄んで見せた。
「もう一度訊くよ。あなたは今、自分が置かれている状況を知ってる?」
「糞ったれ小僧め!」
叫ぶと同時に、老人はグドンに躍りかかる。その体をさらりとかわし、グドンは飾られていた肖像画の一枚へ風の礫を送った。
パンと音がして、少女の肖像画がはじけ飛ぶ。
「あ!」
仰天した老人の目が飛び出しそうになった。
粉々になった肖像画の破片へと老人は思わず手を伸ばそうとする。だが、その手が虚空で固まった。
老人の手の先で、破片は小さな粒子となって散り散りに消え去り、空間には何一つ残らなかった。
老人の表情がみるみる歪んで泣き顔に変わる。
「あ、あれは、この世に一枚しかなかったんだぞ!」
振り返った老人の目が怒りと絶望で血走っている。
グドンは平然と老人の顔を睨み返した。
「もう一度同じことを訊く? それとも別の肖像画が消えるのを見たい? 今度は女の子の服がいいかな。お爺さんは、どれが一番の好み?」
老人はまたグドンを罵ろうとしたが、その掌が少女の服に向けられると、途端に弱気になり、慌てて慈悲を乞う目で両手を合わせた。
「やめてくれ! 頼む。何でもいうことをきくから」
と、土下座でもしそうな勢いだ。
そこでやっとグドンの質問を思い出したのか、
「自分が置かれている状況はわかっている。あの糞ったれ…、いや、セイイツがわたしを眠らせ、こんなところへ閉じ込めた」
「それは、どうやって?」
「どうやって? 眠らせた方法か? そんなことわたしが…」
知るわけないだろう、と怒鳴りかけ、グドンが気分を害するのを心配したのか、慌てて口を噤み、力なくふふと微笑んだ。
さすがにグドンも、目を覚まさせる方法を老人に訊く気にはなれなかった。
「じゃ、質問はあと二つだけ。まず、セイイツがあなたを殺さなかった理由は何? もう一つは、ここに囚われているのは皆、あなたの仲間? どういう人たちがここに集められているの?」
老人はしばらく答えるのを躊躇った。
「一つ目の質問は、訊かないでくれると助かる。訊いたところで何にもならない。おそらく小僧…、いや、兄さんが気分を悪くするだけだ。二つ目はわたしにはわからん。ここにはわたしのような者がほかにもいると、今初めて知った」
グドンは口を窄めて少し考えたあと、
「気分が悪くなってもいいから教えて。なぜ、セイイツはあなたを殺さなかったの?」
束の間の沈黙ののち、老人は溜息をついて話し始めた。
「何人かの少女に虫を仕込んだからだ」
「虫を仕込んだ? それはどういう虫なの? 仕込んだというのは女の子たちの体へという意味?」
「そうだ。わたしが特別に育てた虫で、その虫を仕込むと少女たちの成長がそこで止まる。完全に止まるわけではないが、成長が非常に遅くなる。そうなれば、わたしはずっと彼女たちを楽しめる。わたしは、大人の女性には興味がないのでね」
グドンは本当に反吐が出そうになり、老人から顔を背けたくになった。
「でも、それとセイイツがあなたを殺さないのと、どんな関係がのあるの?」
「一度仕込んだ虫は、もう誰にもとりだせない。しかも、わたしの生命と繋がっているから、わたしを殺せば、虫も死ぬ。少女の体内で弾け飛ぶんだ。つまり、少女たちも命を落とす」
信じられない思いで、グドンは老人を見つめた。
世の中には、本当に性根の腐ったごみのような生き物がいるのだ。
「その虫は、セイイツにもとりだせないの?」
老人は首を振る。
「一度やって、失敗したようだ」
セイイツが万能ではないと知り、グドンはそのことに驚きを覚えた。
グドンは、もうこれ以上老人と一緒にいるのは耐えられなかった。同じ空気を吸うことさえ嫌だ。
老人の脳内を出るとき、グドンは、少女の肖像画や衣服を片っ端から破壊した。
「あああ、糞! 小僧、殺してやる! いつか、必ず殺してやるぞ!」
脳内から退出するグドンの背後で、老人の悲鳴が聞こえた。




