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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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155/203

155 治療法の伝授

 目覚めたとき、ボウは、体じゅうに痛みを感じて眉を顰めた。

 敷物もない石畳の上に直に寝る日が来るとは思いもしなかった。

 溜息をつきながら上半身を起こして体をさすり周囲を見回すと、牢獄の中は無味乾燥な石ばかりの部屋に戻っていた。

 もうドミアールの魔術はかかっておらず、壁に漆喰は塗られていない。床もむき出しのままで、卓も湯飲みも何もなかった。

 ただ、以前と違うのは、ドミアールとボウの間に、白い幕が垂れ下がっていることだ。これはドミアールが施した目隠しと思われた。この幕により、互いのプライバシーを守ろうということらしい。

 ドミアールは鎖に繋がれたままだし、まやかしで誤魔化さない限り身なりも汚れている。そんな自分を他人に晒したくない気持ちは、同じ女性としてボウにも理解できた。

 もちろん、ボウとしても、二人でずっと一つの部屋に隔離されているより、形だけとはいえ、一人の空間が確保できるのはありがたかった。いくら女性同士でも、常に一緒では互いに気づまりだ。

「起きたようね」

 ドミアールの声が聞こえ、二人の間の幕がパッと消え去った。

「おはようございます」

 時間の感覚は崩れていたし朝日が差し込んでいるわけでもないから、今が何時かわからなかったが、恐らくそれくらいの時間帯だろうと推測し、ボウは挨拶した。

「ちゃんと眠れたようね。安心したわ」

 今朝のドミアールはやはり、長年牢獄に囚われている罪人の姿だった。

 着衣も髪も汚れ放題で、しかも今日の彼女は、それをあまり気にしている様子がない。

「仙族はあまり食事をしないと聞いたけど、そうなの?」

「そうです。牢の中でも数日なら、何も食べなくても大丈夫です」

 食事のことは、ボウのほうからも訊きたかった。ここが監獄である以上、看守がいるはずだが、食事はその看守が運んでくるのだろうか? しかし、昨夜から今朝にかけて、それらしい人影を彼女はまってく見ていなかった。

 尋ねようかどうしようか迷うボウに対し、ドミアールは至極真面目な口調で、

「昨夜の話だけど、考えてみた?」

 と、厳しい視線を向けた。

 どうやら食事の一件は礼儀上の質問だったらしい。

 昨夜のこととは、ボウが今後何を身に着け、いかにグドンの足手纏いにならないよう能力を磨くかという話のことだろうと彼女にもわかった。

「それは…。考えたんですけど、すぐには答えが出なくて」

 当たり前だった。自分がこれからどう生きていくか、一晩で決められるはずがない。

「たとえば、あなたは、どんなことに興味があるの?」

 ドミアールは冷たく片眉を上げる。

「興味…。わたしは仙族ですから、競争とか争いごとには興味がありません。だから、戦う能力というのはまったく…」

「興味があるのは? グドンのこと以外で」

 ボウはやっと笑顔になった。

「ふふ。お婆様は、何が一番お得意なんですか? ここにいる間、何かを教えていただけるのなら、お婆様の一番得意なことがいいかもしれません」

「わたしが得意なこと…。それなら、医修の仕事かしらね」

 ドミアールは気が乗らぬ様子でそう答えた。

「医修?」

「治療師のことよ」

 ボウはパッと顔を輝かせた。

「素晴らしいわ。ひとを助けられる能力なら、わたしも興味が持てるかもしれません。お婆様は、どこで治療法を学ばれたんですか?」

「独学よ」

 答えてから、彼女は何やら思いついた様子で、

「あなた、どうして、魔族が仙族や人族と争うのをやめたか知ってる?」

 ボウは素直に首を横に振る。

 ドミアールは、魔族と他種族間の争いや、伝染病の蔓延、その後の人族の献身的な行動によって病が終息したことを簡潔にボウに話して聞かせた。

「わたしも、そうした人族に学ぼうとしたのよ」

 聞き終わったボウは、本心から感動したように敬意の視線をドミアールに向けた。だが、彼女はそれに対し、唇の端を少し歪めただけだった。ボウの反応が気に入らないというより、反応があまりに予想どおりなので、がっかりした様子だ。

「あなた方は、必ずそういう目でわたしを見るわ。でも、すぐ態度を変えるけど」

「え?」

 意味が分からず、ボウが戸惑い顔を向けると、

「とにかく、医修の能力を学ぶのは駄目ね」

 と、ドミアールは断定した。

「どうしてですか?」

 納得できないボウが食い下がる。

「わたしの治療法は、少し荒っぽいからよ。きっと、あなたには耐えられない」

「荒っぽい?」

「治療法も荒っぽいけど、あなたに教えるなら、その教授法はもっと過激になるわ。それじゃ、あなたに失礼だし、グドンにも恨まれることになる。だから、駄目」

 大丈夫です、と答えようとしたが、さすがにボウにもそう断言できる自信はなかった。何しろ、治療法も、それをどう彼女に教授するつもりなのかもわからない状況なのだ。

「一度、試させてもらえないですか?」

 ボウはやっとそう言った。

「それで駄目なら、諦めます」

「辛いわよ」

 言葉とは裏腹に、少し面白がるような目でドミアールは念押しした。

「やらせてください」

 尚も食い下がると、ドミアールはやっと笑顔で頷いた。

「その度胸は認めてあげる。グドンの目も満更節穴ではないようね」

 それから、彼女を手招きし、自分の傍へ来るよう命ずる。

 一瞬の逡巡ののち、ボウはドミアールに近寄った。

「もう一度訊くわ。本当に試してみたい? 後悔しない? 辛いからって、途中で投げ出すのはなしよ?」

 ボウが頷くと、なぜか、ドミアールは笑った。

 ボウは何やら嫌な胸騒ぎがしたが、それを慌てて抑え込んだ。このお婆様がわたしにひどいことをするはずがないし、力になってくれようとしている人を疑ってかかるのは失礼だ。

「治療には大きく分けて二種類あるわ」

 とドミアール。

「一つは病の治療、もう一つは怪我の治療ね。怪我の治療は比較的簡単よ。ほとんどは、見ればどこが悪くてどう治療すべきかわかるから。もう治療出来ない状態になっているのは別としてね。問題は、病のほう。まず病人のどこが悪くて、どんな状態なのか、何が原因なのか突き止める必要がある」

 ボウは黙って頷く。

 彼女は今、ドミアールの傍にぴたりと寄り添うような格好で話に聞き入っていた。

 ドミアールが続ける。

「じゃ、どうやってそれを突き止めるか。その方法が、わたしとほかの治療師では大きく違うの。ほかの治療師は病人に質問したり検査したりする。そうでしょ? だけど、わたしの場合は、病に、自ら告白させるの。自分がどんな病で、どこが悪く、どんな状態か」

 ボウは信じられない目で相手を見た。

 そんな方法があるなんて聞いたこともない。それができるなら、元より治療師など必要ないではないか。これも何かの冗談だろうか?

 彼女のそんな心中を見透かしたように、ドミアールが笑みをさらに大きくした。

「そうした能力がわたしにはあるのよ。それをあなたにも伝授してあげる。でも、普通なら、実際の病人を使って教えることになるけど、ここには肝心の病人がいない。でしょ? それなら、どうするか?」

 ドミアールの笑みは今や、口が引き裂けそうなほど大きな弧を描いていた。

 心に湧きおこる恐怖心から、ボウが後退(あとずさ)ろうとしたとき、ドミアールの手が素早く伸びて彼女の腹部に軽く触れた。

「あ!」

 その刹那、ボウは内臓に焼けつくような痛みを感じて悲鳴をあげた。

「どう? 痛い? 今、わたしは、あなたに病を植え付けた。勘違いしないで、怪我をさせたのではなく、病を植え付けたのよ。さあ、どこが悪いでしょう? どんな病? あなたが自分で答えてみて。これで、ほかの病人がいない場合、どうするかわかってでしょ? あなた自身が病人。そして、治療師」

 尚も会心の笑顔を見せるドミアールを見て、ボウはやっと確信した。

 この人は頭が狂っている!


 ここ数日、チンスは、上司や天妖都の最高幹部にどうやって一泡吹かせるか、そのことばかり考えていた。

 自分を木偶の坊のように扱った者たちに制裁を加える。でなければ、腹の虫がおさまらなかった。

 そのためにはまず、グドンの素性を調べることが先決かつ必要不可欠に思えた。

 だが、必要な情報はなかなか彼女の元へ上がってこなかった。その理由は、渉不城の“鎖国政策”が思った以上に厳格だったからだ。。

 ボンコから第一報が届いたのは、ボウが扉に閉じ込められてから、数えて三日目だった。

 その情報は意外にも、彼女が命じた渉不城に関するものではなく、蟻巣島という、数日前に突然崩壊しこの世から姿を消した町に関するものだった。

 蟻巣島が崩壊したとの情報は、崩壊の翌日にはすでに情報局に届いていた。

 だが、天妖都の幹部はこの情報にさして関心を示さなかった。

 なぜなら、実は崩壊以前から、島の危機や蟻巣島の住民が移動を始めているとの情報が流れており、その理由も情報局により概ね把握されていたからだ。その上で、たとえ崩壊しても天妖都への影響は小さいと判断されていた。

 天妖都と蟻巣島との繋がりは、薬剤に限定されており、しかも、天妖都には、蟻巣島を代替する薬剤の供給源が多数存在していた。つまり、たとえ島が実際に崩壊しても深刻な問題とはなりえないと分析されていたのだ。それゆえ、幹部がことさら注意を払うことはなかった。

 その蟻巣島に関する情報を、なぜボンコが送ってきたのか?

 最初、チンスは不思議に思い、また不満にも感じたが、報告を読み進めるうち顔色が変わった。

 情報には、この島の崩壊にグドンが関わっていると書かれていたからだ。

 ボンコは、これまで秘密とされていた蟻巣島の内情を詳細に語り、さらにこの島を牛耳ってきた妖獣を死に至らしめたのはグドンだと結論付けていた。

 この情報に、チンスは強い衝撃を受けると同時に、報告書の内容自体を疑った。

 長年、島の繁栄を支えてきた妖獣の力がどれほどのものか、彼女には容易に想像がついたからだ。その妖獣をグドンが退治した? それはまともな知性のある者なら、とても受け入れられる内容ではなかった。しかも、島の崩壊した日時とグドンたちの出現には時期的にズレがあるようにも思えた。

 彼女はすぐ、島のかつての住人が天妖都にいないか調べさせた。かつての住人であれば、最近まで島民たちと連絡を取り合っていたとしてもおかしくない。そうであれば、彼らを通し、島に関する最新の情報を探り出すこともできるはずだった。

その結果は、ボンコの報告がすべて正しいことを示唆していた。

 等級四十? これまでのグドンに対する評価を思い出し、チンスは失笑せずにはいられなかった。

 空を飛べる。姿を消せ、誰も開けることのできない扉を開け、それをすり抜けることができる。そして今度は、強い幻覚能力を持つ妖獣さえ殺せるとわかった。

 あなたは、ほかにいったい何ができるの? いえ、出来ないことなんてあるの?

 グドンを裏切ってしまったことを、チンスは今さらながらにひどく後悔し、上司たちに対する恨みをさらに募らせた。

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